普通の魔法使い見習い
ある日の事である。私が魔理沙とテレビを見ていた時だった。
「なぁ、陽奈ちゃん」
「どうしたの?」
「魔法って……、あるのか?」
何を唐突に、と思ったが、見ているのは魔女っ娘アニメである。
私にとっては数億年振りで懐かしみがある。割と男女ともに人気があったからなぁ、これ。
「なぁ、あるのか?」
魔理沙の問いに、はいそうです、とか答えられない。ここは幻想の許されない世界だ。幻想郷とは違う。
「あると思う?」
「うん、きっと」
「どうして?」
「私は陽奈ちゃんが怪しいと思うんだ」
「私が?」
待て待て待て待て。私は魔理沙が生まれてから一度も使ってないぞ。
「だって、こーりんと親父で二人掛かりでしか持てない様な重い荷物を軽々と持ち上げているのを見たからな」
こーりんとは香霖という例の森近霖之助という少年の屋号であり、魔理沙は彼をこう呼んでいる。
そんな事より、あれを見られていたとは。
品物を入荷したのはいいがとにかく重かったので、私が手伝いをした時があったのだ。
「陽奈ちゃんにはそんな力はなさそうだし」
「き、気のせいじゃないかな?」
私は目を泳がせまいと必死になるが、冷や汗はだらだらである。
「そう……なのか?」
「う、うん、きっとそうだよ」
「おーい、陽奈ちゃん、荷物運びを手伝ってくれないかー?」
その時、おじさんから頼みが聞こえてきた。
頼むからその先は言わないでくれ……。
「重さが200kgくらいあって陽奈ちゃんしか運べないんだ」
あー、どうしよう。
「陽奈ちゃん……、それは本当か……?」
「そ、そんな重いのなんて無理だって」
やばい、冷や汗が止まらない。
「そうだな。陽奈は私くらいの年だろうもんな」
「おーい陽奈ちゃーん」
おじさんがまだ呼んでいる。
「ごめん、魔理沙。ちょっと行ってくる」
「私も着いてくぜ」
「そういう訳で、魔理沙には隠せないからね」
「だぜ」
結局、魔理沙の手前、おじさんが口を滑らせたのが決定打になってしまったのだ。
私はもう隠す事を諦めて、荷物を運んでいる。
「親父は知ってたんだよな?」
「魔理沙、お前には店を継いで欲しい。現実以外に見初められてほしくないんだ」
確かに、小さい頃から目の当たりにしたら憧れてしまうかもしれない。子供は他とは違う力に憧れるものだ。
「じゃあ、陽奈ちゃん、魔法ってのはあるのか?」
魔理沙は私に尋ねるが、私は答えられない。だが、魔理沙は納得しないだろう。
私は荷物を置いてから、魔理沙に言った。
「私はね、妖怪っていう存在なの。魔理沙やおじさんよりもずっと長く生きている。そんな私は魔法を使えるけど、人間には分からない。だからって魔理沙には人間でいて欲しい」
「俺は魔理沙には諦めて欲しい。先日、霖之助が俺の所に別れを告げに来た」
「香霖がか?」
「あいつは半分妖怪だ。だからいずれは……。だが魔理沙は違う。もう……いなくならないでくれ」
霖之助は私に幻想郷について聞いて、旅立った。魔理沙に悪影響を与えないようにと。
「すまないな、親父、それは出来ない。陽奈ちゃんだっていずれは帰るんだろう?なら、私は一生一度かもしれないチャンスを逃したくないんだ」
魔理沙は強い眼差しでおじさんを見ていた。
「そう……か……。なら、お前はもう家の人間としては認めない!出ていけ!」
「ああ、分かったぜ。陽奈ちゃん、手伝ってくれ」
「ああ……、うん」
その時の魔理沙は少し目が潤んでいた。
「じゃあな、親父」
魔理沙は私のスキマに入っていった。
「陽奈ちゃん、話がある」
「ん?」
「魔理沙を頼んだ……」
「素直じゃないね。“人間”として認めない、だなんて。私はおじさんが魔法について調べているのは知ってたよ」
眉唾物から何から何まで、ね。
「何が言いたい」
「魔法使いは人間が大成するのは難しい。ましてや魔理沙には才能がない。それも可能性に入れての言葉だった、よね」
おじさんは険しく顔を変えた。
「魔理沙は任せて。立派な“魔女”にして見せるから」
無言の彼を背に、私はこの場を去った。
私は外の博麗神社から幻想郷へと入った。
空気がおいしい。
「誰よ、あんた」
声の主を探すとそこには魔理沙くらいの歳の巫女服の子供がいた。博麗の巫女服ではない。
「あら、陽奈じゃない。お帰りなさい」
「何よ、紫。知り合い?」
突然現れた紫に驚きもせずに淡々と言葉を吐く子供。
「ええ、彼女は私の友達よ」
「そう。……夢想封印!」
突如として虹色の霊弾が私を襲う。博麗直伝の夢想封印だ。
私は咄嗟に距離を離し、追っ手を阻む為に策を巡らせる。
「しょうがない……、封魔陣!」
私は簡単な結界を張った。
「なっ……、あんたも博麗なわけ?」
「いいや、私は白嶺陽奈。ただの妖怪……じゃないかな?」
「私は今代の博麗の巫女、博麗霊夢よ」
「随分若いなぁ」
「母親は3年前に死んだらしいわ。紫から聞いたのだけれども」
「気にしなくていいわ。人間はいずれ死ぬもの」
やけに淡白な性格をしている子供だ。
「それで?あんたは何者なわけ?場合によっては退治するわよ」
「止めておきなさい、霊夢。貴女は陽奈には敵わないわ」
「何でよ。小妖怪にも満たない気配じゃないの」
「現在私に勝てない貴女が私より遥かに強い陽奈に勝てる道理はないわ」
「なっ……」
「それじゃ、私帰るね」
「ちょっと!待ちなさいよ!」
霊夢が叫んでいるがシカトして家へと向かった。
家に着いてからとりあえず魔理沙をスキマから外に出した。
「ここはどこなんだ?」
「私の家だよ。なんと築数千年!」
「そんなことより魔法を教えてほしいぜ!」
「まだダメだよ。準備がいるから待ってて」
私は書斎(というより図書室)に行っていくつかの本を取ってきた。
「まず注意してほしいんだけど、この家からは出ないこと」
「なんでだ?」
「ここは魔法の森っていう場所の一番奥なの。普通の人には毒の空気があるから勝手に出たら死んじゃうよ」
「わ、わかったぜ……」
魔理沙の顔が少し青くなった。
魔力慣れやらしていないと厳しい環境で障気が溜まっていたりもして洒落にならない。妖怪も何人か墜落したくらいだから、余程だ。
「ああ、私と一緒なら大丈夫だからね」
「本当か!?わかったぜ!」
魔理沙と出る時に結界を張ればいいだけだ。
「それじゃあ魔理沙、魔法について教えるね」
「おう」
「まず、これだけは言っておく」
私は魔理沙を真剣に見詰める。
「か、顔が怖いぜ……」
「魔理沙には魔法の才能はない。だから辛い道になると思う。それこそ血の滲む様な努力が必要だよ。それは覚悟して」
魔理沙は小さく頷いた。
「じゃあ、魔理沙にぴったりな魔法を探す所から始めようか」
結果として、魔理沙には星魔法が適していると判明した。
星魔法は天文的影響が大きく、時には条件のみでも発動する魔法だ。しかし、条件が合わなければ失敗する魔法でもある。
また、汎用性も高く、強い効果が認められるのも多い。
そして何よりも、努力が実を結ぶ魔法だ。
欠かさずに観測を行い、一定の効果のルールを見つけ出し、それらを組み合わせる。それによって非常に優れたものになり得る。
「……っていうのだけど、どう?」
「それにするぜ!」
「それじゃあ私に出来る事はここまでだね」
私は星魔法に関する本を全部持ってきた。
「残念ながら、私はあまり詳しくないの」
私は現在五行魔法を使っていて、星魔法は専門外だ。
「まあ、一応、本の内容程度なら覚えてるけど、研究したわけじゃないから」
「わかったぜ。なら手伝ってくれ」
「もちろん」
とりあえずは魔理沙を居候させているが、いつかは独立させたい。
というわけで、
「魔理沙の家を作ろう」
何だかんだで半年頑張ってもらったのだ。そろそろ私は魔理沙には離れてほしい。
「私の家か?」
「そろそろ私の助けも要らないだろうしね」
「そう……なのか?」
「大丈夫だよ」
魔理沙は、魔法といえば箒で空を飛ぶぜ、とか言って箒で空を飛べる様になったので、1人で人里までも行けるだろう。
それにある程度魔力も身体に馴染んだだろうから、魔法の森もそこまで害はない。
努力だけでここまで半年で達する魔理沙はある意味天才かもしれない。
「それでどこに作るんだ?」
「魔法の森の入口付近はどうかな?」
「でもそんな広間はないぜ?」
「なければ作る」
それから建設予定地に行って、大々的に(敢えて魔法で)焼き払い、そこに家の基礎石を(敢えて魔法で)打ち込んだ。
「す、すごいぜ」
「さて、ここからどうしたい?」
「どうするって?」
「幻想郷には、ガス水道電気などのライフラインはないのは分かるよね?」
「ああ。でも陽奈の家にはあったよな?」
そうなのだ。実は我が家は既にシステムキッチンであり、コンセントもあったりする。
人間の技術とか言ったら河童が奮闘してくれた。だが、エネルギーを作っているのは私なのだ。
仮に外の世界であろうとも私の家の様な僻地まではライフラインは供給されない。
「私の家にはテレビはなかったでしょ?それに電話も。つまりはそういうこと」
「堪えられないぜ……」
その為にも、魔法を使えばいい、とは言わないでおく。
「まあ、お風呂くらいなら作るし、魔法灯くらいなら作ってあげるから」
魔法灯とは魔力を灯りにするマジックアイテムで、魔法の森ならば空気中の魔力で恒久的に点けられる。そして意外と明るい。
そんなことはさておき、魔理沙は不満が多い様だ。
だが諦めてもらうしかないのだ。
「魔理沙、魔法と生活水準、どっちを選ぶ?」
「……魔法」
私は汚い質問をした。実際は魔理沙に両方取らせるのも不可能ではなかった。
私は問うたのだ。
幻想に生きるか否かを。
「陽奈、家を作ろうぜ!」
「そうだね。じゃあまずは里で材料を仕入れなきゃ」
里で木材を調達して、再び戻った時には日が傾き始めていた。
「陽奈ちゃんって意外と人気なんだな」
「意外とはなにさ。これでも幻想郷のパワーバランスの一角を担ってるんだから。しかも私は人間を襲わないし」
「陽奈ちゃんって、妖怪、だったか?」
魔理沙が確かめる様に聞いて来たので私は頷いた。
「ちょっと力を見せてみてくれよ」
「だーめ。絶対に魔理沙が泣くから」
「泣かないぜ」
「いや、泣く。神でも仏でも泣きわめくから、たぶん」
まあ、気絶するかもだけど。
「それでもだ。一回見てみたいぜ」
「そんなに言うなら……、一回だけだよ」
私はゆっくりと力を解放する。但しリボンはつけたままだが。
徐々に魔理沙の顔が青くなっていくのが分かった。
「止めようか?」
私が尋ねると、物凄い勢いで首を振ったので私は力を再び抑えた。
「陽奈ちゃん、何なんだぜ……」