とある少女の話 前編
今回、主人公はでてきません
私は何の為に生きているのだろう。
ただ、人を、人ならざるものを殺す為?
いや、違う。
でも、それしか分からなかった。
私の一日は街道から始まる。
路地裏から何気ない顔をして、食べ物を、金になる物を盗む。
路地裏が家である私には奪うという行為はあまりにも危険であった。
人の目を欺く手付きを得たり、物価を調べたりもした。
今日の目標は長らく目を付けていた赤髪の男にした。羽振りがよいようなので財布をいただく事にする。
私は目を閉じて意識を集中させる。
音が消え目を開けると、私以外のものの色が失われ、誰も微塵も動かない。
私は時間を止められる。
それこそが今まで生きていけた由縁なのだ。
けれども長持ちはしないので私は早速拝借して、その場を去った。
路地裏に駆け込み、成果を確かめる。うん、思った通りだ。財布には大金が入っていた。
「おい、ガキ」
男の声が背後から聞こえた。
「そこのお前だ、銀髪の」
確かに私の髪は銀髪だ。この髪には嫌悪を覚えるがなかなか綺麗だとは思う。
「聞いているのか!?」
私は反射的に身を跳ねさせるも、後ろを向いた。
「どうやって俺の財布を盗んだ?」
彼の発言は私には聞こえていなかった。
確かに私は時間を止めて盗んだのだから。
暗がりで分かりにくいが先程の相手であることに間違えはなかった。
「私は……、盗んでなんかいない」
精一杯声を捻り出すも震えてしまった。
何かが違う。彼は私とは存在が違う気がした。
「まあいい、それくらいくれてやる。但し、方法を教えたらな」
途端、私の前後に炎の壁が立ち塞がる。時を止めても熱いものは熱い。私は逃げ場を失った。
「早くしないと呼吸もままならなくなるぞ」
どうやら彼が壁を作った本人らしい。そんな事、出来る訳がない。
けれども、もし私みたいに何か力があるのならば?いや、違う。私は……
「時間を……止めて盗んだ……」
「時間を……?……そうかそれは面白い」
何が面白いのだろうか。
「おいガキ、選べ。このまま薄汚い真似をして死ぬのか……、俺について来るのか」
「何を……」
「気に入った。お前の力が俺の目的には必要だ。その力、役立てたくはないか?」
私は小さく頷いていた。
連れて来られた場所は大きいけど殊更に目立ちはしない屋敷だった。
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「名前?」
「そうだ」
名前……、そんなものは必要なかった。捨てられたその日から……。
「名前は……捨てた」
過去とともに捨てた。だから名前はない。
「そう……か……。これからは必要だ、何かと不便だからな」
「名前が?」
「そうだ。あくまでも呼び名であってあだ名みたいなものにするがな。お前が本当の名前をもらった時の為に本当の名前は付けない方がいいだろう」
「分からない……」
男の言葉の意味が分からなかった。
「これから、お前を『花』と呼ぶ事にする」
「花?何故……?」
「なんとなく、だ。まあ、これから挨拶回りだ。一緒に住む家族みたいなものだから仲良くな」
私は中へと引っ張られていった。
「お帰りなさい、師匠!」
「その子は?」
中へ入ると私よりも少し年上だろう女の子が二人駆け寄って来た。
1人は活発そうな子で紫の髪と目をしていて髪を後ろで一括りにしている。もう1人はブラウンのショートに黒い目で頭の右側から小さな角が……、
「ば、化け物!!?」
「そう、化け物」
ブラウンヘアの女の子は表情も変えずに口にした。
「俺から紹介しよう」
私はとりあえず落ち着こうとした。
「こっちの紫のがマグノリア、茶色いのがカリビアだ」
「よっろしくー!」
「握手」
何故カリビアさんは私に反論とかをしないのだろう。化け物とか呼ばれたらさすがに怒るはずなのに。
「不思議そうな顔してるな。2人ともお前と同じで捨てられたりしたんだ」
「どうして……」
私は聞きかけて口を押さえた。
「んー?知りたそうだよね。貴女も同じなら私たちに教えてよ。それが条件だよ」
「気にしないから大丈夫。慣れた」
私は自分の事を口に出し始めていた。
――あれは私が物心ついた頃だったのだろうか。私が知っている母は恐怖に染まった目しかしていなかった。
違うかもしれないけれども、私はそれしか知らなかった。
名前は忘れてしまった。
気が付けば悪魔と呼ばれていたから。
生まれ持った銀の髪に、時を操る能力。ただそれだけで私は化け物にされた。
私はそれから満足に喋れる様になってから捨てられた。それがせめてもの救いだった。それが最初で、たぶん最後の親心だった。
私が夜に眠ってから、朝起きると知らない場所に寝ていた。その事で私は泣けなかった。
またか、と。
私は帰らなかった。いや、帰れなかった。
だから1人で生きる術を編み出した。
時には媚び、時には能力を使い、時には自らを売り、時には化け物や人を殺し……。数えれば、きりがない。
能力を使えば、絶対に逃げられた。ばれる訳もない。私が罪を犯した時間は存在しないのだから。
そして私は初めてばれて、今ここにやって来た。
「……という、訳です」
私は最後の方は泣きながら話していた。
「苦労したんだねー」
「過酷」
マグノリアさんは顔をぐしゃぐしゃにしながらも言葉をくれた。……口調は相変わらずだったけど。
「大丈夫だよ、貴女はもう私たちの家族だから。捨てたりなんかしない」
マグノリアさんは私をあやすように後ろから抱いて撫でてくれた。
私は涙が止まらなかった。
けれど同時に一瞬で私の正面から背後にどうやって回り込んだのか不思議だった。
次にメグさん(マグノリアさんがそう呼んでほしいと言った)が身の上を話してくれた。
「私はねー、魔法使いの名家の生まれなんだよ。当然私も魔女に成るべく教育をされてたけど、からっきしでさ、つまり落ちこぼれって奴?で、捨てられちゃったんだよ」
「魔法の使えない魔女……だった訳ですか?」
「そうそう。だから家にいた時から身体を鍛えていてね。まあ……野生の熊とか素手で倒したりは……したよ」
・・・。
「まあ、そんなこんなで今に至るのさー」
メグさんが遠い目をした。
……突っ込みたいけどダメな気がする。突っ込みを入れたら負けな気がする。
「突っ込みたいのはよく分かるけど、したら負け」
カリビアさんが表情一つ変えずに私に告げた。
「じゃあ私も話す」
次はカリビアさんの話だ。
「私は鬼というか巨人族に生まれた。けれども小さく、周りよりも賢かったから捨てられた」
・・・。
「それだけですか?」
「周りと違えば追い出されるのは運命。私の仲間は本能的にしか動かない。私は違った。効率性などを求めた結果、仲間と離れ、孤立し始めた。そして孤立した。つまりメグと同じで私も異端」
相変わらず表情を変えずに淡々と語った。
「そういえば、師匠の話は聞いたことないねー」
「ない」
「俺か?俺は人外を討伐する集団にいた人間だったんだがな、とある妖怪、まあ東方の化け物に化け物にされた。おかげで追放されて今にいたる訳だ。そいつは俺に……いや、なんでもない」
どうやら一番の事情持ちは男のようだった。
さて、私が家族の一員になってからしばらくして、この家族の仕事を知った。
何故、私が必要なのか。
俗にいう裏方、簡単にいえば殺しを仕事としていた。
時に化け物から為政者まで、あらゆるものが標的だった。
私の能力は有用だった。時間を止めて仕舞えば証拠は残らない。
私は能力や体術を研鑽し、また、男を先生と仰いで、それなりに毎日を暮らしていた。
私の能力は時間を操るものだったけど、それに伴って空間も弄れた。おかげで持てる荷物も増大した。
仕事も経験があり、そこまで難しくもなかった。
私が家族になってから数年経ったある日、とある仕事が舞い込んだ。
それは東方にいる吸血鬼の討伐。
ただそれだけなら問題はなかった。
場所が問題だった。
忘れ去られた地、幻想郷。
世で忘れられたものを受け入れるという隔絶された地。そこは何でも受け入れるという。
しかし、甘くはない。
来るものは拒まず、されど去れぬ。
出るのはまず不可能。つまりはこれを受けたら最後の依頼となり、私たちは幻想郷に居続けなければならない。
「先生、どうします?」
「受けよう」
「し、師匠!?」
「理由は?」
「本来はこれが目的だったんだ」
それから先生は何故私たちを家族にしたのかを語ってくれた。
自分を化け物にした妖怪に復讐を。
その為に裏の情報が入りやすい様な組織を作りたかったらしい。
最終目標はその妖怪で、随分前から幻想郷にいるという情報を耳にしていたらしい。
吸血鬼の姓はスカーレット。
こちらも先生には因縁があるらしい。
「今までお前らを巻き込んで済まなかった。無理に着いてこなくてもいい」
先生は私たちにそう告げた。
結果、私たちはみんな着いて行く事になった。
今頃離れられない。それが理由だ。
私たちは荷物をまとめて(私が持って)この地に別れを告げて、依頼主の手配にあやかって東へ向かった。