黒に交わば黒
私とルーミアは向き直る。
先に仕掛けたのはルーミアだった。
ただ単純な踵落とし。私は難無く避けた。
ドンッ
避けた先の地面がクレーターになった。
ナンデスカ、コノイリョクハ?
そんなに呆けている場合ではなかった。
足元が急に凹めば当然バランスを崩す。その間にルーミアは次の攻撃に移っていた。
「潰れろ」
闇で出来た空も覆う程の鎚。
それが私に振り下ろされた。
後に残ったのは拡大されたクレーター。
それを空から眺めるルーミアと私。
「ふぅ……、危ないなー」
「気を抜いていていいのかしら?」
私の背後に迫る黒。
私は割と本気で右腕で肘鉄を喰らわせた。
「ガッ……っ!」
そして盛大に吹っ飛んでいくルーミア。錐揉み回転である。
呆気ない。そう思った。
「あはは……ははははは」
背後から笑い声。見るとルーミアが不気味に笑っている。
「何かおかしいの?」
「私に触ったわよね?人に何かを聞いてる余裕なんてあるのかしら?」
ルーミアが手を開いて、握った。
ぐしゃり
心地が悪い音とともに私の右腕がスプラッタ。
完全に盲点だった。
闇はあらゆるものを浸蝕し、その圧倒的力で全てを押し潰す。
質量はないのに無限の質量を持っているという矛盾を兼ね備えている、つまり、感覚としての闇(主に暗いと感じさせる)だけでなく、闇を生み出す環境(光を遮断する事)すら操れる事になる。
光は圧倒的重力からは逃げられない。
ルーミアは徐々にだが『闇を操る程度の能力』から『主に闇を操る程度の能力』に変わっているのではないだろうか。
下手すると負けるかも知れない。
…………そもそも勝敗の判断基準を設けていない。
「ねぇ、ルーミア」
「何かしら?」
「勝ち負けはどうやって決めるの?」
「相手を戦闘不能にするか降参させる、ではダメかしら?私は言ったはずよ。最低でも封印を弱めてもらう、って。今の貴女があの吸血鬼のせいで死なない事は承知なのよ」
「何で知って……」
「闇はどこにでも存在するのよ」
せんせー、ここにストーカーがいまーす。
「どうせ勝ち負け関係なく封印されるなら封印に条件を付けるのが適当よね」
「そんなに封印緩めて欲しいんだ……。なら真剣にやらなきゃね」
「当たり前よ」
ルーミアが手を翳すと、その手に闇が集まり大剣を象った。
「それは?」
「私の愛剣、ストームブリンガー」
ドン、と地面に突き刺される。
ルーミアの背丈程の真っ黒な大剣。重厚さは感じられるものの、その色は光の反射も許さない黒だ。
「これ、ほとんど切れないのよ」
「意味なくない?」
「そのかわり……」
ルーミアが剣を木に向かって振るった。
「叩き切るのよ」
その木は粉微塵にされた。
「あの……、私、大丈夫かな?」
めっちゃ冷や汗出て来た。
「死なないんでしょう?」
にっこりと笑う。絶対幽香と同類だろ。そう思いながら、とりあえず手は回復しておく。
「いくわよ」
今度は私に振り下ろされた。
結界を集めに張ったはずだが、簡単に砕かれてしまったのでとりあえず横へ避けた。すると、剣を制止させ横薙ぎに切り替えられる。
「危なっ!!」
剣を支えとして身体を反そうと手を触れるとさらに手が闇に浸蝕される。
この剣……触ったらマズイ。
慌てて体勢を立て直し、闇を払う。
これは……触らずに勝てと?
「どうしたのかしら?防戦一方じゃないの」
「対等じゃないくせに……っ、よく言うよ」
「作戦よ。今まで陽奈が戦闘不能になった状態を見た事がないもの」
そう言いながらもさらに激しく片手で剣を打ち付けて来る。
「幽香同様に……」
ルーミアへの恐怖の供給を断ち切って……
「出来ないわよ。闇への恐怖は博麗大結界すら飛び越しているわ。そんな膨大な大河をせき止められるの?」
ルーミアの源は闇。その根本は他よりも広く、強い。
「突っ立てると叩き潰すわよ」
本日二度目の巨大な鎚。
何度も同じ様にはいくものか。
「マスタースパァァァーク!!」
幽香直伝マスタースパークで消し飛んでもらおう。
「本命はこっちよ」
「えっ?」
背後から声がした瞬間、私の身体が剣に貫かれた。
「呆気ないわ。本気を出さずに負けるだなんて馬鹿ね」
私はその言葉が耳に入らなかった。いや、入ってはいたが認識出来なかった。
どろどろとした何かが私の中で混ざってゆく。
ダメだ。マザルナ。
無情にも混ざってゆく。
いくら不死にされているとはいえ、生命の危機には変わりはない。
理性では抑え切れない生存本能が、妖怪の本能が私を呑み込む。
相手を襲え、喰らえ、そして力にしろ。
私はそれを拒否し続ける。しかし、確実に理性が失われてゆくのが分かった。
「ルーミア……、逃げて……」
「私は貴女に勝ったかまだ分からないもの。だから嫌よ」
「負け……でいい……から……」
「そんなの嫌よ」
まあ気持ちも分からなくはないが。
「それでも……お願い……だから……」
そしてルーミアの返事を聞く前に私は呑まれた。
陽奈が私に逃げる様に懇願して来ていた。
確実にストームブリンガーを陽奈の身体に刺したにも関わらず、陽奈は話し続けているので勝ちなのか分からない。
納得のいく降参はしてないし、戦闘不能かは不明。
お願いだから、と言ったきりずっと黙り続けている。
ふと、陽奈が無言でリボンを外し始め、外したそれをどこかへしまった。スキマとかいう場所なのはだいたい分かる。
それからゆっくりと剣を身体から抜いて、滞空した。
私はただ呆然としていた。
陽奈の形をした何かを見ていると錯覚していた。
「っ!?」
突然、陽奈の存在感が変わった。
朱い目と髪は見慣れているものの、可視化する程のどす黒い妖気を纏っていた。
逃げなければ、と本能から警鐘が鳴り響く。
「私と戦うんじゃなかったの?私を楽しませてよ」
恐ろしく響く声。
陽奈の声だ。
けど、陽奈の台詞じゃない。
陽奈は戦いを心からは楽しまなかった。
「いくよ」
陽奈が呟いた瞬間、私の左腕が砕けたかの様な状態に変わった。
「次は足を壊してあげるよ」
この力は……、あの吸血鬼の妹のものだ。闇を介して覗いていたが、いざ直面すると……、厄介極まりない。
私は剣で陽奈を止めようと切り掛かる。
ミシッ
「危ないなー。こんなもの壊しちゃおう」
陽奈は手でそれを掴んで防いでいた。
そしてそのまま握り砕いた。
闇だけで作った剣だからまた作れる。
けれどあの果てしなく無限大の重さの剣を片手で受け止める陽奈が怖くなった。
一本では足りない。
私は再度ストームブリンガーを右手に、そして再生した左手にモーンブレイド――ストームブリンガーの姉妹剣で少し見た目は違うものの同性能の剣――を握りしめた。
そして陽奈に接近、乱舞する。
けれど回避され、時には砕かれ、有効打を与える事が出来ない。
「そろそろ攻撃するかな」
回避しながら手に妖気を溜め始めた。大技ならばと私は大きく下がる。
「うーん、技名とか考えておけばよかったかな?まあ、いいか」
そんな拍子抜けな言葉とは裏腹に放たれたそれは視界いっぱいの黒い妖気の奔流だった。
咄嗟に闇を拡げ、盾の代わりに全身を包んだ。
けれども関係ないと言わんばかりに闇を吹き飛ばして私を巻き込んだ。
外傷は……ない?
そう気を緩めた瞬間だった。
「うっ……」
思わず呻いてしまう。
あらゆる病気や痛みを体感している、としか表す言葉がない程の錯覚。そう、錯覚だ。分かってはいるが身体があるはずのない痛みに反応していた。
意識すら失えない。
声にならない声だけをあげ続けた。
朦朧とする景色の中、陽奈が近付いて来たのが分かった。
それからふわりと私の前に舞い降りると
ぽすっ
私を襲っていたすっかりと痛みが消え、糸が切れた人形の様に私に倒れて来た。
戸惑いながらも受け止めると規則正しい呼吸音が聞こえた。
「疲れた……のかしら?」
しばらく私はそのままで陽奈と一緒にいた。
「んぅ……、あったかい?」
「あら、やっと起きたのね」
目が覚めるとルーミアの腕の中にいた。
「私は……寝てたの?」
「そうよ。私の前に来た途端に倒れるんだもの」
あんまり鮮明に覚えてはいないが、断片的に思い出して来た。
私はあの後自分で自分が分からなくなって、考えている事とは裏腹に、自分の身体が欲している事に忠実になってしまっていた。
意識的に妖気を解放して、一撃一撃に並の妖怪分以上の妖力を込めてルーミアに圧倒的大差を付け、あらゆる恐怖を凝縮した黒い妖気の奔流をルーミアに浴びせ、動けない所でとどめを刺そうと近寄って……、それから覚えていない。
ただ、自分でも驚く程に身体が自由だった。思った通りに身体が動いたのはよく覚えている。
「陽奈?」
「えっ?ああ、何?」
「私の負けよ。ひと思いに封印してちょうだい」
「でも何か腑に落ちない所があるというか……」
あれが私なのかどうか……。
「それでも私は確実に負けているわ。完全にとどめは刺せたのに刺さなかったじゃない。だから私の負けよ」
「納得は出来ないけど?」
「そうよ。確かに陽奈は降参紛いの事をしたけれど私を守る為でしょう?それは降参とは認めないわ」
ルーミアは私が“暴走していた”のが分かっているのだろうか?いや、知っているのだろう。
「それに……いつもの陽奈じゃなかったもの。私は今の、普段の陽奈に勝ちたいのよ」
「まあ……、あれもたぶん私の一面なんだけど……」
ルーミアが顔をしかめた。
「意思はあったというの?」
「一応自分で考えて行動してたよ。思考が戦闘狂みたいな感じに傾いてたけどね」
「なんで……」
「ツケが返って来たんだよ……。生まれてからまともに……取って喰う様な事を目的に人を襲った事をしなかったから……。死に際になってさ、初めて素の妖怪の面が現れた、って感じ?」
「今までずっと……。それに比べて私は……。いいわ、陽奈、私を人が辛うじて襲えるくらいまでに封印してちょうだい!」
「とは言われても……、そこまでの霊力はないし……」
「そもそも妖怪で人並みに持っているのがおかしいわ」
それは重々承知です。
「それはともかくさ、力が足りないんだって」
「そうね……、何か代わりに使える力はないのかしら?」
霊力の代わりねぇ……、ない事はない。
「その顔はあるんだけど使いにくい、って感じね」
顔に出ていたらしい。
「あー、うん。使い慣れないし……」
「ならお得意の式を使えばいいじゃない」
「得意なんじゃなくて最大限に発揮出来るだけだから」
札とかを使う場合は、既存の術の殆どが妖怪を感知する事を発動の鍵にしている為、私が使うと暴発する。
だから、その為に予め手を回す必要があるので力を十分に注ぐ事が出来ない。
かといって、オリジナルの術を使うにしてもそんな都合のいい事はなく、複雑にすればする程霊力も持って行かれるのは当たり前。
私が境界やら封印やらを弄って妖怪として反応されなくするのも、それに意識を割く必要があるからダメ。
ならば発動の鍵が感知式でなければと思うが、そもそもそれらは弱い牽制用レベルだし、式も単純で、どう頑張っても小妖怪の撃退くらいまでしか創作が出来ない。
そんな理由から私は好んで式を使う。私にとって霊力を扱うのは主力にはなり難い為に多用はしないからだ。
「まあ、いいわ、さあ」
「待って、そんなに早くなんて出来ないから」
そして、式を作るのは簡単ではない。
「数日時間をちょうだい」
「まあ、それもそうよね」
「そういえば霊華は?」
「帰ったわよ」
「そう……。やっぱり気に食わないわ」
家で紫に事情を説明、しばらくルーミアも泊める事にした。
ちなみに紫が気に食わない理由はルーミアがいる事。
「うるさいわね、スキマババア。黙って寝てなさい」
「誰のせいで……っ」
明らかに互いに敵意を丸出しにして睨み合っている。
「貴女を闇に落としてあげましょうか?」
「スキマツアーに案内して差し上げましょうか?」
「「やってみなさいよ!!」」
火花を散らしながらも結局は互いに行動していない。
まあ、仮に行動したら家主が黙らないけど。
とりあえず、妖気を解放して……
「……黙ってろ、ガキども」
「「すみませんでした!!」」
うるさくて集中出来ない。
それから数日が経って式は完成した。
ルーミアも闇を少しずつだが引っ込めていった為、外は日の光が差していた。
「弱くなったからって理由で死ぬんじゃないわよ」
「死ぬ訳ないじゃない。それにまだ封印すらされていないのよ?そっちこそ、式に任せっきりでダラけて弱くならないようにしなさいよ」
「余計なお世話よ」
「そっちこそ」
相変わらずな様だが二人は笑い合っていた。
数日前まで犬猿の仲だったのに……。
「まあ、一生会えないとかじゃないんだからさ、二人とも気を抜いて」
「「それもそうね」」
なんだコイツら気持ち悪い。
「それでこれからルーミアに封印を施す訳だけど……、紫に少しお願いがあるんだけどさ……」
「何よ」
「私が幻想郷の外と繋がる様に境界を弄れないかな?」
「何でよ」
「作ったけど……、私の霊気を全て霊力に使っても全然足りないくらいで……、その……、神様の力、まあ、神力を霊力の代わりに使うから……、何でか知らないけど外で私への信仰があるから保険みたいな感じで繋げて欲しいんだけど……」
「やっぱり陽奈は神様なのかー?」
「まあ、一応そうなるね」
何故ルーミアが聞いて来たのかは不明だがスルーしておこう。
「貴女が自分で境界を弄ればいいじゃない」
「そこまで気が回らないから頼んでる」
「どこまで複雑な式なのよ……」
「説明しようか?まずは……」
基本的なルーミアの妖気を抑える
感情的なルーミアの妖気を抑える
闇を操り難くする
闇の中での視界を悪くする
第六感を鈍らせる
妖気での身体強化にリミットをかける
ルーミアの食欲を抑える
殺気も抑える
筋力諸々身体能力を抑える
自己治癒能力を低下させる
身体的耐久性を低下させる
高度な感知の術にもルーミアが弱いと錯覚させる
ルーミアだけでは式を外せなくする
あらゆる術から式を守る
リボンを媒体として式を圧縮する
etc……
「凄いわね……」
「私はそれで生きられるのかー?」
「ルーミアは封印すると小妖怪か中妖怪程度になる予定だけど」
「そーなのかー」
やけに脳天気だな……。
「で、紫は手伝いしてくれるの?」
「勿論よ」
私たちは博麗神社のある山の麓の森の少し開けた場所に移動した。
私の家では狭いので式が描けない事に加えて、魔力に満ちた魔法の森という環境では魔力的干渉が考えられるからだ。
私は予め作っていた式を(さすがに面倒なので)霊術を駆使して地面に掘った。
直径5m程の円の中に正確にびっしりと文字や曲線や記号が書かれていて、その中心には一人分の小さな円がある。
「じゃあルーミアは真ん中の円に、紫は円から十分に離れて」
私は二人が移動したのを確認してからルーミアにリボンを髪に結ぶ様にと渡す。
ルーミアがリボンを付けたら紫に境界を弄って貰う。
少しだが信仰が流れて来たのを感じたので少しずつ式に力を注いでゆく。一気に注ぐとパンクしてしまうのでゆっくりと。
ほのかに光を放ち始めたら次は一気に力を注いで発動させる。
恐ろしい程に神気を奪われてゆくのが分かる。それを全て霊力に互換させているのだから霊力換算ならば鬼や博麗の巫女でも奪われ過ぎて卒倒する程であろう。
そんな式が一層強い、しかしどこか優しい白い光が視界を埋め尽くした。
一際輝いた後、光は徐々に収まり、完全に消えるとルーミアが立っているだけであった。
それから……、ルーミアは放浪する範囲をかなり狭めた。力もそんなに出ないので広範囲を徘徊する気もないらしい。
のんびりと今後の妖怪ライフを満喫するとかなんとか。
お前は現役退いたスポーツ選手か、と突っ込みたくなったが。
もうこんな異変は懲り懲りだ。
願わくはもう異変があらん事を。
そのような『まだ異変が起こるフラグ』を立てながら、私は帰路に着いていた。
終わると思ったか!!
まだ続きます。
彼女の存在を忘れちゃいけませんから。