フラワーマスターの指南
紫から聞いた話によると未だ花は容赦なく咲く様だ。ならば、彼女もまだ大丈夫なはずだ。
「幽香、いる?」
「随分と早いわね……」
「ごめん。もう解決した様なものだからさ、暇が出来たんだけど」
幽香の顔が凄く輝いて見えた。
「今回の異変は60年に一回起こる事らしいよ」
「そうなの……。今はそんな事よりもやりましょう?身体がうずうずしてるのよ」
「よし、来い!」
「でも、我慢するわ。貴女の戦い方を見る為に」
えっ?
「陽奈は弟子入りするんでしょう?私は守りに徹するから妖気を解放しないでかかってきなさい」
「はぁ……はぁ……」
まさか、一発も当たらないなんて……。
「何故か分かるかしら?」
「分からない」
「攻撃が予測しやすいのよ。フェイントの一つもなかったじゃない。貴女はただ単純に力だけでねじふせていただけよ。少なくとも肉弾戦の実戦経験はあまりないようね。昔から相手を圧殺しかしていなかったんじゃないかしら」
幽香の指摘は、まさにその通りだった。
「返す言葉もないよ……」
「そこで、よ。貴女の戦い方に一番適したのがあるわ」
「それは?」
「“受け”の戦いよ」
「受け?マゾヒスト?」
幽香が困った様に額に手を当てる。
「違うわよ。自らは攻めないの。相手の攻撃を避けて、反撃をする。そんな戦い方よ。陽奈は柔術は使えるかしら?」
「まあまあだけど」
「柔を基本として実戦的に練習するのよ。その為には……次の特訓をしましょうか」
いつの間に始まっていたし。
「ほら、当たるわよ」
「見えてるから!」
「身体が動いていないわ!」
「動かしてるよ!」
幽香の特訓。ただひたすらに避ける事だった。
「魔法も入れるわよ」
ただでさえ厳しいのに……
「ただし、魔法は相殺しても構わないわよ」
私は避けて相殺してを何度も繰り返した。
とりあえず当たらない事が大事なんだろう。
「じゃあ、一時休憩ね」
半日程経って、ちょっと遅い昼ご飯の時間になる。
いくらかかすった為に頬などが少し切れてしまったが直撃はしていない。
幽香も黙り込んでいる。
「幽香、何か作ろうか?」
「いや、いいわ」
また黙り込む。
「あの……幽香?」
「そうね、そうよ」
あの……何がですか?幽香さん。
「まずは貴女の得物と得意になりそうな形態を言っておくわ」
「うん?」
何を言い出すのでしょうか?
「陽奈、貴女は気配を消せたり出来るかしら?」
「何年生きてると思ってるの?出来るに決まってるじゃん」
「じゃあ決まりね。貴女は暗殺が一番向いているわ。その為には小太刀が、ナイフや最低でも毒針は必要ね」
「いや、暗殺する必要ないからね、私は」
「いや……分かってるわよ。でも本当よ?その小ささを活用すれば……」
「……小さい?」
「まさか……、気にしていたのかしら?」
「大丈夫だよ、幽香。私はぜーんぜん怒ってないから。ちょっと向日葵焼いて来ようかな、としか思ってないから」
幽香から殺気が滲み出る。
「貴女を殺しても止めるわよ……」
「私は殺されないから。そんな能力が太古の時代についちゃって」
「つくづく反則よね、貴女は」
私でも反則だと思うが、あくまでも即死に限る能力だ。
衰弱や自殺などには働かない。
「自分でもそう思う」
「それで、私に暗殺を?」
「そうよ。とは言っても能力を使えばすぐだからあまり必要ないでしょう?けれど貴女は能力が使えなかったらどうするのかしら?」
そういえば、幽香は戦闘において能力を(ほとんど)使っていない。
「能力や身体能力に頼るのもいいけれど、頼らないでどこまで戦えるか、が最後を決めるわ。暗殺とは言ったものの正確には暗殺はしないだろうから超接近戦よ。能力を使わずに私を超えてもらうわ」
はい?
「なんだって?」
「始めるわよ」
どうやら聞く耳は持ってくれないようだ。
「こんがり焼けたわね……」
「誰のおかげでこうなったと!?」
幽香が途中から狂った様に攻撃を始めたからマスパに直撃した。
「でも、陽奈は丈夫よね……」
「嬉しくないよ!」
マスパを連発して、それが全部直撃。私じゃなければ消し炭も残らない。
「まあ、それでも強くなったんじゃないかしら?」
「そうだね……、うん」
「ところで今日は帰るのかしら?」
いつの間にか日も暮れている。
「泊まっていく?」
「幽香の家に?」
「それ以外にどこがあるのよ」
こうして、幽香の家で今晩はお世話になる事になった。
「陽奈、ご飯よ」
「意外な献立だね」
今日の献立は
ご飯、味噌汁、何かの肉、サラダ。
「何が意外なのよ」
「いや、幽香が野菜を食べるなんて。肉食主義かと思ってた」
「失礼ね。私は花がまだ咲きたいって言ってるから咲かせていて、花も生命には違いないから殺さなきゃいけない時もあるじゃない。そういうのをいただいているのよ。供養みたいなものね。だから……、食事前の挨拶には感謝を込めるのよ」
「「いただきます」」
幽香って根はいい人なんじゃないかな、とか、そんな気がした。
「そういえば、これ、何の肉?」
「熊をちょっと狩って来たわ」
あ、意外とおいしい。
しばらくして……。
「陽奈、お風呂沸いたわよ」
「幽香が先に入れば?」
「私は後でいいわ」
私はお言葉に甘えさせてもらった。
「ふゃ〜、いいお湯だ」
一人くらいしか入れない湯舟に柚子が浮かんでいる。私はのんびりとくつろいでいる。
柚子……、食べていいかな?
「陽奈、入るわよ」
なん……だと……。
幽香がお風呂に入って来た。
その肢体は全ての無駄を省いたかの様に引き締まり、しかし、肉付きの良い、非の打ち所もないような身体をしていた。
ただし、私が一つだけ気にくわないものがあるが。
「詰めてちょうだい」
「入らないってっ!」
「こうすればいいのよ」
「むぎゅぅ……」
幽香の胸に抱かれて膝の上に座らされてしまった。
その豊満で柔らかいソレが……キニクワナイ。
「なんだか陽奈もこうして見ると子供みたいよね」
「うるさいよ、このデカチチ」
「心外ね。でも大丈夫よ、陽奈。貴女の小振りなものも肌も十分に綺麗よ」
幽香がそのまままさぐるように弄って来た。
「やめっ……くすぐったいよ……」
私は後ろに手が回らずに反撃が出来ない。
「肌もすべすべで汚れを知らない絹の様ね」
なんか小悪魔に同じ事を言われた記憶が……。
「本当に可愛いわ」
更に頭を撫でられた。
「んっ……。もぅ……止めてよ」
「その割には気持ち良さそうね……」
「ゆうかぁ……、やめてってぇ……」
なんか力が抜けていく様な気がするくらいだ。
「欝陶しいかしら?」
「んーん。きもちいーよ。なんかね、からだのちからがぬけるようなかんかくなの。ふわふわぁ、って」
「陽奈、不自然なくらいに素直ね……」
「そーぉ?」
陽奈はいつでも素直だよ。
「ねぇ、ゆうかぁ。陽奈……いつもとちがう?」
「違う……。違うわ。陽奈はこんなに子供っぽくはないわ」
「じゃあ陽奈はびょうきなの?」
「そんな訳ではないはずよ。でも何かおかしいわ」
陽奈はおかしいのか……。
陽奈のどこがおかしいんだろう?
「陽奈のどこがおかしいの?」
「ほとんどよ。貴女はそんなに舌ったらずで子供っぽいかしら?退行しているわ」
そんなわけないとおもうけどな……。
「少し能力を使ってみなさい」
「うん」
陽奈はのうりょくをつかってみるけど、どうにもうまくいかないなぁ。なんでだろう?
「ぜんぜんつかえない……」
おかしいよ、陽奈、なにかおかしいよ。
「ふぇ……ふぇぇぇぇん……。っく、ひっく」
「陽奈が……泣いた?」
「ゆぅかぁ〜、陽奈は……ひっく……どうすればいいのぉ〜」
「とりあえずお風呂から出ましょう」
「うん……」
陽奈は幽香にだっこされて、幽香はあったかかった。
お風呂から出て、髪なども乾かし、あとは寝るだけだ。
「陽奈、大丈夫かしら?」
「えっ、何が?」
「お風呂の時の事よ。あれは……なんなのよ」
「なんなんだろうね」
私でもよく分からない。
「まあ、それで、あの陽奈を見て分かった事があるのよ」
「それは?」
「貴女の弱点よ。今まで撫でられたり抱きしめられたりした時に力が抜ける感覚がしないかしら?」
そういえば、と私は頷く。
「それは安らぎや和みといった感情を与えるもの、言い換えれば……、恐怖を和らげるものじゃないかしら。それが貴女自身に被った時に貴女は弱体化してしまう。違うかしら?貴女が子供っぽいと言われる所以は恐らくソレよ」
ルーミアが知佳に入ってた時、抱き着かれた時に刺された事もこれが原因なのかも知れない……。
子供は恐怖を和らげる行為で安心して落ち着く。私は落ち着くと同時に弱体化してしまう、と。
そして、妖怪として弱くなるから退行する、と。
「明日、それも試してみましょう」
「いや、試したくない」
こうして幽香からの修行も一段落つき、私は久しぶりに帰宅した。
陽奈の子供化の条件が発覚しました。
本当はもう少し後の予定でしたが幽香さんが見付けてくれました。