umbrella 傘
昨日の夜から大雨で、おまけに風も強かった。
寝るとき、部屋の電気を消すと、唸り声のような風の音が聞こえて怖かった。
だから、特別に昨日だけ、お母さんとお父さんと一緒に寝た。
ほんとに特別。いつもならもう、一人で寝られるんだよ。
「あした、学校、休みになるかなあ」
眠る直前、私は半分寝言みたいに、お母さんにそう聞いた。
「これだけ雨が降ってればね」
じゃあ、明日は休みになるなあと思った。
体育もマラソンしなくていいなあと喜んだ。
その後たぶん、すぐに夢へと落ちた。
ところが、次に目を覚ましたのは、いつも通り七時。
お母さんに肩をゆすられて、夢からやっと抜け出したところに、
「ほら、そろそろ起きないと遅刻するよ」
なんて、聞かされた。
慌てて窓に駆け寄って、外の様子を確認したけれど、
空は晴れてなんかいなかったし、それどころか雨はまだ、ざあざあと降っている。
どうやら「ケイホウ」というものが、休みになるには足りないらしかった。
でも、雨ならマラソンはないので、ちょっといいなあと思いながら、
食パンにマーマレードを塗って、急いで食べた。
テレビ画面の左上の数字が「7:45」になる前には、家を出発していないといけない。
見ると、数字は「7:43」だった。
いつもなら髪をふたつ結びにするけれど、今日は結んでもらう暇もない。
ランドセルのふたもちゃんと閉めないまま、玄関のドアを開けようとした。
でも、びくともしない。おかしいな。押して開くドアだったはずなんだけど。
お母さんに開けてもらうと、すごい風が家の中に入ってきた。
靴箱の上に飾ってあった花が瓶ごと倒れた。
外は風と一緒に大雨が流されていた。
慎重にピンク色の傘をさす。
この前、買ってもらったばかりのものなので、壊す訳にはいかない。
歩いていると、だんだんと靴の中に雨がしみ込んでくるのがわかった。
長ぐつを履いてくればよかった、と足元を見た時、
風を内側に受けてしまった傘がひっくりかえった。
買ってもらったばかりのピンク色が歪む。
ちょっと泣きそうになっているところに、後ろから大笑いが聞こえた。
「ははは!すっげー!」
振り返ったら予想通り。そこに立っていたのはあいつ。
雨を防ぐものがなくなり、ずぶ濡れになっている私を指差して、
声を上げて笑っている。ひどい奴だ。
また大きく風が吹く。
結んでいない髪の毛がバサバサとなって、それが目に入りそうだったので、
とっさに瞼をきゅっと閉じた。
風が収まった頃に目を開けると、あいつの頭の上に広がっていた傘がない。
あいつが持っていたのは、銀色の骨組みに青い布がくしゃりと絡みついた、
何ともおかしなものだけだった。
しばらく二人とも何も言えないでいたけれど、先に笑ったのはあいつだった。
「へへ」
つられて私も笑った。
「ふふふ、私ら、二人ともびしょびしょだ」
そこからは、二人でゆっくり学校まで歩いた。
壊れた傘はたためないので、おかしな形に開いたまま、
ピンクと青、並べて傘立てのそばに置いた。
靴箱の前で服の裾なんかを絞っていると、ちょうどチャイムが鳴った。
「あーあ、鳴っちゃった」
「私、初めて遅刻するよ」
でも、なんだか楽しいような気分だった。
これが最後の話となります。
アルファベット順にタイトルをつけた話を書いていくつもりでしたが、
誠に勝手ながら途中で完結とさせていただきます。
更新も遅いうえに、アルファベットがどうとか言っておいて、
いきなり「u」なんか書いてしまってすみませんでした。
読んでくださって本当にありがとうございました。