暗殺者のルナ
「すごい光景」
歳の頃、15,6、小さな角を赤髪ショートの頭に生やした旅装束の魔族少女――ルナが呟いた。彼女の目の前で、たくさんの出店が広場狭しと並び立ち、辺境とは思えない数多く人が楽しそうに品物を物色している。
ライゼルの町で名物になりつつある、朝市だ。
彼女のジト目が表情乏しく眠そうにみえるのは、別に寝不足からではなく、単にそういった顔立ちだからというだけの話。これでも彼女を知る者が見たなら、そのジト目が普段より少し大きめに見開かれていることに気がつくだろう。
なにせ彼女はビックリしている。
田舎と思えない規模の朝市に、そして、楽しそうに談笑している人間と魔族たちに。
それはまさに、凄い光景だった。
他ではありえない話だ、魔族と人間が対等に笑いあっているなんて。
昨日、ギリアムと出会った彼女はその片鱗を味わってはいたのだが、あれは特別なことじゃなかったんだ、と驚きを隠せない。
「お、そろそろ始まるぞ?」
「あっちだ、特等席で見ようぜ!」
いま一緒に走っていったのは、魔族の子供と人間の子供だった。
ルナはもう一度、無表情に驚いてみせる。この町へ来るまでに噂では聞いていたけれど、本当に魔族と人間が共存しているんだ。
「アークナイツとは……全然違う」
公爵領首都アークナイツにおいて、魔族は迫害の対象だった。
数こそ多くはないが、魔族らのほとんどは奴隷として生きている。そして彼女もまた、奴隷だった。
首輪はその証、彼女はセルベール家に使役される奴隷にして暗殺者。
彼女は、セルベール家からライゼルに遣わされた刺客だった。
「いいな、すごく妬ましい」
昨日、ギリアムと楽しく話してしまっていたときの気持ちがフラッシュバックした。ここの魔族たちは、あんなのが普通なんだ。なんとなく胸の中がポカポカしてしまうような、心地よい気持ちが普通なんだ。
「そんなの……ズルいよね」
ルナは表情乏しい顔で、穏やかに笑った。ここの魔族たちは、自分たちとは違う。これなら仕事をしても、後悔しなさそう。
彼女に課せられた仕事はミューゼア・セルベールの暗殺。
それが不可能なら、ライゼルへの破壊工作だった。
魔族が多い土地、と聞いて少し不安だった。
同族が不幸になるであろう仕事を、自分にこなせるのか。
――だけどうん、大丈夫そう。
彼らは同族だけど、同族ではなかった。迫害されていない幸せそうな魔族なんて、ボクが知っている魔族じゃない。問題なく仕事が出来そうだ。
「ついに始まったのじゃ、飛行魔道具コンテストぉぉぉぉぉっ!」
突然広場に大きな声が響き渡った。
さっき子供たちが走っていった方向からだ。
目を向けてみると、広場中央にステージが設けられており、壇上では幼女の姿をした小さな魔族が司会をする出し物が催されていた。
『飛行魔道具コンテスト』
ステージには大きくそう書かれていた。
「エントリーナンバー1! さて姿を見せいっ!」
名を呼ばれた男が、芸でも披露するように魔道具を取り出す。それは帽子の形をした魔道具だった。頭に被ると、帽子のツバがくるくる回り出す。すると男の身体が宙に浮きだした。
「おおおおお、飛んだのじゃ! まさしくこれは、飛行魔道具!」
この最初の男は滞空時間一分にも満たない時間しか飛ばなかったが、それでも最初だったからか、インパクトはあったようで。
「ホントに宙に浮いた!」
「飛んだ……よな?」
「浮いた! マジ浮いた!」
観客は拍手喝采した。
「さーて次はエントリーナンバー2!」
今度は両手首に着けた腕輪を身体の前でクロスすると、男の身体が浮いていく。さっきよりも高い場所まで上がっていくが、腕をクロスしたままなので姿勢が崩せない。空中での自由度の無さが欠点か。観客はどよめきながら、そのような感想を声に出す。
なるほど、とルナは頷いた。
『飛行魔道具コンテスト』これが昨日、ギリアム・グインが言っていたコンテスト。
珍しいアイテムである飛行魔道具を持つ者を集めて、誰が一番イイ感じに飛べるか、という順位付けをしようという試みらしい。
その後も飛行魔道具を使って宙を舞う参加者たちに、観客は興奮の声を上げる。
催しとしては大成功だろう、見学しながらワイワイキャッキャ、出店の食事や酒もよく売れているようだ。皆楽しそうに、このイベントを堪能している。
そしてエントリーナンバーが5に届いた頃、壇上に女性が一人増えた。
長い金髪に翠の瞳、品のある表情。
「あっ!?」
ルナが思わず小声で驚いたのも無理はない。何故ならその女性こそが彼女の暗殺ターゲット、ミューゼア・セルベールだったからだ。
なんでこんなところに、と観客に紛れて一人身構える。
「ミューゼアさまだー!」
「お妃さまー」
「今日もお美しー!」
観客が湧いた。どうやらターゲットは領民の人気が高いようだ、壇上から笑顔で手を振りつつ、横の魔族幼女と話を始めた。
「今日は凄いですねガリアードレさま、希少なはずの飛行魔道具がこんな一堂に会すなんて」
「うむ、わしも驚いておる! ギリアムの近隣告知が利いたということなのかのぅ。あ奴の言葉もなかなかの影響力を持ってきたということじゃ、遣りおる遣りおる」
――どさくさに紛れてこの場からターゲットの命を狙うことは可能だろうか?
否。
壇上でミューゼアとお喋りをしている幼女のような魔族……見るだけでわかる、あれは只者ではない。年齢も見た目通りではなさそうだ。この距離から強行したところで暗殺が成功する可能性は低かろう。
「さすがギリアムさまー!」
「ご領主さまー!」
「で、ミューゼアさま、ギリアムさまはどちらにー!?」
熱狂している観客たちの間を器用に抜けながら、ルナはステージへと近づいていった。とにかく距離を詰めてみよう。ああ、だけど。近づけば近づくほどわかる。ガリアードレと呼ばれたあの幼女魔族は、意識してミューゼアのことを守っている。なにかあれば、一瞬で防衛態勢を取るはずだ。
それにターゲットは壇上、これ以上は自然には近づけない。
どうすればいい? 今日はこのまま隙を伺いつつ、偵察に止めるべきか。
だが、こんなチャンス、次にいつ出会えるか。
「そうじゃよミューゼア、ギリアムはどうしたのじゃ? あ奴も今日のコンテストを楽しみにしていたはずじゃが」
「残念ながら、今日ギリアムさまは公務でこちらに来れません。今の私は領主代理でもあります」
「ほほう? ということは」
「はい。持って参りましたよ、景品の数々」
ミューゼアが宣言すると、壇上にお金や宝石、魔道具らしき骨董品が並べられた。
「おおおー、見たかのぅ、お主らよ。コンテスト三位入賞までには、ミューゼアが手ずからこれら景品をお贈りするとのこと。その上で、飛行魔道具を我らに売ってくれるのならばさらに倍アップじゃ! なにせ相手はあのギリアム、代理であるミューゼアもケチくさいことは言わぬゆえ、気楽に商談して欲しいのじゃー!」
ガリアードレが満面の笑みで両手を振る。
さあ次はエントリーナンバー6! 彼女がそう言い差したとき。
「……飛び入り、いい?」
いつの間にか観客の先頭にまで出てきていたルナが、壇下よりガリアードレに声を掛けた。
「おお? なんじゃお主、見掛けぬ顔じゃのう。どこの村の魔族じゃ?」
「ここの者じゃ……ない。他所から、来た」
「なんと他所から? ほう、ほうほうほう! なんと珍しい、ライゼルに他所からの魔族が来たのは、もしかしてこれが初めてかもしれぬ」
ガリアードレの笑顔が、これまで以上に嬉しそうなものになる。
「どうかのー、ミューゼア。飛び入りだそうじゃが!」
「もちろん歓迎です、盛り上げて欲しいもの。えっと、あなた、お名前は?」
「……ルナ」
「よーしよしよしなのじゃ! さあルナよ、壇上へ、はよ!」
――優勝すれば、ターゲットのミューゼアが景品をボクに手渡ししてくれる。それは最大の暗殺チャンスだ、とルナは解釈した。そのために、自分の秘密を少しひけらかすことになっても。
壇上に上ったルナは大きく深呼吸をすると、首輪に魔力を注ぎ込んだ。
この首輪は、彼女が奴隷の証だ。
と同時に、この『魔道具』を使いこなせるほど『訓練された者』の証でもある。
飛行魔道具、『イカロス』。
この世界では名の由来を知る者が誰もいないはずの、UR級飛行魔道具だ。この魔道具の存在を知る者自体が、この世界ではほんの一握り。
そして、その一握りの中には数えられないはずなのに、それを知っている者がここに一人いた。
「あら? ……あれって、『イカロス』?」
それは、転生者であるミューゼアだ。
彼女の呟きを耳にしたルナの表情が一変した。それまで眠たげに開かれているだけだったジト目が大きく見開かれ、そこに殺意が篭る。
「なぜその名を知っているですッッッ!?」
ふわり、宙へと浮遊したルナが、突然ミューゼアに向けて投げナイフを放る。
空中からの鋭角に飛んでくるナイフ。
「ミューゼア、動くでないぞ!」
「きゃあっ!」
ミューゼアが悲鳴を上げ、ガリアードレが右手の大きな手甲でナイフを弾く。
ルナは「くっ」っと、眉間にシワを寄せた、が、ナイフを受けられたことがショックだったわけじゃない。『イカロス』の存在を知られているということが驚きだったのだ。
それは自分の正体を知られているも同義。だから焦った彼女は、計画を変更していきなりナイフを投げた。
「突然なんの血迷いじゃ、ルナよ!」
ガリアードレがルナを睨みつけた。
しかしルナは、イカロスの能力で空中に浮いたまま軽く深呼吸。
ガリアードレの問いには答えずに、今度は落ち着いた声でミューゼアに向かって繰り返した。
「なぜ……その名を知っているのかと……ボクは聞いてるです」
「そっか。いきなりのことでビックリしちゃったけど、この世界での『UR級飛行魔道具発見イベント』は暗殺者を倒した際のドロップとして……」
三者三様に、噛み合わない言葉を発したのだった。




