撤退という名の引越し
教会に宣戦布告した後、私はまっすぐ帰った。
どうやら私たちの事を見ていた人がいたらしく帰り途中に頑張れとか言われ、いくつか食べ物を頂いた。
貰うのは構わないが私とパチェは食べなくてもいいので私のお腹に入るかは分からない。
が、この街の人たちは教会に出ていって欲しいのは分かった。
私は期待に応えようと心に決めた。
翌日、パチェたちに見つからない様にこっそりと抜け出した。
みんなが起きるまでに済ませてしまおう。
「どこに行くんですか?」
美鈴が私を呼び止めた。
起きていたのか……。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「えっ?」
私は美鈴が戸惑っている間に疾駆した。
「ちょっと……えぇ!?コンビニって何ですか?……待ってくださいよ!?どこに行くんですかー!?
案外、美鈴の足は速かった。
私は先日約束した街の外れに着いた。
目測で千を超える程の人間がそこにいた。
「あのー、すみませーん。先日宣戦布告をした者ですが、どうぞかかって来てくださーい」
大声で大群に叫んだ。
それをきっかけに私に大群が迫って来た。
私は魔法で土を隆起させ、足止めを試みるものの、土が砂場に作る山くらいしか出来なかったので諦めて空に逃げた。
なんで魔法がまともに発動しないんだろうか。
試しに炎を放とうとしたがマッチの火くらいの儚いものが点った。
魔法は使いものにならないけど私は彼らを倒す事が目的で殺す気はないので魔法以外での攻撃は難しい。
人間だと死んでしまうから。
相手は私を殺せばいいが、私は相手を殺さない。戦意を喪失させるのが目的。
明らかに前者の方が容易だ。
人間相手に手加減がどれほど必要かはおおよそ理解しているものの魔法に頼れない今、霊術と妖術と神力に依る力と自身の妖怪としての身体能力でそれが可能なのは殆どない。
霊術は人にはあまり有効ではない。
他はオーバーキルしてしまう。
そんな考えをしながら空中で待機(霊力で)しているとバリスタの矢が飛んで来た。
反応が遅れたせいでその(雨傘くらいある)矢は私の脇腹をえぐり取って行った。
そして、その痛みで私は墜落した。
おかしかった。
いつもなら妖怪としての回復力で血は止まるはずがどうにも傷が塞がらない。
神力を使いとりあえず治すものの回復効率が悪く、また、痛みが消えなかった。
しばらく剣や槍などの攻撃をかわしながらどうしようか考えていた。
現状を改善したいがどんな原理で魔法が使いにくいのか分からない。
魔法を困難にする術を破られる恐怖を操ろうにも、絶対的な自信があるのか知らないがそれが感じられない。
それに避け続けて気付いたが剣や槍などの武器、盾や鎧にまで高度で緻密な破魔の術がかかっていて、仮に魔法を使っても防がれていただろう。
結局選択肢に魔法はなかった訳だ。
と、なるとやっぱり妖怪パワーを炸裂させて殺さない程度に……。
いや、力技は最終手段としておいて。
まずは攻撃手段を無くそう。
私はリボンを外してから空中へ飛び立ち恐怖から得た『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』で相手の全武器の“目”を取り出して握り潰した。
途端、あちこちで金属の砕け散る音が響いた。
きゅっとしてどかーん、の感覚が何となく分かった。案外、気持ち良い感覚だ。
だけど悦に浸っている場合ではない。
攻撃手段は激減したものの攻撃の意思はまだある。
武器がないくらいでは覆らないものが彼らにはあるはずだ。
だからその気持ちをへし折る。
「奴はじっとしている!今が好機だ。討ち取れー!」
指揮官らしき人が突撃の合図を出した。
だが、させない。
私は押さえ込んでいた恐怖を一気に解放した。これは妖気をばらまいていると同義で普通の妖怪なら命に関わる行為だろう。
でも私だと小匙一杯掬う感覚でもたぶん人間相手には多い。
ずっと過去に都さんが自殺しかけた程度だ。大妖怪でもそれ程なのだから人間の精神力ならば、本能ならば確実に壊れる。
さじ加減は変えたものの数人は自殺してしまうだろう。
だからやりたくなかった。
けれどやってしまった。
不自然な程にこの場が静まり返った。
大半は気絶してしまっている。
残りは自殺と発禁後に放心状態。
見るに堪えない光景なのは明らかだ。
「あ……ああ……。な、何をした!?」
どうやらたったひとりだけ耐えたみたいだ。
気絶も発禁も放心もしていない。
「何って……そう言われても……。それより凄いね。その精神力は人外レベルだよ」
私は軽く拍手した。
「そ、そんな事……い、言われても嬉しくはない!」
「だからさ、君を人外にしてあげるよ」
私は“火に対する恐怖”を中妖怪よりちょっと多い分用意した。
「本来殺されるはずだったんだから死なないだけマシだと思えば?まあ、実験なんだけどね」
「やめ……止めろ……止めてくれぇぇぇぇええ!」
「嫌だ。悠久の時を人から外れて生きなよ」
私はそれを彼の肩に触れて流し込んだ。
私は自分で何をしているんだろう。
目の前にはたった今まで人間だった者がいる。
今は……妖怪だ。
「どう?自分が散々痛み付けて来た人外と同じになった気分は」
「力が漲る。これならば貴様も殺せそうだ……」
そんな発言をしたので私は必死に笑いを堪える。
「無理だって。だいたい私を殺しても何も変わらないよ?それより教会とやらにばれるだろうし。君が殺されて、はいおしまい、ってなるよ」
「貴様みたいに力を抑えて変わらぬ生活を送るさ」
「そんなすぐに出来ると思ってるの?元人間なのに」
今の彼の実力なら小妖怪にも餌にされるだろう。
それに対して私は、仮に紫くらいの大妖怪がが十人くらい束になっても勝てないと思われる実力。
天地すら近く見える程に実力に差がある。
「やってみせるさ。貴様を倒してからぐぼぁ……」
イラッとしたから殴っちゃったZE☆
(妖怪としては)ゆっくりやったんだけど反応出来ていない。
「私、もう帰るから。君の相手をするのも馬鹿馬鹿しくなったし」
「ま、待て!」
「黙れ、雑魚妖怪。500年は修行しろ」
私はそのままこの場から去った。
私のキャラじゃなかったなぁ……。
ちなみに放置された方々がどうなったかは知らない。
「パッチェー、たっだいまー」
私は元気いっぱいに扉を開け放った。
「うるさいわ。レミィが起きちゃうじゃない。だいたいどこに行ってたのよ……」
眠そうに目を擦りながらも応えてくれるパチェ。
「もう起きたわよ。陽奈は昼間から元気ね」
そして、レミリアは起きちゃいましたか。
まあ、とりあえずレミリアの言葉はスルーして……
「ちょっと教会潰して来た」
「美鈴からはコンビニとかいう場所に行くとか聞いたわよ」
この時代にコンビニなんてあったら大騒動だ。
「それよりも陽奈、貴女、本当に教会を!?」
レミリアに肩を揺すぶられる。
吸血鬼って力が強いから幾ら子供と言えど……、吐きそうになる。
「ちょっと……レミリア、き、気持ち悪い。す、ストップ……」
レミリアは止めてくれた。
「すまなかったわね……」
それから教会の事について何故一人で向かったのか等をしっぽり搾られた。
ところで問題はここからだ。
私は教会の戦力を大幅に減らしたが本部はまだ倒れてはいない。
だからといって潰す訳にもいかない。
それこそ宗教戦争になり、さらに多くの犠牲者が出る。
私も全能なんかじゃないからパチェたちは守れるだろうが、他の方々は無理だ。
偽善なのかも知れない。しかし、それは理由を伴っていなくもない。
ただ、目の前の友を助け、一般民にも被害が少なくなるようにしただけ。
だから最後にする事がある。
「パチェ、レミリア、引越ししよう」
「教会は陽奈が倒したんでしょう?」
レミリアの疑問も分からなくない。
「全部は倒せてないよ。全部来た訳じゃないし。だから館ごと引っ越しちゃおう」
「「はぁ!?」」
ええい、顔が近い!
「あのね、ここに確実にいない事を示す為にあの目立つ建物も動かすの」
「どうやって動かすのよ。私の知識を持ってしても不可能よ」
「まあ、とりあえずやるから着いて来なよ」
「無理よ」
レミリアが梃子でも動かんばかりに拒む。
「なんでさ」
「今は昼よ。私を焼きたいのかしら」
忘れてました。
そして夜、私たちは館の前に立っている。
「じゃあ始めるよ」
私はリボン(赤)を外してからスキマを開いた。
大きな大きな、それに館を飲み込ませた。
「はい、出来た」
二人が口を開けて唖然としている。
館のあった場所がただの平地に早変わりしていた。
ちなみに紫のスキマと私のスキマは別物だから私が許さない限り紫は入れない。
まあ、私は紫のスキマに(する気はないけど)侵入出来る。莫大な妖力で無理矢理こじ開ける形になるけれども。
ともかく、私はこれから逃げ場を与えなければいけない。
まあ、私の家にでもとりあえず招待するとして、近辺探索して館を設置しようと思う。
「というわけなんだよ、パチェ」
「どういう訳よ」
「いや……」
私はパチェに私の家にとりあえず居候してもらって……(略)を話した。
「でも問題があるんだよね……」
「そうね」
レミリアは分からない様子で首を傾げていた。
「陽奈の家は海の向こうなのよ。レミィや貴女の妹のフランは渡れないでしょう?」
吸血鬼は流れる水は渡れない。
海は穏やかであろうとなかろうとも海流、つまり流れがあるわけで当然該当する。
そして日本は島国だ。海を渡るしかない。
方法が思い浮かばなかった。
吸血鬼とは実に厄介な種族だと思う。
傲慢でプライドが高くて水がダメで日光がダメで……あげたらキリがない。
「貴女、失礼な事考えてたでしょ」
「いや?」
「まあ、いいわ……。一つ提案よ。私たちを館同様に運べばいいんじゃないかしら。あれなら水の上は渡らないはずよね」
「よし、それでいこう」
私は早速スキマを開いた。
「フランも呼ばなきゃいけないわ」
「私が呼んで来るから先に行ってて」
「任せたわ」
「フラーン、引っ越すよー」
私が部屋に入ると熟睡していた。
「ああ……うぅん……」
まあ、このまま部屋ごとスキマに入れちゃおう。
「というわけで、パチェはどうする?」
パチェと小悪魔はまだスキマに入ってなく、入らずに飛んでいくか否かを聞いた。
「じゃあお願いするわ」
「わ、わたしは……陽奈様の手を煩わせる訳にもいきませんので……」
「パチェはもう入っちゃったけど?」
「私は陽奈様にご同行致します!」
かくして小悪魔は私と飛んでいく事になった。
「ねぇ、小悪魔」
「は、はい、何でしょうか?」
「私って……子供っぽい?」
私は小悪魔に愚痴を零した。
フランは馬鹿正直に言うだろうから話にならずレミリアとパチェは笑うだろうし美鈴はどうでもいいので、小悪魔が適当だと思ったからだ。
「は、はい……いえ、陽奈様は長生きしてらっしゃいますし、小さくて、あどけなくて、撫でると気持ちよさそうにしてくれますし、かわいらしいですし、若干天然色もありますし、背伸びしているようにも見えますし、そのうえ髪型がツインテールですし、すやすや眠る姿は天使のようですし、服とか少し大きいようで袖から手が出しきれていませんし、肌も餅肌で柔らかいですし、肌のキメもありますし、陶磁器のような汚れも知らない白いお肌ですし、小枝のように細い手足でいらっしゃいますし、見た目がプニっとした独特の丸い身体のラインで抱き着きたくなっちゃいますので十分子供っぽくないかと思い……ハッ!」
「小悪魔の気持ちはよく分かったよ」
ようするに子供っぽく見えると。
「い、いえ、あ、あの……その、すみません!」
「謝らなくてもいいよ。本心が聞きたかっただけだから」
というか、いつそこまで私を観察したんだろうか。少し犯罪臭がする気がする。
「で、でも、陽奈様は気が長い方だとは思いますよ。年齢の事も気になさらないようですし」
「まあ、ね。妖怪は年齢を気にしたらキリがないでしょ」
「気にしてる方もいらっしゃいますけどね」
「まあ、人それぞれだし」
「妖怪ですけどね」
「愚痴ったらすっきりしたよ、ありがと」
「はい、こちらこそ」
口ではそう言うものの、あとで小悪魔を問い詰めようと決心した。
久しぶりに帰宅した私はまずスキマを開いた。
「レミリア、問題は?」
「なかったわ」
「ここも久しぶりね。まだ本はあるのかしら」
「いつもの部屋にあるよ」
「ここが陽奈さんの家ですか?意外と広いですね」
「一時期はいっぱい人がいたからね。そうそう、美鈴はあまり外に出ない方がいいよ。ここら辺は魔法植物が活発だから」
「はい……」
探険しようと思っていたのかがっかりしていた。
「結構愉快な人たちを連れて来たわね」
「人に愉快だなんて失礼だよ……。って紫!?」
「そうよ。最近スキマを開こうにも貴女の場所が圏外で……、はぁ……、とっても暇だったから式の教育が終わっちゃったわよ」
「そ、そう……」
スキマにも圏外ってあるんだ……。
「ねぇ、紫。館一個分の土地がどこかにない?」
「あるわよ。湖の向こうに」
「案内してよ」
「等価交換よ。何かくださいな」
紫には簡単には頼み事出来ないな……。
「何が欲しいの?」
「貴女の知恵よ。式への力のシフトがうまくいかないのよ」
教育だけは終わったのか。
「構築式の写しは?」
「もちろんあるわ」
「んじゃ、確認しておくから案内して」
「分かったわ」
紫から写しと筆を貰ってから私は紫に着いて飛んでいく。
見てみると無駄な部分に浪費されている形だったので効率化を諮るだけだった。
そんな事をしながらも目的地に着いたので、紫に式の写しを返し、館を設置して、レミリアたちを引越しさせて、フランにお別れを言ってから私は帰路についた。
小悪魔の暴走の巻でした。
えっ……違います?
これでとりあえず一段落つきます。
でも次回は帰路から始まりますけれども。