スキマの狭間
ある時、それは何時なのかは分からないが、私は生まれた。
物と物との狭間、見えない物に対しての恐怖、それらから、私、スキマ妖怪は生まれた。
私には『境界を操る程度の能力』がある。
けれども操るのが困難で膨大な知識も伴う。
私は自分の為に放浪する事にした。
「お腹が空いたわね……」
私は何千という年を過ごしている間に能力を昇華させていった。
初めは生と死、それから徐々に調整の困難なものへと。
それと、『スキマ』を開けるようになった。
ここからは様々なものが見えるし、見えない。曖昧な空間。
私はそれを用いて人を食べたり、と、様々な事を行った。
それと、不便なので私は八雲紫と名乗る事にした。
風の噂で妙な話を聞いた。
どうやら、とある村の神が妖怪で人間贔屓らしい。
妖怪は本能で人を襲い、喰らう。
私は事を確かめるべく、情報を頼りに村の付近へとスキマを開いた。
実力のある人間が1人、妖怪に目をつけられていた。
近くの少女が言うには、名はルーミア、宵闇の妖怪。
そして、少女も妖怪であった。
名前は、ひーなー、と聞こえた。
「妖怪だけど人は襲わない主義だから。そっちが襲って来るなら容赦しないけど」
確信した。彼女だ。
私は男とルーミアの闘いを見守った。
闘いが強制的に終わり、ルーミアが逃げた。
彼女にはルーミアを捕まえられるらしい。
ルーミアを決して弱い妖怪ではなく、彼女の実力では到底無理であろうと、私は先程の闘いから思っていた。
しかし彼女の髪が朱くなり始めた頃から、それは撤回する事になった。
考えられない程、濃密で膨大な妖力。
「……消えたいの?」
ただ、その一言で私は彼女に恐怖した。
見付かるのではないか、見付かっているかもしれない。
そう思った矢先、妖力がふと消え、泣きじゃくったルーミアが戻る。
彼女の髪も黒く戻っていた。
その後、様々な会話をした後、彼女はルーミアだけを村へと帰した。
「それでさ、覗くなら自信持った方がいいよ。まあ、私以外には気付かれなかったようだけどさ」
と、私の方を向いて話し掛ける。
見えないはずなのに……。
「引っ張り出すよ」
彼女の妖力が再び少し大きくなったかと思うと、スキマを越えて掴まれ、スキマから引きずり出された。
「きゃあ」
尻餅をついた。……痛いわね。
「今まで初めてよ、私をここから出したのは……」
「それより誰さ」
私はそれも一興と思い、自己紹介をする。
「ひーなーさん?貴女のような大妖怪を初めて見ましたわ。お初にお目にかかります、私はスキマ妖怪の八雲紫と申しますわ」
「んじゃ、私も自己紹介を。妖怪の陽奈、名字はないよ。陽奈とでも読んで。あと、変に礼儀いいけど気持ち悪い」
ひーなー、ではなく、陽奈というらしい。
うっかり間違えてたわ。
「そうなの?悪かったわね。ところで貴女は何の妖怪なの?」
「……恐怖?」
「私は『境界を操る程度の能力』を持っているわ。貴女も何かしら能力があるのでしょう?」
「『恐怖を操る程度の能力』を。紫が隠れている時の不安から見つけ出して引っ張り出した。どう?納得した?」
「つくづく恐ろしいわ」
納得した。
「ところで」
態度を変え、私は改めて聞く。
「なぜ、貴女は人間を食べないの?妖怪の本能に抗ってないかしら?」
そう言いながら私は彼女の『本能の境界』を弄った。
「何かしてる?」
「食欲の境界を弄ったけれどもダメだったわね」
恐らく、彼女が抑えてるであろう事として、嘘をついた。
「次やったら、あんたを喰らうからね」
軽い圧力が襲う。
「まあ、触れないわ。触らぬ神に……、と言うもの。では、何故あの妖怪にも強制するのかしら?」
妖怪としては疑問である事。
「人間がいなかったら妖怪は存在しない。それにルーミアの将来性を考えた結果だから」
「そうね。でも陽奈、果たしてそれが正しいのかしらね」
そう言うと私はスキマに帰った。
彼女の言う事は正しく、重みがあった。
けれど、正しい事とは何なのか。
妖怪に、人間に、神に、正しいとは問えない。
答えは、どれも正しく、誤りであるから。
私は彼女の真意を考えつつも、また、別のスキマを開いた。