文明とは排他的である
目が覚めると、やたらと騒がしい。
「村が……いや、街が出来てる……」
都会とは言い難いが、たしかに多くの人の気配がする。
私は、そこから少し離れた位置で寝ていた。
だから気付き難かったのだろうか。
つい昨日まで狩猟耕作生活であったのに、機械を使い農業を行い、加工食品工場まである始末だ。
私は何千年眠っていたのだろうか。
いや、一晩だ。
裏付ける事が今見えた。
ビルが数時間程で1つ、また1つと出来ている。
にょきにょきと。
見ると一挙一動全てが速かった。私も同じくらいだけれど。
さらには、ここが私の知る世界とは別であるだろう、と推定できる。
少なくとも一晩で古代から色々とすっ飛ばして現代になる程に発展は早くない。
私は興味本位で街、いや、都市へと降りた。
「お嬢さん、変わった服を召していますね」
どこでも軟派はいるものか……。
私の身長はたぶん120cm。相手は170cmはあるだろう。
「このロリコン……」
「何か言ったかい?それよりも僕と遊ば」
「お断りします」
「そ、そうかい、じゃあ……」
軟派は去っていった。
さらに歩いていると、豪邸を見付けた。
表札には
−八意−
なんて読むんだろう?
「あら、お客さん?」
後ろから話し掛けられ私が振り向くと、女の子がいた。
「ここの家の?」
「そーよ」
私より(少し)見た目は大きいくらいか。
「あなた、ここらへんでは見ないわよね?」
「まあ、そこの森にいたから……」
「変わってるのね」
人じゃないしね。
「ここの人間は話すのが速いはずなのに、あなたは遅いのね」
「え?」
「え?あなたは知らないの?ここの住民は生まれてから能力持ちに個人の時間を早めてもらって、薬で寿命を引き延ばすのに」
「知らない」
私は初めて、この場所に来たから。
「まあ、それもそろそろ終わるわ。その能力持ちも寿命だろうし、これだけ文明も発展しているからね」
「色々と勉強になったよ、ありがとう」
私は正直にお礼をした。
私たちは以来、頻繁に顔を合わせることになる。
とある日のこと。
「そういえば自己紹介はまだだったね」
「そうね。私は八意**よ」
ん?名字は『やごころ』と聞こえたけど……
「名前はなんて?」
「**。……あなたには発音出来ないらしいわね。稀にいるのよね。……まあ、いいわ。不便だろうから永琳、と呼んでちょうだい」
「えーりん……か……。……名字は『やごころ』とは読めないよな……」
私は呟いた。が、えーりんの耳に入ったらしい。
「あなた、文字が読めるの?」
「まあ、読めるけど……」
「あなたに興味が湧いたわ。」
「なんで?」
興味が湧かれるような事はあっただろうか。
「後で詳しく教えるけど、ここの識字率は高くはないの。読めるのは一部の高民層とかだけ。書けるのは、その中で一部。そこら辺の森からぽっと出たあなたが読める道理がないわ」
えーりん頭いいよね、絶対。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわ」
名前……?
名前……か……。
「ない……」
「ない……?変わった名前ね」
「いや、名前がない……」
「冗談よ、冗談。産んでくれたの親はいないの?」
親……か……。今の私にはいないかもな……。強いて言うなら、この世界か理か……。
「はあ……」
私は溜息を零した。
その時だった。
大きな何かが消えた。
それは、この都市に薄々感じていた力。
「えーりん、街から何か消えた!!」
「じゃあテレビ見ましょう」
えーりんは携帯電話みたいな物を取り出す。
『速報です。たった今―――――――が亡くなりました。これによって私達は都市の外からの敵に対して自衛が必要で……』
「大変だわ」
「どうしたの?」
「ここに結界を張っていた人が亡くなって、外部と遮断がされなくなったわ。これで色々と変わるわ」
都市で徐々に死の恐怖が増えてゆくのが分かる。
同時に私にもたくさんの恐怖が襲う。
森で様々な恐怖が妖力となり形を成してゆく。
私以外のたくさん妖怪が生まれた。
「うぁっ……」
私を吐き気が襲う。
「あなた、大丈夫!?」
とめどなく恐怖が連鎖し、伝染して、大きくなる。
私は、私を抑えるのに必死になった。
力が……抑え……られない……。
「えー……りん……、逃げて……。ワたシ……は……」
「あなた、何を言って………、っ!?………あなた、髪が朱く……目も……」
まだ恐怖は強くなる。
「これを飲んで。効くかは分からないけど」
えーりんから錠剤を渡されたので藁にも縋る思いでそれを飲み込んだ。
すると不思議と苦しみがなくなり、髪(と、たぶん目)が黒に戻った。
「ありがとう……。それで、さっきの何?」
「能力の暴走を抑える薬ね。あなたが能力持ちなのも分かったし、一石二鳥だったわ」
「ねぇ、えーりんも何か能力を?」
「あらゆる薬を作る程度の能力よ。知識と材料はいるけど」
じゃあ、えーりんが作った薬か……。
「あなたの能力は?」
私の能力か……。
「私がさっき何で暴走したと思う?」
質問し返す。
えーりんは少し考えてから身震いをした。
永琳は『不安を操る事』を恐怖した。それを感じ吸収した。
「えーりん、私は不安を操る事はしてないよ。不安からくるもの……、それが私の許容を超えてしまっただけだから」
「あなたの能力は恐ろしいわね……」
「ありがとう」
「しつこいようだけど……あなたの名前は?」
今、えーりんのお部屋にいます。
「だから……まだないの!!」
「本当に?」
「だから……」
こんな会話をあれこれ半日は続けている。
からかわれてる気もするけど。
ちなみにえーりんの部屋は歳にはあわず、壁は厚い本だらけで、とても同年代には堪えられないような光景だ。
閑話休題。
自分の名前を自分で考えるのは難しい。今の私の場合は名字も必要で苦労は2乗となっている。
「名字は後でいいと思うわ。名前よ、名前。名字なんてなくてもいいもの、名前と違って」
それもそうだ。うん、そうしよう。
「とは言ってもね〜」
「朱色……夕日……宵闇……赤……血……化け物……かゆうま……。ダメだわ、思い浮かばないわね」
えーりん、『かゆうま』って……。私は妖怪ですよ?……化け物だろうけどさ。そもそも、えーりんには言ってないし。
「名は体を表わすのだから見た目から考えないとダメよね……」
「その言葉は名前から人の本質云々じゃないっけ?」
「あなたという人物はもうできてるから本質云々から名前をつけるしかないじゃないの」
そーですね。
「まあ、今日は遅いし、どうせ家もないでしょう?泊まる?」
外を見ると既に真っ暗になっていた。
「よろこんで」
それから名前が決まるまで10日間、私は泊めてもらった。
恐怖は渦巻き、いずれ形を成してゆく。
自我を持ち始めたそれらは人を襲うようになっていった。
人々はそれらから恐れ、また、対抗手段を練り上げていった。
人々は恐れ弊害を恐れるが、それは第三者にも降り懸かる。
妖怪と関わりのない人たちと……
「また……人が物騒な物を作ってくれたよ……」
「しょうがないわ。妖怪からの自己防衛よ。薬飲む?」
「ああ、慣れてきたから大丈夫」
他でもない私だ。
ちなみに散々悩んだ結果、私の名前は決まった。
私の名前は陽奈。名字はまだない。