13 WILL - 01 -
十月二十五日深夜、『DAMASK ROSE』。
サンドラ・カルマン演出の『死』の舞台が開幕する。
アキとジーンはそう確信した。
その日までの一週間余りを無防備に過ごすのは危険だとアキは言い張った。
「自分の身くらい自分で守れる」と、ジーンは強気でいるが、アキはそれを受け入れなかった。
用心に越した事はない、と言ってきかないアキにジーンは最後には折れた。
なるべく一人にならない事を約束して、お互いの家を行き来する日々を過ごした。
問題の日まであと五日となった日、いつものごとく昼にチェルシーの家に帰る。
珍しくアキの父、賢人が在宅していた。
「やあ、暁人。随分遅いご帰還だね?」
シャツにカーディガン、淡いグレーのスラックスを身に着けた紳士が新聞から目を離し、からかうように笑う。
歳は五十二、心持ち痩せ気味。サイドにメッシュでも入れたかのような白髪が生えている。
「え、ああ。ごめんなさい」
「別に構わんよ。もう子供じゃないんだしね。……グラニーは大層心配しているがね?」
「……それは、申し訳ないと思ってるよ。こっちで友達が出来て、つい」
身を小さくするアキ。
ベラだけでなく賢人も心配しているのだろう。
せっかく訪ねて来た息子が体調を崩して、治ったと思ったら今度は毎日のように遊び惚けているのだから。
「まあ、いいよ。日本に帰ればそんな暇もなくなるんだろう? 新しい友達もいいが、日本の友達にも心配りを忘れてはいかんぞ? 一度も連絡を入れていないそうじゃないか」
「え?」
前日に電話があったようだ。
賢人はテーブルの上のメモに手を伸ばす。
「ああ、これだ。うん。タチバナ ハルオミさんから。なんでも仕入れでこっちに来ているそうだ。三日ほどいるから連絡が欲しいそうだ」
メモ帳の中央にちんまりと書かれたホテルの電話番号と名前。
さほど付き合いのある訳ではない晴臣が何故? と訝しんだが、おそらく秀之が心配しているのだろう。
「すみません、必ず電話します」
「ところで、暁人。日本では上手くいってるのか?」
「……?」
「静香(アキの母親)から多少聞いているが、結構人気があるそうじゃないか」
「ああ、その事」
「やっぱり、嫌な事でもあったか? ここに来た時、私はそれを疑ったよ。あまりにも疲れ果てた顔をしていたから。……今も」
アキは信じられないものでも見るように賢人を見返した。
自分では父や祖母に上手く誤魔化せていると思っていたからだ。
ロンドンに来て気が緩んでいたのかもしれない。
「そんなに辛いならこっちで暮らしてはどうだ? ここ最近のおまえは随分生き生きして見える。こっちの方が合ってるんじゃないか? 今更だとは思うが」
「……」
「私はおまえに日本に行く事を強要したが、それは本当に良い事だったのかとこのところ思っていたんだよ。すまなかった」
賢人は頭を下げた。
「そんな、父さん、困るよ。頭を上げてよ。俺はもういいんだから。もう解決したんだ。日本でやらなきゃいけない事があるんだから」
「本当か? 暁人」
「うん、色々あったけどね、本当にもういいんだ」
父に理解されているとは思わなかった。
ロンドンに来てから色々なものが氷解していく。
このまま幸せに浸っていたいが、安楽な日々を過ごすわけにはいかない。
京也を超える。
それが、アキをすべてから解放する。




