どっきり大成功?
先日、紫の家の倉庫から大量の道具がなくなった。誰がどこにどんな目的でというのが全く不明。
「証拠はないかしら……」
「残り香があればいいんだけどね……」
妖怪が犯人ならば妖気が漂っているし、人間なら霊気があるはずなのだ。どんなに隠蔽しようとも二人で境界を操ってまで調べれば分かるはずなのだが、まるで痕跡がなかった。
「ねぇ紫、道具って歩くっけ?」
「いくら幻想郷では外の常識が通じないとはいってもそれはないわ」
「だよね」
私はいくつか予想をしたのだ。その一つを紫に聞いただけに過ぎない。
「証拠隠滅が完全に出来る能力とか?」
「里にいるわよね」
「慧音はそんな事をしないけどね」
そんな事したら私が頭突きをかますが。
「原因不明ならどうしようもないわね……」
「証人はなし……か……」
二人で溜め息をついた。
さて、完全に行き詰まってしまった訳でどうしようもなくなった私たちは調べ回る事にした。誰か知っているかも知れないという一縷の望みに賭けたい。
紫はどこに行ったか知らないが、私は紫が行かなそうな場所に向かう事にする。
という訳で初めは人里へ向かった。
「けーねー、いるー?」
寺子屋にアポなしで入り込む。休み時間なのは分かっているさ。
「なんだ、陽奈か。ちょうどよかった、これから武道の授業なんだが、指南役をしてくれる妹紅の相手をしてくれないか?」
そう言われて竹刀を渡された。
「えっ……?」
「どうせ暇だろう?よろしくな」
慧音に持ち上げられて、何故か寺子屋にある道場にいる妹紅の前に立たされる。
「妹紅、陽奈と一戦してくれ」
「的が小さくて面しか入らないぞ」
「私は面が妹紅に入らないんだけど……」
こんな事やってる暇ないのに。
「じゃあ乱戦でいい。本当の戦いを教えてやれ」
「「分かった」」
私たちは同時に竹刀を投げた。こんなものいりません。どうせ真剣でも壊れるし。
「あー、妹紅?私は用事があるから速攻するよ」
「私だって放浪している時は専ら肉弾戦だったからな。陽奈には負けないさ」
慧音が子供たちを少し離れさせた。
「じゃあ始めてくれ」
その言葉を聞くや否や、早速妹紅が向かって来た。
「燃えろ!」
火を纏った拳とともに。
「ちょっ……、危ないから!」
咄嗟に、軽く拳を受け止めてから勢いを利用して私を視点にして妹紅を投げてから、叩き伏せて脚を軽く踏んで骨を折って足を動けなくしてから、両足で手の平を踏んで地面に固定し、妹紅の腹に座ってマウントを取ってから、顔に両手でマスタースパークをぶっ放した。
「陽奈」
「ん、なに?けい……」
慧音に立たされて、両肩を掴まれた。
ドゴン
「う゛あ゛っ……」
頭突きされた。
「やり過ぎだ」
「私だったからいいものを……、一回死んだぞ」
妹紅が再生していた様だ。
「いや、反射的に……。幽香だとあれでも避けるから追撃がいるんだけどさ……」
「道理で……」
二人に溜め息をつかれた。
「それで道具の行き先が不明と」
「あ、うん」
改めて二人に話をしたのを慧音がまとめた。
「歴史を見れば何とかなるが今日はちょうど十六夜だからな……」
「私も残念だが分からないな」
慧音は半獣だからハクタクの力は満月じゃないと使えないらしい。今日が十六夜ならば昨晩が満月ということになる。
「一日遅かったんだね」
「力になれずにすまないな……」
「いや、二人ともありがと」
私は一旦引き返す事にした。そんな訳で家に向かうのだが……、
「陽奈ー、さがしたのだー」
ルーミアがいた。魔法の森の前に、だ。
「どうしたの?」
「森から追い出された。付喪神どもが攻めて来て……、博麗神社が拠点にされちゃった……」
「それは本当かしら?」
にゅるりと紫が顔を出した。
「陽奈には嘘つかないわよ、ババア」
「そうだったわね、ちび餓鬼」
「「ふんっ!」」
相変わらず仲が悪い。
だが構ってはいられない。
彼女の言葉が真実ならば由々しき事態だ。
「二人とも喧嘩してないでさ、ね。紫は先に行ってて。私はルーミアからもう少し聞きたい事があるから」
「分かったわ」
紫が再びスキマに身を投じた。
「それで聞きたい事って?」
「敵の規模かな。だいたい何者か……は予想がついてるけど……」
「あのババアは負けるわよ、たぶん。そうね……、敵は5つ。能力持ちだけでたくさんの道具を持ち運んでいたわ。何に使うのか不明だけど……。ああ、それと博麗の巫女は幸い留守よ」
「ありがと。紫が負ける訳はないと思うけど急ぐ事にする」
「一つ言い忘れてたわ。私の能力は効かなかったの」
そう告げてルーミアは去って行った。
私が神社上空付近に着くと、一筋の雷光が空に消えていった。
「あれは……」
間違えなければマスタースパークだ。だが、幽香の力ではない……。
光が消えると人影が一つ地面に落ちていった。
「紫!?」
私は急いで飛んで、ぎりぎりで紫を受け止めた。
「大丈夫!?何があったの?」
「ひ……な……?あいつらは……危険よ……」
ずたぼろの紫が指差す方向には少女が三人いた。
「紫をこんなにしたのは君ら?」
「あたしは手伝っただけー」
「あかりさんに同じく」
「私がした……。正当防衛……」
三者三様の答えが返って来た。
「取り敢えず自己紹介といこうか。私は白嶺陽奈。君らを退治しに来た妖怪だよ」
「あたしは小田原あかり。一応提灯お化けなんだぞぉー」
浴衣の様な着物の十代半ばに見える紫短髪黒眼の少女が懐中電灯を振り回しながら言った。
お前は何故提灯じゃなくて懐中電灯を持っているんだ、と突っ込みたくなった。
「次はわたくしですね。箒木はたきと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
三角巾を着け、Tシャツに半ズボンのおっとりした感じで橙長髪橙眼の少女が箒を持ちながらお辞儀をした。
明らかに箒です、ありがとうございました。
「水野きさらぎ……」
最後に無表情な銀長髪碧眼の(博麗とは違って)普通の巫女っぽい服装の、しかし色は白と青の少女が、手に持つ手鏡を見つめながら言った。
名前か名字か分かりにくい。
「自己紹介も済んだし、あたしらの邪魔するならきさらぎちゃんが容赦してくれないよー」
「たまにはあかりさんも動いてはどうですか?」
「いつもと一緒……」
ざっ、と水野きさらぎが前に出た。彼女だけは他の二人と別格だ。道具の妖怪なのだろうけど大妖怪クラスととれる。
「そいつは年齢不明、最大霊気諸々不明、『恐怖を操る程度の能力』があるから注意してねー。あと、リボンは封印の一種らしいから触ったら危ないかも知れないよー」
「分かった……」
……私、何も言ってないよね?
「そんな怖い顔しないでよー。種あかしをすると、あたしの『明るくする程度の能力』で見たんだよー。ある程度なら対象の相手の正体とか明らかに出来るんだー。もちろん暗闇も明るく出来るよー」
情報が読み取れる能力か……。それと今のルーミアなら能力が効かなかったも納得がいく。封印がなければ話は変わるだろうけど。
それでも完全ではないらしい。たぶん相手との力量差で程度が変わるのではないだろうか。
「よそ見……」
水野きさらぎが一瞬で私の懐に入った。そして拳を一発。
私はそれを受け止めたものの勢いが殺せずに打ち上げられた。
「とどめ……」
追撃に放たれる極太の雷。
「甘いよ!」
私はマスパで相殺して距離を詰めた。
「はたき、加勢……」
「分かりました」
いつの間にか後ろにいた彼女に箒で叩かれた。痛くはない。
無視して正面に猛攻する。相変わらず背後から箒でビシバシ叩いて来るが痛くはない。
「そんなものなの……?」
段々と相手の動きが増して来た。防戦から稀に攻撃を挟む様になって来たのだ。
さらに一発が重くなってゆく。
「はぁ……どうして……」
体力の消耗が激しく感じる。
「いきますよ」
ドカッ、と腰を箒の柄で叩かれた。
すごく痛い。
思わず腰をさする。
「さよなら……」
その時、頭から石畳に踏み付けられた。
「弱い……」
ぐりぐりと足で地面に押し付けられる。
「何で……そんなに……」
「簡単です。私が『払う程度の能力』で貴女の妖気を削ぎ落として、きさらぎさんが叩いただけですよ」
「私は『映す程度の能力』で向日葵畑にいた妖怪の力を自身に反映させたに過ぎない……」
つまりは幽香と同等の力の持ち主と弱くなりながら戦っていた訳か。
「意外と丈夫だねー。きさらぎちゃん、踏み抜いちゃえ!」
「分かった……」
分かった……、じゃないよ。絶対重傷だよ。
しょうがないから封印を緩める事にした。
私が頭を反らすとそこに足が減り込んでいた。
「危ない危ない……」
「避けられた……」
私は次が来る前に距離をとった。
「妖気が増えたー!」
「驚き過ぎではありませんか?先程倒した方の御友人であるなら実力を隠していても自然です」
「そっかー!」
コントっぽいのをしているが無視しておこう。
「まずは……提灯お化けから灸を据えてあげるよ」
私は“火に対する恐怖”から火炎を生み出す。
「ひいっ!」
「紙ってよく燃えるよね」
その火炎は蛇の様に彼女へと向かう。
彼女の顔が一瞬で恐怖に歪んだのが確認出来た。
道具の頃には紙であったのだろう。
「させない……」
突然割り込んだ陰に炎を防がれた。
「大丈夫!?」
「大丈夫……」
なかなかしぶとい……。
「よそ見をしていていいのですか?」
真上から箒が迫る。
「気付いていたよ」
私はそれを掴んで、ぶん投げた。
「隙が出来た……」
再び懐に潜り込まれたので、投げたエネルギーでそのまま回転蹴りを繰り出す。
「さすがに経験は幽香ほどではないんだね」
人が違うのだからそこまで同じではないのだろう。
「みんな、手伝って……」
私が蹴り飛ばした彼女は二人に鏡の光を反射させた。
途端に二人の雰囲気が少し変わった。
「何をしたの?」
「彼女たちにも例の妖怪の力を反映させた……」
……幽香三人?
洒落にならない。
「分かった。うん、もう分かった。面倒だし」
私はいい加減リボンを解く事にした。
「遊びは終わりだよ」
指向性を持たせた恐怖を莫大な妖気とともにぶつける。
途端、彼女らは糸が切れた人形の様に倒れた。
「まだやる?」
「予想外……」
「「きゅぅ〜」」
たった一名、意識がある様だ。
「でも……、お膳立ては済んだから……」
ふと、彼女の妖気が小妖怪程度になった。
「取り敢えずは戦う必要はない……」
足止めの理由は結局分からなかった。
神社へ入っても既にもぬけの殻であり、外に出ると彼女らもいなくなっていた。
ここで何をどうしてしていたのか、それはまだ分からなかった。
結局分からないまま、私は帰路に着いた。
博麗神社から山を下るのだが、日も暮れ始めた様なので歩いてのんびり帰る事にした。たまには妖怪らしく月の光も浴びておきたい。
「〜♪」
私は即興の曲を口ずさみながら整備されていない参道を進む。いつ失くなったのか覚えていない靴を惜しみながら、素足で砂利道を歩くと、痛いものの何か落ち着いて来る。
うん、草履でもいいから履こう。
前方に明かりが見えたので里が近いのだろう。里の人たちは里にいる限りは襲われないので夜更かしするものが少し増えた気がする。
そんな事も考えながら歩いていたが、突如として光が消えた。目が慣れず、しばらく視界が暗い。
その時だった。
首筋に何か冷たいものが這った気がした。気のせいかと思ったが首筋が何かで濡れていた。
振り返るも誰もいない。探っても引っ掛からない。となると……
ぬるり
「ひぅ!」
生暖かいねっとりした様なものが私の服に背中から入り込んだ。そしてそのまま這いまわる。
「んゃ……、うぅ……。あ、そこは……、だ……んんっ!」
こそばゆくてぬるぬるして、だが抵抗しようにも力が入らない。
「んぁっ!……ふにゃぁ!…………あれ?」
ふと、おさまったので私は後ろを見た。
「驚けー!」
正面にあるのはでっかい目玉。
「……」
「……」
「いやぁぁぁぁぁああああぁぁああ!!」
私はらしくもない悲鳴を上げたと思いながらも意識が吹き飛んだ。
目を覚ますと記憶にない天井が目に映った。
「師匠、目が覚めたんですね!」
私が師匠?
「えっと……、誰だっけ?」
「わちきの事を忘れたのですか?」
わちき……、師匠……、うーん思い出せん。
「こ、これで!」
青髪オッドアイの彼女は目玉と長い舌がある紫色の唐傘を取り出した。
「……」
「思い出してくれましたか?」
「あんたが犯人か!」
小屋の中で大きな殴打音が響いた。
「痛い……」
「痛くしたの!」
今、少し広い部屋で今回の事件の関係者たちを正座させている。
痛い、とか言ったのは唐傘お化けの多々良小傘。
そのほかに、提灯お化けの小田原あかり、化け箒の箒木はたき、鏡の宿神の水野きさらぎ、そして、鍵の付喪神である金髪黒眼の要一門、いずれも少女。
事の真相は紫が道具を集めた点にあった。
道具は九十九年で付喪となり得る。要一門がちょうどその年となり、付喪として目覚めた。
そして彼女は『鍵を操る程度の能力』により、道具の山から仲間になり得るものにきっかけを作ってあげて、彼女らを目覚めさせ、倉庫の鍵を開けて持ち出した。
しっかり施錠した後、箒木はたきが『払う程度の能力』で証拠を消しながらさ迷う。
途中、向日葵畑に寄ったりもしたが相手にはされない。
さ迷い続ける事数刻、唐傘お化けに出会い、目的もないので彼女の目的に助力する事に決めた。
そして、事件の全ては多々良小傘が私(何故か師匠らしい)を驚かせる為の膳立てに過ぎなかった。
と、いう事らしい。
「大事にならなかったからよかったものの……、今後こんな事したら……、分かってるよね?」
彼女らは一斉に首を横に傾けた。
「言っておく……」
一人を除いて。
水野きさらぎは意外と聞き分けがいい様だ。
私は彼女に後を任せて紫の家へと向かった。
「たのもー、紫はいるー?」
ドンドンと戸を叩いた。
「陽奈様でしたか。紫様は眠りやがっております」
藍が紫への辛辣な言葉とともに出てくれた。
「あ、はは……。……溜まってる?」
「いいえ、あの怠惰でいざというときしか何もせずに家事から結界の管理まで私に押し付けて博麗の巫女とよく酒盛りに行ったりする紫様への不満なんてない訳がない訳がないじゃないですか」
・・・。
「全力で叩き起こして来るよ」
「ありが……、こほん、お気をつけて」
こんなダラけているからババアとか言われるんだよね、たぶん。
「げほっ、げほっ、……ぅげほっ、……な、なにをするのよ」
布団に潜っている紫の腹に、それなりに重い一撃をくらわせ、おかげで涙目になっている。
「紫に用があってね」
私は事の顛末を紫に説明した。
「なら、放っておきましょう。元々は妖怪勢を増やすのが目的で道具集めをしたのだから別に気にしないわ。勝手にしてくれるなら私も楽が出来るし、一石二鳥よ」
たしかにその通りだ。彼女らはそれほど害悪な存在でもないのだから放置していても問題はないだろう。
「じゃあ一応釘を刺す事だけは私がしておくとして……、ときに紫さん?」
「な、なによ」
「仕事をしろ」
私は紫に恐怖を軽くぶつける。もちろん、スキマを弄れなくするのは当たり前。
「ぜ、全部、藍がしてくれてるわ」
紫はそっぽを向いて口を尖らせた。
「藍にさせた、じゃなくて?」
「そ、そんな訳ないじゃない」
「式の術式を少し弄らせてもらうから」
「ちょっと待ちなさい!」
「嫌だね。藍が可哀相だし」
藍の術式に私の力を組み込む様にして紫の支配力を減少。本来なら判断力などが低下するが、素体が九尾の妖狐だから問題はない。
私の指示にも従う様には少なからずなってしまったものの、そこまで強制する気もないし、善意で頼みを聞いてくれる程度の事しかする気はないので、今までと変わらない関係を保てると思う。
「藍、大丈夫?」
「はい、むしろ少しすっきりしました」
「もし紫がダラけてたら言ってね。力の供給増やしてあげるから」
「ありがとうございます。でも私では何をされるか……」
まあ、仮にも従者が主人に手をかけるのは望ましくはないが。
「それなら私を呼べばいいよ」
「分かりました」
力のラインが繋がっているのだから簡単な意思くらいであれば交信が出来る。紫と藍ほどではないが、一言で済むレベルであれば問題はない。
仮にも紫は幻想郷の管理人なのだから自覚を持ってほしいところだ。
私は博麗大結界内にいなくとも何の問題もないが、紫も含めて妖怪は存在が危ぶまれるのだから怠ってほしくはない。
今後とも博麗神社には危害が加わらない様に何か対策を立てなければいけないと思う。
結界の陣がそこにあるのもそうだが、幻想郷に唯一存在する神のいない、妖怪退治をする神社なのだから。
そこには大きな意味があるのだから無下には出来ない。
神社の巫女を含め、人は死んで産まれて変わっていくけれど、私たち妖怪、それと受け継がれた―決して博麗に限らない―血筋は変わらない。
変わらない私たちが変わるものを見守らなければいけない。
そして変わるべきでないものは防がなければいけない。
それが出来るだけの力が私たちにはあるのだから。
今回の異変は紫の失態によるものが大きい。それは今後改めさせないといけない。
異変終了。
当分は異変がない予定です。
ただし、予定は未定。