妖怪小町と悪魔の世界と
レミリアたちと別れてからしばらく、私は空をのんびり飛びながら森にある自宅へと向かっていた。
ふと見ると森の近くに黄色いかたまりみたいなものが見えたので、気になって私はそこへ降りた。
辺り一面の向日葵畑だった。
稀に妖精が悪戯したりなどとかわいらしいものも見えたが、何よりも絶景だと思った。
「気に入ってくれたかしら?」
背後から声がした。
若草色の髪と目をした、シャツに赤いチェック柄の服を上に羽織り、同色のチェックのもんぺを履いた女性が日傘を差して立っていた。
「ここはあなたが?」
「ええ、そうよ」
「綺麗ですよね」
「そうね。それよりも貴女、ここには怖い妖怪が出るらしいからお逃げなさい」
「あなたは?」
「私はいいのよ」
そのまま女性は手を振ってにこやかに見送る形をとった。
「私も並の妖怪なら追い払えますから」
「あら、強いのね」
私はこの時違和感を覚えていた。
目の前の女性は何かを押し殺しているように見える。
「どれくらい強いのかしら」
私は膨大な妖気を感じ、慌てて結界を張った。
「あら、人間の割にはなかなか強いじゃない」
女性の日傘が結界でその動きを止めていた。
「それほどでも、っと」
私は距離をとって結界を崩した。
「あなたがその妖怪だったんですね」
「そうかも知れないわね」
ふふっ、と笑うと一瞬で私の背後に回って傘で横薙ぎにしてくる。
私はそれを屈んで避けて、代わりに霊力を篭めた掌打を繰り出す。
しかし、女性は寸のところで手首を掴み、そのまま握った。
ふと力が抜けたので振りほどき私は再び距離をとる。
「……丈夫ね」
「そうかな」
「貴女、名前は?」
「白嶺陽奈。そっちは?」
「風見幽香よ。全力で握ったはずなのに……、貴女本当に人間なのかしら」
「違うって言ったら?」
「どちらにせよ、愉しませてちょうだい」
幽香からの妖気が更に膨れ上がった。
紫と同等かそれ以上だ。
「じゃあ、私も」
私も少しだが妖気を出す。
「人間じゃなかったのね」
「人間だったらもう100回は死んでるよ、その殺気だけで。ねぇ、私は戦うのとか嫌なんだけど」
「たかが中級妖怪程度に拒否権があると?」
途端に殺気が更に増えた。
「ない……か……。じゃあ、私の本気を頑張って出させてみてね」
私がへらへら笑うと日傘が私を縦に割らんと振って来た。
速い!?
私はそれを避け、更に距離をとる。
「何故、全力でぶつからないのかしら」
「やれば分かるよ」
「虚勢じゃないわよね」
「さあね」
再び私たちは動き出した。
先に動いたのは幽香だった。
既に私に向けられた傘には大量の魔力が集まっていた。
「喰らいなさい」
その先端からとてつもない雷光が迸しり、私を襲わんとする。
それは圧倒的魔力による暴力。阻むもの全てを飲み込み、私を喰らおうとする。
まさかこれほどのものが飛んでくるとは思わなかったので防御も間に合わない。
咄嗟に右手に魔力を篭め、受け止めようとしたが、普通に考えて雷光は水のように手を翳しただけで止められる訳もなく、私は飲み込まれてしまった。
「あっけなかったわね……」
私は白嶺陽奈という妖怪に少し期待をしていた。
妖怪でありながらも霊術で私からの初撃を防いだのだから。
更には、その霊術で私を攻めていた。
そして私の放った魔法に当たる時に魔力の流れを感じた。
私は惜しい妖怪を殺してしまったのかも知れない。まだ強くなる可能性を潰してしまった。
もう跡形もない。
私はその場を去ろうと背を向けた。
「どこに行くの?」
どこからか朱い尾長鶏が飛んで来た。
それが私の傘に触れるとあっという間に焼失させた。
「これで武器はなくなったね」
私は目を疑った。
先程の妖怪が、服装が少し変わったが確かにそこに立っていた。
自分でもびっくりした。
小悪魔から貰った服は消し飛んだけれども、下に着ていた着物もどきのような本来着ていたもののおかげで助かった。
私の妖気に長い間触れていたために鎧のようなものになっていたのだろう。とはいっても物理的な衝撃は服なので防げないであろう。
「少し本気になってみる。あれにはびっくりしたよ」
「今頃?初めからそうしてくれればよかったのに」
「唐突だけど近くに魔法植物の巣窟あるでしょ?」
私は紫のリボンを解きながら話す。
「魔法の森の事?それがどうかしたのかしら?」
「あれの原因、私なんだ」
リボンを解いて魔力を解放する。
そのまま流れるように夥しい量の刃を作って飛ばした。
幽香は大きく避けてかわした。
「かかった!!」
私は札を投げそれに更に魔力で構築式に上乗せをして発動した。
「多重五行封陣!!」
幽香に不可視の糸が絡み付き、動きを束縛する。
陰陽術(霊術)と魔法の木火土金水の陰と陽を循環し、組み合わせたオリジナルの拘束術だ。もっとも制御する分しか霊力は残らず、術を解くと空っぽになるほどの大技だが。
力が完璧に循環され構築された糸は仮に勇儀が全力で抵抗しようとも切れないだろう。私はその糸(まだ10本程が限界)を自由に操れる。
「何よ……。これくらい!……っ!!」
「お話をしようよ」
そのまま空中に張り付け状態にした。
「こんな屈辱っ!お前なんか絶対に殺してやる!ぶっ殺してやるっ!」
「吠えてるのはいいけどさ、私は元々花が綺麗で見ていただけなんだけど。なんで幽香に襲われなきゃいけないの」
「うるさいっ!死ね!今すぐ死ね!」
「口が汚いと嫁に貰ってくれる人がいなくなるよ」
「う、うるさい!お前だってそうだ!」
「いや、私は既婚者だけど」
幽香の表情が固まった。
「お、お前なんか神綺様にやられてしまえ!!」
「誰?」
「魔界の神よ」
「あら、スキマじゃない」
紫がスキマから上半身だけ出していた。
「名前で呼んでくれないかしら……。まあ、いいわ。幽香、貴女は選んだ相手が悪すぎるわ」
「貴女の知り合いかしら?」
「白嶺陽奈、彼女は数少ない大妖怪の一人よ。私も勝てないもの、貴女も勝てる道理はないわよ」
「個人情報を言わないでよ。秘密にしてたのに」
「それでも納得出来ないわ」
「陽奈、もう少し本気を出してあげなさいよ。ぼろ雑巾にされれば気が済むんじゃないかしら」
「なるのは私じゃないわ!」
私はその言葉に少し怒りを覚えた。
紫に境界を弄られているのも分かるが流される事にしておく。
幽香を自由にしてから私はリボンを結び直した。
「解いたって事はやるのね?」
「武器の日傘も私が燃やしちゃったから勝てるかなぁ、と」
「その魔力……、宝の持ち腐れじゃないわよね」
「当たり前じゃん」
「いくわよ」
「どうぞ」
私たちは再度ぶつかった。
「当たりっなさいっ!」
「嫌だよ!」
幽香が無茶苦茶殴って来る。
「武器は燃やしたのに」
「私が武器だけに頼る訳無いじゃない!」
幽香の拳が私の頬を掠った。
「危なっ!」
掠った頬が少し切れる。
一発喰らったらミンチ確定じゃん。
一発毎の威力が高すぎる。
……威力?
「幽香、何か能力は持ってるの?」
「『花を操る程度の能力』を持っているわ。実に戦いに関係ない能力よ」
つまりアレだ。勇儀同様にはならない。
私は封印を弱め、妖気を最大に解放した。
「いくよ」
「何よ、目が朱くなった程度で何か変わるのかしら?」
幽香の空中からの蹴り。普通ならば大木をも吹き飛ばすだろう。
だから私は
「捕まえた」
“威力”を操り、受け止めた。
厳密には運動エネルギーを操った訳だが。
妖気を解放した分の頑丈さと威力を落とされた蹴りの攻撃力ならば小妖怪が消し飛ぶ程度だろう。
目が朱くなる程度となると大妖怪か中妖怪か曖昧な辺りまでは強くなる。
「放しなさい!」
私は幽香の撃った雷光の魔法を模倣して、そっくりな威力でお返しした。
ちなみに“威力を操る”事は物理的な事にしか適用されず、魔法などは無理だったりする。
閑話休題。
幽香はアレを喰らってもピンピンしていた。
「少し痛かったわよ」
「それはどうも」
「褒めてないわ」
それから更に続いた戦いも遂に決着がついた。
「幽香、もういいよね」
「まだ……、まだよ!」
私は徹底的に無力化していった。
肉弾戦は威力を操り、魔法は模倣して相殺する。
私の方が魔力は多いため、先に幽香が不利になる。更に幽香は猛攻するものの私には打撃は効かない。
幽香の消耗戦となっていた。
当たり前の様に体力も魔力も尽き、妖気も弱々しくなった幽香を私が押さえ込むのは容易だった。
「降参しなよ。負けを認めるのも強さだよ」
「お前みたいな奴になんか……」
「中身だけじゃなくて全身をボロボロにされたいの?マゾヒストなの?」
「ち、違うわよ!……もう降参するわ。また今度リベンジさせてちょうだい」
どうやら諦めたようだ。
「紫、勝ったよー」
「アイツなら帰ったわよ」
・・・。
それからしばらくして幽香となんだかんだで打ち解け、神力で回復させた後に魔界の神綺という人物の元に案内をしてもらう事になった。
「それで、どうやって行くの?」
「こうやって魔力を……」
なんか変わった魔法陣が出来た。
「すると扉が出来るわ。人によっては違うけど私は通れればいいと思ってるからこれで十分だと思うわ」
人が入るくらいの魔法陣が出来ていたが、これが扉らしい。
「ほら、行くわよ」
扉を潜ると、そこは魔界だった。
障気が酷く濃く、魔力の海を漂っているかのように膨大な魔力で満ちている。
どこか懐かしい気もする。
「この環境で涼しい顔してるだなんて凄いわね。慣れないと厳しくないかしら」
「なんか懐かしくて」
「懐かしい?変わってるわね」
「失礼な」
「陽奈は何歳よ」
「失礼な」
変人と言った揚句に年齢まで聞くだろうか。
「そうよね。ごめんなさい。余りにも子供っぽいから」
少し頭にきた。
「幽香よりは生きてるよ。私から見たら幽香は生まれたばかりの赤ん坊だよ」
「なっ……、なんですって!私だって数千は生きてるわよ!」
幽香は怒りで顔が真っ赤になっていた。
「私にそれだけ吠えれば十分。まだ私は年の功で勝ってるけど幽香ならすぐに私を抜けるよ」
「……あんた何歳なのよ」
「幽香の100倍以上は生きてるよ」
「はあ!?それじゃあ陽奈は神話時代より前に生まれてる計算じゃないのよ」
「そうなんだ」
それは知らなかった。
「でもこれからお会いする神綺様はもっと長生きらしいわ」
幽香が足を止めた。
「ここが魔界の最奥で神綺様のいらっしゃる所よ」
「ちなみに幽香は会った事あるの?」
「ないわ。だから私はここまで。まだ会いたくないもの。あくまで噂を聞いただけよ」
「えっ……?じゃあ何で?」
「つべこべ言わずに行きなさい!!」
幽香に蹴られて私は奥に突っ込んだ。
「痛た……」
私は盛大に俯せで滑り込んだ。
「あら、お客さんかしら?」
声がした方を向くと淡い紫に近い髪を片側だけに偏って結い、赤い衣を着ている私より見た目が少し年上な少女がいた。
「お邪魔してます」
私は土を払いながら答える。
「何用なの?」
「幽香に頼まれて神綺って人を倒しに」
「あら、幽香ちゃんが……」
「それで神綺さんはどこに?」
魔界の神様って言われてるから悪魔みたいな様相なのを思い浮かべる。
「自己紹介をした方がいいわね。私の名前は神綺。貴女の探している魔界の神様。ごめんね、私の見た目が想像を裏切っていて」
目の前の少女が正に神綺だった。
「あ、私は少しくらいなら心は読めるのよ。長年神様やってるもの」
私は読めません。
「貴女の名前は聞かないわ。どうせ私が消すから。幽香ちゃんを倒したんでしょ。だからここに連れて来られたんじゃないかしら。そんな危ない奴は放っておけないわ」
神綺がいきなり魔法で弾を私に撃って来た。
私は咄嗟に相殺させようと魔法を撃つ。
が、その弾は私の魔法を簡単に打ち破って私を襲った。
さすが魔界の神だ。魔法においてはエキスパートだ。
「何のつもり?私は平和主義だから戦いは好きじゃないのに」
「知らないわよ。だいたい幽香ちゃんを倒した妖怪が戦い嫌いだなんて変な話じゃない?」
「そうなのかな?」
私は神綺からの魔法の嵐を避けながら言った。
「余程の実力がないとこの攻撃は避けられないはずよ」
あー、さいですか。
「だから本気で相手をしてあげる」
これで本気じゃないのか疑った。
神綺の背中から大きな黒い蝙蝠のような羽が生えていた。
さすが魔神。第二形態ってとこですか。
「貴女もそのリボンを外しては?それで自身を封印してるのは分かってるわ。そんな状態で勝てるとでも?」
「あちゃ、ばれてたか……。本当に外していいの?」
「それ程の脅威には成り得ないだろうし、構わないわよ」
「その言葉、後悔しないでね」
私はリボンを取ってスキマにしまった。
臨戦体勢に入っただけだ。まだ抑えている。
「何も変わってない?」
「いや?これから」
私は徐々に妖気を出してゆく。
それに比例して神綺の顔から余裕が消えてゆく。
「どうしたの?怖い顔して」
「……貴女は何者なの?」
親の仇のように睨まないで欲しい。
「いや、妖怪だけど」
「そうよね……。ところで何で力を出し惜しみするの?一気に来てもいいのに」
「じゃあ甘えさせて貰います」
私は一気に全開状態にする。
髪と目が朱く染まる。
「えっ……?」
そんな声と共に神綺がいきなり座り込んでしまった。
「足が立たない……。何で?足が震えて立てない……」
「だから言ったのに……」
「名前……」
「うん?」
「名前を教えて。私は貴女には勝てないから聞かなきゃいけないわ」
「どうして勝てないの?」
「貴女が怖くて……もう腰が……。それに……」
「それに?」
「貴女の名前を知っているかも知れないから」
昔会った事があっただろうか。
「貴女の名前はもしかして陽奈……ではないでしょうか」
「うん。私の名前は白嶺陽奈だけど?」
「白嶺?名字がある?」
「白嶺って名字は最近付いたけどね」
「陽奈……人間たちとの戦いに終止符を打った妖怪とは貴女では?」
「えっと……?何年前の話かな?」
どうしてそんな話を知ってるんだろう。
「数億年前よ」
「まさか聞くけど……紅蓮とか都さんとか知ってる?」
「紅蓮様と都様?それじゃあ貴女は陽奈様?」
「まさかあの時代の生き残り?」
神綺は徐々に目に涙を浮かべ始めた。
「はい!陽奈様、私はあの時の小妖怪の一人です。陽奈様が倒れた後に私は見知らぬ力……魔力でこの世界を作り、神となりました。今では妖力はこの身には残っていませんがたしかに太古の昔に貴女と戦っていた妖怪でした!」
それから私はリボンを付け直し、神綺と一緒にお茶していた。
「夢子ちゃん、一番いいお茶持って来て!」
「神綺様……、こちらは誰ですか?」
神綺が夢子と呼ぶのはメイドらしく、金髪碧眼の神綺のメイドで神綺が言うには魔人最強らしい。神綺には敵わないらしいが。
「私の憧れでありながら絶対な方よ」
「はぁ……」
「早くお茶!」
「は、はい!」
夢子は慌てて奥に向かった。
今いる場所は神綺の家。館だけど。
「すみません、無躾で」
「いや、いいけど……」
「お茶です」
夢子がお茶を置いてゆく。
「すみません、粗茶ですが……」
「最高級じゃなかったの!?」
「神綺様……。はぁ……」
話の内容は、人間たちとの戦いの話から魔界の外の話まで尽きる事はなかった。
タイトルは
妖怪小町=幽香
悪魔の世界=魔界
という訳です。
さすがに神とか入れると神綺が連想出来てしまうので。
夢幻館?何それおいしいの?




