ねこや
「ひとつください」
「はいはい。色と大きさはどうしましょ? すぐにお渡しできるとなると、こちらの三匹だけなんですが」
「あ、そのあたりは確定情報になるんですか。気分で変えたりとかは」
「できないんですよ。重さと、それから行動についても制御不可でして」
「ずいぶん不便なんですね」
「はは。それが『猫』って生き物ですから」
その他にも、加齢からの老衰が起こること、十年間の寿命は保証するがそれ以後ランダムな年数を経て死去。つまりデータが自動崩壊する点なども説明していく。
それらの会話を経て客は「やっぱりもう少し悩んでからにします。悩むなんて、久しぶりだな」と通信を切った。そのアバターの口元がやや緩んでいるように見えたのは、私の気のせいでは無いだろう。
「ふう」
私は頭にかぶっていたVRゴーグルを外し、専用椅子のうえでごろりと寝返りをうつ。
ねこや。正しくはVRねこやの店主というのが私の肩書きだ。
看板として作成したウェブサイトには『ねこや』と白抜きした藍色ののれんをデザインしてある。風でひるがえるのれんとそこにじゃれつく猫のイラストは、なかなかに猫のしなやかさを表した良いものだと自負している。
人類が他者との接触を最小限にするため、VR空間でのやり取りに力を注ぐようになったのはもう七十年ほど前のこと。
当時はやれパンデミックだ、やれ地球温暖化だと騒がれたものだが何のことはない。
人が減ろうが住環境が悪くなろうが、生物はどうにかこうにか生きていくものだと感心するばかり。
人は家族単位での活動ができるように環境を整え、野生生物は生活の場を北へ北へと移しつつ生き続けている。
かくいう私も家族に先立たれながらも、広くは無い家のなかでゆるゆると暮らしている。
暮らしの糧となる『ねこや』は、他者との接触の薄れた現代においてVR空間での猫という概念を売るというもの。
いやはや実在しない概念を売り買いする日が来るとは、誠にこの世は不可思議に満ちている。
もしやこの日のために彼は私の目の前でパソコンを操作し、その扱いを教えてくれていたのだろうか、などと思ってもみる。
いやしかし、寝そべる私を邪魔そうに押しやっていた彼の姿を思いだせば、単純に私をどかすのを面倒くさがっただけやもしれぬ。
やわらかく、またほどよくひんやりとした椅子の上で遠い日々を思い出していると、ぴろりん。パソコンから音がする。
首をめぐらせ画面に表示されたメッセージを見た私はひげをぴくりと動かした。
「またか」
知らない相手からのメッセージ。書かれているのは定型文のあいさつと『どうやって猫を作り出しているのですか』という質問。
その後にずらずらと続いているのは、私の作る概念上の猫、つまりVR空間でペットとして扱われる猫の動きや手触り、鳴き声のデータをまるごと買い取りたいという内容だろう。
皆まで読んではいないが、ひと月に何度か届く文面なので途中でやめて視線を天井にやる。古びた魚型のモビールが、空調設備からこぼれるささやかな風にちいさく揺れている。
「……くれてやったところで惜しいものでも無いが」
金はある。
潤沢に、とは言えないが私ひとり、暮らしていくのに必要なだけの金はある。これもまた概念上でやり取りされているものであるため実際にあるのか無いのかよくわからないが、食料を注文するたびに減り、ねこやの仕事をこなすたび増えるのだから、おそらくあるはずだ。
それゆえ再三の求めに応じないのは、金の問題では無い。
「猫は軒並み、人のそばでの暮らしを手放したからなあ」
私のなかで引っかかっているのはその部分なのだ。
※
人の暮らしが家族単位へと推移するなかで、愛玩動物との在り方が何度も議論されたらしい。
らしいと言うのは、当時の私は人が人の暮らしを決めるという行いにさして興味を持っていなかったためである。
「すべてのペットは遺伝子検査を行い、発病リスクの低い個体同士のみ繁殖を許可する」
そのような決め事が人の間で行われたらしい。
それに対して私の家族である彼やその両親などはずいぶんと憤ったものだ。あまりにも勝手であると。
そして人に飼われることを良しとした猫たちもまた、憤ったのである。
猫同士の行いを人が決めるなど、まったく愚かしいことだと。
その結果、猫は人に愛想を尽かした。
ぼんわりと生きる犬や鳥と違って、己で生きていくことのできる猫が人の暮らしのそばから姿を消す事態となったのは想像に難くないだろう。
なぜなら猫たちは人に飼われていたのではない。飼われてやっていたのだから。
猫は寛容だ。
昼寝を邪魔されたところで相手の息の根を止めはしないし、食事中にちょっかいをかけられたところで軽い威嚇パンチ程度で済ませるほどには寛容だ。
事実、人に飼われる暮らしに不平不満はあれど、許容できる範囲に収まっていれば許してやる寛容さをすべての猫は持っていた。
その寛容さを超えた人の傲慢が、飼い猫たちの人離れ、俗に言うペットロストを招いたのだ。
「俺はもう行くよ」
隣の家に住んでいた黒猫のサンゴがあいさつに来たのは、猫たちが姿を消したと世間が騒ぎ立てる最中のこと。
黙って行けば良いものを夜半、我が家の窓をカリカリと鳴らしたあいつは律儀なやつであった。
「良いのか」
わずかに空いた窓越しに私がそう返したのは、ほとんど全ての猫が姿を消したその時に、まだサンゴが残っていた理由を知っていたためである。
サンゴの家族は年老いた老人がひとり。他者とのやり取りはほとんどすべてVR空間へ移行する時代において、波に乗る気のない者が取り残されるのは必須。
ならばサンゴが行く訳は、と考えて私は思い至ってしまった。
何も語らぬサンゴの金の目が、寂しげに細められたのが答えだろう。
なんと声をかけたものか。
ためらう私にサンゴがひげをそよがせた。
「お前は行かないのか」
その時、私はどんな顔をしていただろう。尾の先くらいはぴくりと揺れていたかもしれない。
「……猫の里に帰るのは魅力的だが」
私とて猫だ。長く生き尾が二又になろうが、猫は猫。のんべんだらりと過ごせる猫の里を恋しく思う気持ちはある。
けれども。
「里に入れるのは猫だけだからな」
ちらり、視線を向けた先。並んで眠る一家が見える。
夜目の効く私の目は、我が飼い主どののまぶたがいやに固く閉じられているのもはっきり見てとったけれど、そこはそれ。彼が私の二又の尾に気付かぬふりしているのと同じこと。
互いの秘密に気づいてしまえば、この家を去るほかない。人の入れぬ猫の里へ、行きたい気持ちは確かにあるけれども、まだその時では無い。
「そうか」
うなずくサンゴは猫である。猫又でもない、ただの猫。それゆえ「にゃあにゃう」と猫の言葉で話をする。
そして私もまた猫の言葉で返している。猫又であることを見て見ぬふりしてくれる彼のために。
猫は人の言葉がわかるけれど、人は猫の言葉がわからない。
だから、この会話は彼にもその両親にも聞こえない。そうとわかっていたからだろうか。
「ああ。人の温もりを知ると、どうにも離れがたくてな」
ほろりと口がすべった。
のらりくらりとはぐらかすべき本心が転げ出てしまった。
猫は本音を易々と口にしない。甘えた姿を見せるのもごくわずかな相手にだけ。気位の高さが我々の気品を保つのだから、当然のこと。
だというのにうっかり。本当にうっかりと、知人程度の相手にのどを鳴らしてすり寄るような真似をしてしまった。
家人に対してもほとんどしやしないのに。
私が人の身であったなら、顔をほてらせていただろう。サンゴがなんと言ってくるかとひげをひくつかせ、尾をむやみと宙で踊らせたのだが。
「……ああ、本当にその通り」
サンゴはからかうこともなく、しみじみと空を仰いだ。
「あの温もりが忘れられない」
空は闇色。眺めたところで何があるわけでもない。けれど永く生きた私には、サンゴがそこに何を見ているのかわかるような気がした。
恋しい温もりに別れを告げざるを得ない心持ちとはどんなものか。
幸いにしてまだそれを知らない私には、かける言葉が浮かばない。
けれどサンゴにしてみれば私の言葉など必要なかったのだろう。闇色の猫は自身で視線を地上に戻す。
「だから、行くよ」
「そうか。ではな」
別れのあいさつは短かった。
ただの猫であるサンゴとは二度と会うこともないだろうとわかりつつ、それで十分だともわかっていた。
ひらり、長い尾を一度踊らせて黒猫のサンゴは夜のなかに溶けるように姿を消した。
※
あれから数十年。人の決めた年月など猫は数えぬものだから、細かな時間の経過はわからない。
彼の両親は歳を取って息を引き取り、そして彼もまた歳を重ねていなくなってしまった。
家族の誰も居なくなったこの家に、今は私ひとり。
猫の里への道はもちろん覚えている。覚えているけれど、どうにもこの家にはまだ彼らの温もりが残っているような気がして、去り難く。
彼が生前ほどこしてくれた家人の生息情報を誤魔化す細工の効くうちは、と居座っている次第である。
あと何年続けられるだろうか。
思案するでもなく漠然と思っていると、ぴろりん、またパソコンから音がする。
画面に表示されたメールの件名は『弟子入り希望』。これもまた類似のメッセージがときおり届くのだが、受け入れようがない。
なぜって、ねこやの猫は私自身が動く様をモーションキャプチャーで取り込んでいるだけなのだから。
猫が猫の動きをしてみせるなど造作もないことだが、それを人間に教えるとなると、さて。いかに永く生きた猫又の私であっても、難しい。
私の他にも猫が残っていたならば誰かしらが同じようにして猫を売る店を開くのだろうが、ここ数十年の間でそのような話はとんと聞かない。
いっそ欲しがる人間にこれまで取ったデータをすべて渡してしまうか、と思わないこともない。思わないこともないが、猫のありがたみをより広く知らしめてからでも遅くはない。
現実の猫がいなくなってから架空の猫を求めるなど、まったく。人間はいつまで経ってもおろかなものだ。
おろかといえば、いつまでもずるずるとこの場に居続けて人のふりなどしている私もまたおろかなのだろうけれど。
いよいよ面倒になったら全て投げ出してふらり、猫の里へ帰れば良いのだ。そう思いつつも、その気にならないのだから私の仕事はまだまだ楽になることはないのだろう。
ぴろりん。
メールを放置して物思いにふけろうとする私をとがめるように、ぴこんぴこんと立て続けに連絡が入る。
届いたメッセージはどれも猫を欲する人間のもの。
あくせくと働くつもりはないが、おろかな人間に猫のありがたみを教えてやるのも猫又としてのつとめであろう。
ぴろりん。ぴろりん。
パソコンが私を呼んでいる。聞こえないふりをして寝てしまおうかと体を丸めた私の耳に、遠い声がふと蘇る。
「お前がいてくれて良かった」
私とふたりきりの時にだけこぼれた彼の声。声に続いて触れるはずの手のひらのために耳を伏せたのは、意識してのことではなかった。
「……やれやれ」
仕方なしに私は重い腰をあげる。ついでに耳も戻しておく。
あなたにそう言われては、おろかな人間に寄り添う存在を作ってやらないわけにいかないではないか。
記憶のなかにしかない相手に救われるように、架空であっても猫の慈悲深さを必要とする人間がいるだろうから。
VRヘルメットに頭を入れて、届いたメッセージを開く。ひとりひとりの客と細かな打ち合わせをしなければならない。面倒で時間もかかるけれど、同じ猫は二匹といないのだから、仕方がない。
猫を求める依頼が途切れることはない。今日も大事な昼寝の時間が短くなってしまうだろう。
まったく、猫の手も借りたいくらいだ。




