candy 飴
「お腹すいたぁー」
三時間目の数学が終わった休み時間、千華がだらしない声を出しながら、
私の席までやってきた。
「お昼までまだ一時間あるよ?」
私が笑うと、千華は「そう」という形に口を動かし、ゆっくりと頷いた。
お腹が鳴りそうなのを抑えるためか、千華は両手でお腹のあたりを押さえ、
さらに体を少し前に折り曲げて、明らかに不自然な体勢になっている。
「…和美、なんかお菓子持ってない?」
その言葉を事前に予想していたため、
鞄の中のお菓子入れの中身は、既にチェック済みだ。
「飴しかないけど、食べる?」
ピンク色のポーチのチャックを開けながら聞いた。
「この際、なんでもいいから口に入れたい」
ポーチの中から手探りで取り出した飴を千華に渡した。
その飴は、イチゴの絵が描かれた包みに入っている、私が小さな頃からあるものだ。
千華は、さっそくそれを口の中に放り込んでから、むいた包み袋を眺め始めた。
「和美っていつもこれ持ってるよね。そんなに好き?」
確かに私は、常にこの飴を持っている。
しかし、イチゴ味が特別好きという訳ではない。
これには理由があった。
幼稚園の頃、お母さんと離れるのが嫌だった私は、
自転車で園まで送ってもらった後、毎朝のように泣いていた。
その度にお母さんや先生を困らせていたのだが、
ある日、同じさくら組だった女の子が、泣いている私に声を掛けてきた。
その時、「これあげる」と、彼女が通園に使っていたカバンから取り出したのが、
あのイチゴ味の飴だったのだ。
思い出の味として、私は今でもその飴が好きでいる。
そして、女の子はそれ以来、私の親友になった。
彼女は長いおさげが特徴的だった。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。
教室の黒板の横に貼られた時間割を見ると、四時間目は英語となっていた。
英語では毎時間、音読練習がある。
「千華、早く食べ終えないと、先生にばれちゃうよ」
「うん、急ぐ!」
千華はふたつに結んだ髪を揺らしながら、自分の席へと戻って行った。