目が覚めたら……
私はまた寝ていたのだろう。
けれど、どれほどの時が経っているのかは分からない。
今、分かることは……、
「ここ……どこ……?」
腕は、もう生えている。
そして、ここは何かの小さい建物の中だ。
とりあえず私は湿気くさい場所から出た。
崇められた。
私がいた場所は祠だった。
どうやら神様扱いされていたらしい。
なんでも、私の周りにいると動物が寄ってこないし、天災などみんなが恐れるような事が起こると私の髪が朱くなって収まるとか……。
「あなたさまは何千という四季の移り変わりの中、今と変わらぬ姿であった、と伝えられております。さらに我々を降り懸かる災厄からも守ってくださいました。ですから、あなたさまを神として崇めたのです」
お歳を召した老人が私に説明してくれた。
「私は化け物だよ。神でも人間でもない」
「で、では、あなたさまは……」
「私の名前は陽奈。恐怖を操る妖怪……」
「妖怪……ですか……?」
「そう、妖怪」
変だ。
人間ならば妖怪と聞けば逃げるか退治、抹殺するのに。
「不老の妖怪もいるのですか」
「えっと……?」
どうやらこの村は少数だが妖怪もいるらしく、当然ながら半人半妖もたくさんいるらしい。
「あなたさまは……」
「陽奈でいいよ」
「陽奈様は少なくともこの村が出来る前からは生きていらっしゃる。妖力は歳に相当して強くなるはずですが……」
「弱い、って?」
初耳なんですけど、それ。
「はい」
「まあ、抑えてるから」
「では一度だけでもいいので実力を見せていただけませんでしょうか?」
何をしろと?
目の前には金髪ショートで全身黒服の少女がいる。
村で一番の実力者と戦えと言われ、この少女が呼ばれた。
「私の名前は陽奈。恐怖を操る妖怪」
「そーなのかー」
「いや、そっちも名乗ろうよ」
「ルーミア。宵闇の妖怪なのだー」
闇か……。
万人が恐れるもの。
だから彼女が強い、と。
「しょーぶなのだー」
周りが闇に包まれてゆく。
昼間なのに。
すぐに暗闇に包まれてしまった。
「すきありなのだー」
後頭部にぽすっ、と何か当たった。
取りあえず掴んでみる。
「捕まったのだ〜」
闇が晴れてゆく。
これで終わりか?
「まだ終わらないのだー」
突然ルーミアの腕の感触が無くなった。
闇だ。ルーミアの腕が闇に変わった。
反則じゃないの?
「いくのだー」
闇とは無限の質量とゼロの質量を持っている。
闇が私にのしかかる。
避けた部分の地面に小さな穴が空く。
隙なく、細かな闇が飛んできて私の頬を掠めた。
対して、私が頑張って近付いて殴っても空をきる。
「いい加減にしろー!!」
私は今まで抑えていた妖力を爆発させた。
例の如く朱くなる。
爆発の余波が闇に当たると闇が掻き消えた。
「弱点みーつけた♪」
私はルーミアに、飛ばしてくる闇を妖力で相殺しながら、近付いて、
「わるいこには……お、し、お、き♪」
威力を幾分か上げた妖力の篭ったデコピンを額に一発。
「うぅー、負けたのだー。痛いのだー」
ルーミアは額を押さえて涙を浮かべている。
デコピンをしたらルーミアが錐揉み回転しながら幾つかの家を貫通して、ぶっ飛んで木に激突した。
一同と私はア然としたよ、うん。
「ごめんね、ルーミア」
私は幾らか妖力をあげて、治癒力が上がるように促した。
「ルーミアは陽奈に弟子いりなのだー」
「どうしてそうなる!?」
「全力のパンチが効かなくて、奥の手も破られて、何より優しいのだー」
パンチって、あの、ぽすっ、てやつか?
「分かった。お姉さんが師匠になろうではないか」
るーみあか゛
なかまになった。
事実、ルーミアは強かった。
闇を操るわけだから昼間ならともかく夜は気付かぬ内に術中に嵌めることができる。
だが、活かしきれていない。
身体能力が低い。能力に依存していたためなのか他が疎かだ。
身体能力の向上は基礎であって、勝敗の大きな要因となる。
それでまずは……
「村を百周走る!!ただし、飛ばないこと、能力を使わないこと!」
「わかったのだー」
元気に走るルーミア。
ほほえましい光景だ。
「陽奈様、私にも何か教えてほしいです」
少女が1人寄って来た。
「何を?」
聞いたら黙ってしまった。
「じゃあ、陽奈様のお話を聞きたいです」
「昔話か……。たぶん、難しいだろうな……」
「何がですか?」
「昔はね、ほとんどの妖怪が人に勝てなかったんだよ」
小妖怪は雑草のように狩られたな……。今とは違う。
「でも陽奈様は……」
「人が今より強かったんだよ。一人でルーミアなんか倒せちゃうよ」
ルーミアは良く評価すれば中妖怪レベル。中の下だ。
「ルーミアを“なんか”だなんて!あの娘は自然発生した妖怪ですよ!?」
「ルーミアは誰が育ててた?」
「それはもう、村長が我が子のように……」
「妖怪の中でも純粋な奴らは学ばないと育たないんだよ!!」
私がどれほど小妖怪の育成に苦労したか……。
「すみません……」
「ごめん。昔話だっけ?」
そうして平和な日々は過ぎてゆく。
「ししょー、終わったのだー。くたくたなのだー」
ルーミアも体力は大分ついたようで今やノルマを上げて300周させているが時間は初めの半分以下にまで縮まっている。
「じゃあ、お昼ご飯にしようか」
「わーい」
私たちは家に帰った。
初め、この村に住んでいた時は家がなく、ルーミアと村長の家に世話になっていたが、さすがに悪いと思いルーミアと作った家だ。
いろいろと細工をして、かなり丈夫に作ったためか、私が全力で殴るくらいしないと壊れないだろう。
「今日は夜食も行きたいのだー」
ルーミアが家に入る前に言った。
ルーミアは普通の妖怪だ。だからこそ、妖怪としての食事も必要であって、どこかの黒髪の恐怖妖怪とは違う。
私は食べる必要はない。
周りに恐怖があればいいから。
というか食べたくない。
だからこそ、目の前で食べるなとは言わないが毎日は食べないように月に1〜3回にしている。
つまり、まとめると夜食=人間。
前回行ってから2週間ほど経っているため良いだろう。
「今夜にでも行こうか」
「やったのだー」
「じゃあルーミア、今回はあの人ね」
私は夜な夜な明かりもなしに歩いている槍を持った男を指差す。
ルーミアには食べる人を指示している。
実力者のみ。なぜなら、その方が実践的であり、食べたら力がつくからだ。それと一般人への将来的な被害削減も。
一般(妖怪)的には力の強い者の方がお腹が満たされる、と都さんが言っていた。
「今までより強そうなのだー」
霊力が滲み出ているのが分かる。小さな妖怪を本能的に寄せ付けて殺したいのだろう。
霊力は一応妖怪にもあるけれども妖力に隠れる性なのだが、さすがに(たぶん)何千万も生きていれば妖力を極限まで抑えて霊力をある程度引き出せるだろう。
現に私もそうしている。それによって力だけを見れば人間の実力者だ。
「行ってくるのだー」
ルーミアが闇を広げる。
「来たな、妖怪!!」
今までで一番早くルーミアに気が付いた。
「ばれたのだー。ひーなー、どーするのだー?」
ええい、私に振るな!!
「妖怪が……に、人間か?」
ばれたじゃないか。
「妖怪だけど人は襲わない主義だから。そっちが襲って来るなら容赦しないけど」
「か、変わった奴だな……」
「じゃあルーミア、頑張れ」
「わかったのだー」
ルーミアが抑えてた妖力を解いた。
「見た目はガキでも中の上か……」
男が手にする槍に霊力を纏わせて呟いた。
余裕が見られる。
ルーミアが闇で男を拘束しようと闇をしかけた。
男は槍でそれを払い飛ばしルーミアを突いた。
「もう、終わりか?」
「まだなのだー」
刺された部分からルーミアは霧散して夜の闇に溶けた。
「厄介な……」
この状態のルーミアには本体のある闇に強烈な一撃を与えるほかない。
「いくのだー」
周囲の闇が幾つか凝縮し、槍の形を象ってゆく。
危険を察知したのか男が動いた瞬間、男のいた場所へ飛んでいき半径2m弱のクレーターが出来た。
「どのように殺れというのだ……」
男は倒し方が分からないと。
「そうだな……」
男は空に霊力を集中させ闇を結界へと閉じ込めた。
それを圧縮してゆく。
「や、やばいのだー」
ルーミアは必死に抵抗しているがどうにもならない。
「はい、ストップ」
私は結界を叩き割ってルーミアのくびねっこを掴んだ。
「何をする!!」
「死なれたら困るもの」
「せまかったのだ〜」
「ルーミア、攻撃禁止!!今回は負けたので食事はお預けです!!」
「うぅー、やだのだー!!」
ルーミアが私の手から離れ、夜空に逃げる。
「あの……、手伝うか?」
「帰っていいよ。私が責任をとる」
「変わった妖怪だな……。実力を見たい」
男はそのまま立ち去らずに私に視線を向けた。
私は妖力を出す。
「髪が……朱く?それにしても凄まじい……」
私は無視して、遥か遠くのルーミアに一言。
「……消えたいの?」
呟いた。
辺り一面が恐怖で凍り付いた。
するとルーミアが泣き顔でへろへろと帰って来た。
「ご……め゛ん……なざい゛……」
「おー、よしよし。また今度頑張ろうね〜」
男はア然としている。
「実力は見れた?」
「戦わなくて済んで良かったと思っている」
その後、私は男と情報をやり取りしてルーミアを帰らせ、また、男も帰った。
「それでさ、覗くなら自信持った方がいいよ。まあ、私以外には気付かれなかったようだけどさ」
私は虚空へと話し掛ける。
反応がないな……。
「引っ張り出すよ」
私は再び妖力を解いて空を掴む。
そして、無理矢理に手を入れて傍観者を引きずり出した。
「きゃあ」
まあ、なんて可愛い声だこと。
「今までで初めてよ、私をここから出したのは……」
「それより誰さ」
私が聞くと尻餅をついたまま、金髪の少女は胡散臭い笑みを浮かべた。
「ひーなーさん?貴女の様な大妖怪を初めて見ましたわ。お初にお目にかかります、私はスキマ妖怪の八雲紫と申しますわ」
やけに礼儀がいいな……。
「んじゃ、私も自己紹介を。妖怪の陽奈、名字はないよ。陽奈とでも読んで。あと、変に礼儀いいけど気持ち悪い」
「そうなの?悪かったわね。ところで貴女は何の妖怪なの?」
「……恐怖?」
私にも良く分からないな……。
「私は『境界を操る程度の能力』を持っているわ。貴女も何かしら能力があるのでしょう?」
「『恐怖を操る程度の能力』を。紫が隠れている時の不安から見つけ出して引っ張り出した。どう?納得した?」
「つくづく恐ろしいわ」
紫はさらに笑みの胡散臭さを上げる。
「ところで」
いきなり態度が変わった。
「なぜ、貴女は人間を食べないの?妖怪の本能に抗ってないかしら?」
言われると何だか食べたく……
「何かしてる?」
「食欲の境界を弄ったけれどもダメだったわね」
「次やったら、あんたを喰らうからね」
軽く圧力を与える。
「まあ、触れないわ。触らぬ神に……、と言うもの。では、何故あの妖怪にも強制するのかしら?」
「人間がいなかったら妖怪は存在しない。それにルーミアの将来性を考えた結果だから」
「そうね。でも陽奈、果たしてそれが正しいのかしらね」
そう言うと紫はスキマに帰って行った。