doll 人形
小学一年生の頃だっただろうか。
放課後に友達の家に集まると、私たちは必ずと言っていいほど、お人形遊びをしていた。
いわゆる着せ替え人形というやつで、友達はみんなそれを持っていた。
私だけだった。一体も持っていなかったは。
そのため、みんなと遊ぶときには、友達から人形を借りた。
当然、私も欲しかった。
髪は茶色っぽくて、大きな目はキラキラしていて、
頭の中で思い描くような、かわいい女の子の姿をしている人形。
自分ではとても着られないドレスのような服でも、彼女たちになら着せることが出来た。
「お母さん、私、着せ替え人形が欲しい」
夜遅くに仕事から帰ってきた母親に、何度そうお願いしただろう。
私の頼みに母は決まって、
「去年サンタさんにもらったクマさんがいるでしょう?」
と私を諭した。
私の家は、母との二人暮らしだった。
父親のことはほとんど記憶にない。
母は毎日、朝に私を学校に送り出してから、
洗濯や掃除などの家事を済ませ、そして夜まで働いていた。
ずっと欲しかった着せ替え人形は、クリスマスにもらった。
枕元の包み紙の中を見た時、本当に嬉しかった。
二十五日の朝、私はサンタさんにお礼を言った。
私は彼女に名前を付けて、友達の人形と遊ばせて、とにかく大事にした。
しかし、満足感はやがて薄れていくもので、私はいつしか欲張るようになっていた。
「着せ替え」人形なのである。
服を替えたいと思うようになったのだ。
しかし、彼女たちの服は別売りで、その値段は子供のお小遣いで手を出せるものではなかった。
そこで私は、今度は母に、人形の服が欲しいと言った。
その何日か後の朝、寝室から起きてきた私に、母はあるものを見せた。
「ほら。着せ替え人形のお洋服、欲しいって言ってたでしょう?」
それは、背中の所がマジックテープで開け閉めできる白いワンピースだった。
もちろん人形用の。
ただ私が欲しかったのは、友達の人形が着ているような、
レースが付いたりビーズの飾りが付いたりしたものだった。
母が手に持っているそれは、あまりにシンプルすぎる。
「こんなの違うもん!いらない!」
言ってから、普段は裁縫をほとんどやらない母の指に、
いくつかの絆創膏が巻かれていることに気付いた。
部屋を片付けている途中に見つけた、小さな白い洋服を見ながら、そんなことを思い出した。
この春、一人暮らしを始める私は、母と二人で暮らした家を出ていく。