ある料理人のつぶやき
山もオチもなく、思いつきで書きました。
最近、オーナーの機嫌が悪い。
前は用意された材料を使ってオーナーの指示通りに調理するだけで良しとされていた。とびきり美味しいというわけでもないが、食べやすくそこそこ満たされるということで次第にお客が増えた。
するとオーナーは欲が出たのか、余所の評判の良い店の料理を真似ることを思いついた。俺はその店の料理を食べさせてもらい、同じ料理を作るように言われた。記憶を頼りになるべく忠実に再現すると、まあまあ似た雰囲気の一皿ができた。お客からは美味しいという感想も寄せられた。
オーナーは気を良くして、また別の店の人気料理を真似することにした。これも評価は上々だった。
それから俺とオーナーは有名店の料理を次々試し、俺は人気の素材を流行の調理法で仕上げるコツを覚えた。お客はどんどん増えていき、いつの間にか美味しい店として名前が挙がるようになった。
オーナーはそれでも満足しなかった。
「今のメニューの素材を少しだけ変えて、料理名も工夫しよう。毎日変えれば毎日来てくれるかもしれないからな」
「毎日ですか」
と一応訊ねたが、できないこともない。俺はオーナーの決定に従うのみだ。
オーナーの指示によれば、たとえば最初の料理が『鶏むね肉ディルクリーム煮』だとすると、これをむね肉からもも肉に、次にむね挽肉、もも挽肉、手羽元、ササミへと変えていく。
一巡したら次は鳥の種類だ。鴨、鳩、ウズラ、アヒル、七面鳥、ほろほろ鳥。それぞれ部位も変えれば、味も食感も違うものになる。ただし調理方法も調味料もそのままだ。種類や部位の個別の研究などはしない。目先が変わりさえすれば良いからだ。同時に付け合わせもちょっと変えれば、完全に別料理だと思ってもらえる。
がんばって工夫したのは料理名だけだ。
最初の『鶏むね肉のディルクリーム煮込み』というシンプルなものから始まり、次第に説明風に長くなっていった。今では『パキーラ草原で捕えて3日以内のウズラのディルクリーム煮込み ソーマおばさんのコガネジャガ芋のマッシュとグリルした今が旬のグリーンアスパラを添えて』などというところまで来た。内容が分かって良いと思う。
店の外に本日のランチメニューを書いて貼り出すのだが、『毎日違うメニューで頑張っているね』などというお褒めの言葉もいただく。好評のようだ。
この鶏肉シリーズだけでは芸がないので、交互に魚の蒸し物シリーズを提供する。これだけで相当日数が稼げる。店は連日大盛況だ。
こんな風にオーナーに言われるままに食堂で調理をしているが、実は俺はちゃんとした料理人ではない。
俺には記憶力と手先の器用さと、一度経験すれば八割くらい再現が可能という才能がある。オーナーにはそこを評価され、ここで働いている。全てはオーナーの意のままだ。
楽しいか、と聞かれても返事に困る。指示されたことをやることに疑問を持ったことはない。オーナーの要望に沿うことだけが自分の存在価値なのだ。固定給だが、まあその分は働いていると思う。
賄いはある意味豪華で、舌を肥えさせるつもりなのか人気店の料理をたらふく食べさせてくれる。それを自分の中に落とし込んで、店で似た料理を提供する。たまにそれらを混ぜ合わせたハイブリッドメニューをこしらえたりもする。それだけの簡単な仕事だ。
だけど最近になってオーナーが苛ついていることが増えた。
なんでもうちの料理が有名店のパクリだという噂が広がっているらしい。素材、調味料、調理工程、盛りつけの全てにおいて真似しているが、所詮は下位互換に過ぎないと。毎日違うメニューに見えるが、実は中身は代り映えしない。そして極めつけは味付けのセンスが残念で、下ごしらえも雑、見た目はごまかせても、味は数段劣る、と。
それはそう。全くもってその通り。俺は基本味見をしないし、オーナーも試食をしない。素材を吟味する発想もないし、新鮮さにこだわることもしない。見た目重視でそれらしい味なら良いと思っている。どうせお客の舌だって、それほど大したものじゃない。
何しろうちは高級料理店じゃなくて、下町の誰でも気軽に入れる食堂だ。不満があるなら余所に行けば良い。これでもファンがたくさんついていて、美味しかったよって言ってくれるお客がたくさんいるのだ。
それから、うちに通うお客は得てしてナイフやフォークの使い方が下手だから、簡単に食べられるものを好む。骨や皮は極力外して気楽に楽しんでもらっている。そんなところも好かれる理由だ。
オーナーは誰がなんと言おうと、美味しいと言って通って来てくれるお客がいる限り、今のやり方を変えるつもりはないらしい。だって簡単に稼げるからね。
ねえ、オーナー、うちを貶める声もよく聞くけど、それでも下町の美味しい店ランキングに載っているのだから気にすることないよ。いつも言っている『レシピは裏切らない』の精神だよ。
申し遅れたけど、俺の名はジェミー。友人でありライバルでもあるチャッピも同じようなことをやっているよ。これを読んでいる君も、うちの近くに来たら寄ってみてよ。バカ舌なら楽しめると思うよ。よろしくね。
※『料理』は『小説』と読み替えていただくと、別のよくある話になるかと思います。
読んでいただきありがとうございました。




