虎と僧侶と陰陽師
ある日。
私は、とある噂のある寺へ向かっていた。
なんでも怪しいくらいに親切丁寧に悩みを聞いてくれるらしい。
しかも黄色と黒のシマシマの服を羽織っているとか。
さらには毘沙門天であって女性であるとか。
興味があったので向かう事にした訳だ。
ぬえはまだ寝てるし、妹紅に任せて一人で来た。
いつも通り空から俯瞰すると、とんでもない程の行列が見える。
小山の頂上に寺はあるのだが、階段の中腹付近まで並んでいる。
私は仕方なくゆっくりと降りて列の最後尾についた。
背が高ければ寺の屋根が見えるであろう位置まで着いた時、前に並んでいる男の人に話し掛けられた。
「後ろにはお嬢ちゃんがいたのか……。長く掛かるのに偉いね」
「いえ、ここのお寺は有名ですので一度お願いをと思いまして」
「何か大事な物でも失くしたのかい?」
「え、あ、はい」
失くした物を見付けてくれると。
「なくした……ものか………」
都さんに紅蓮、あの村の人たち……
「お嬢ちゃん、暗い顔しちゃって何か嫌な事思い出させちゃった?」
「いいえ、大丈夫です」
私は笑顔で応えた。
「次の方……最後ですね。でもこんな小さい子が……」
頭になんか蓮みたいなリボンを付けて虎柄一色な黄色の髪の女性がいた。
虎って毘沙門天よりはその使いなんだと思うんだけど………。
「夜遅くにごめんなさい。どうしても聞きたい事があったので」
日は暮れ、明らかに小さい子は歩けない時間帯。怪しく思うのが普通だ。
私は周りに誰もいない事を確認してから
「ここは妖怪がお願いを聞くお寺なんですか?」
明らかに妖力を感じる。寺としてはおかしい。
「貴様、何者だ!!」
敵意を剥き出しにされた。
「落ち着きなさい、星」
柔らかい女性の声。
「差別はいけませんよ」
長く伸びた黒い髪に優しそうな目。
「初めて、私は聖白蓮と申します。陰陽師の陽奈さんですね、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、名を知っていてもらい光栄に思います」
「あら、貴女はもう少し軽い性格と聞きましたが」
「ああ、そうなんだけどね。なんで私が分かったの?」
「はい、聞いていた特徴通りの見た目でしたから」
黒髪ツインで上は和服を着ていて下は今見てみると……スカート、で、ちっこい。
確かに判断を誤る事はないだろうね。
「聖さんは何故妖怪を?」
「私が不在の時に代わりにいてもらっているのです。彼女は人を襲う事はありませんので」
私みたいだな。
「では、聖さんは人妖が分かり合える世を目指しているのですね」
「はい。貴女も……ですか?妖怪が怖かったりはしないのですか?」
「あはは、私は妖怪だよ。かなり高齢だけどね」
「聖もババアですけどね」
ゴン
星が呟くと聖さんに殴られた。
「これから船幽霊を助けに行くのですが、良かったらどうでしょうか」
殴った後もニコニコとした笑みを浮かべている聖さんが少し怖い。
「私は帰らないといけないから。最後に一ついい?」
「はい」
私は今までの人とは違う違和感を聖さんから感じ取っていた。
「失礼だけどさ、今、何歳?」
多くの霊力に混じって妖力と魔力も感じる。
しかも死に関する恐怖が普通の人より多い。普通の人たちよりも死を恐れている。
「見ての通りの歳ですよ」
「二百歳くらい?」
私は軽く聖さんを睨んだ。
と、聖さんの雰囲気が変わった。
「南無三!!」
いきなり殴ってきた!!
「危ないな〜」
あともう少しで頭に当たってたよ。
避けたけどさ。
「陽奈さん、聖に歳の事を聞かないであげ……」
あ、殴られた。
私はぬえと同様に聖さんを魔法で拘束した。
「何でそんなに死を恐れるの?」
「貴女には関係ありません!!」
パキン、と乾いた音がして金属が割れ、拘束が解けた。
力技で抜けられる代物ではないはずだ。あのぬえでも抜けられなかったのに。
「私は聖さんよりも長く生きてる。長年の知恵を借りるのも悪くないんじゃないかな」
「どうせ、同じ、くらいでしょう」
そのまま、ひたすら殴りにくる。
私は避けながら聞く。
「いくつなの?」
「貴女の言った通りです」
聖さんは大きな一撃を繰り出した。
今まで当たらなかったのに当たる訳無い。
私は落ち着いて彼女の拳の威力を落とし指を一本立てた。
「なっ……!?」
「私は何億歳か覚えてないよ。いいね、歳を覚えていられる若さって」
私は一発だけ聖さんに喝をいれた。
「先程は申し訳ありませんでした……」
「いーよ。あ、お茶がない。おかわり」
落ち着いてから寺の離れの茶の間でお茶を啜りあっている。
「なんで私が……」
私は星に湯呑みを差し出す。
「自分で入れてください」
星に怒られた。
私が仕方なく自分でお茶を注いでいると聖さんが話し始めた。
「私には……弟がいました」
ほうほう。
「彼は大変優秀な僧侶でしたが年老いて私に法力を教えてくれた後に亡くなりました。力は強く名も知れていましたし、知識もたくさんありました。しかし、死を免れる事は出来なかったのです。私は弟の死から死を恐れ、我欲の為に若返る術を手に入れようとしました」
「それで妖怪を保護し始めた、と」
「はい。さらには魔界に行き魔法を学び、私は人間ではなくなりました。それはたいした問題ではありません。私は妖怪を助けてゆくうちに思ったのです。なぜ、妖怪が人間に虐げられなければならないのかと。そこで人にはばれないよう、退治と称しては救済してきました。妖怪も人も同じ、悪は直し善は救わなければなりません」
私はそこまで聞いて一つ思った。
「よくばれなかったね」
陰陽師なら確実に分かる程の妖力を放っている。
「はい。魔法でごまかしてますから」
あ、さいですか。
その後、私はこっそりと、ちょっとだけ彼女に取り巻いている死の恐怖をおいしくいただいて帰路についた。
結局、私は何をしに赴いたんだっけ?
帰ると妹紅とぬえがいつも通り喧嘩していた。
私はそれを眺めながら晩酌をしていた。
いつも通りな日常。けれどそれも長続きはしない事を私は薄々感じていた。
私の周りは変わらない。
けれど周りは次々に変わっている。
ある時、陰陽師仲間から遂に聞かれた。
なぜ、年をとらないか。
私くらい小さければ人間なら既に三十路程の見た目になるほど陰陽師を続けていた。
初めのうちは、まだごまかせた。
でもさすがに一人の人生分(30〜50年)は無茶があった。
清明さんは数年前に亡くなり、私の正体を護ってくれる人間はいなくなった。
そこで日々募っていた私への疑問、妖怪ではないか、という事柄が姿を現し始めた。
私が妖怪とグルなのではなく、妖怪である事の方が私を潰す事に都合が良かった。
藤原家の陰陽師の皆さんの中にも私の正体を知る者はいるが、藤原家も衰退してきていて、それどころではなかった。
京の陰陽師たちは、何年もの間変わらぬ姿で名をあげる私が厄介になったのだ。
しかし、まだ私はそんな事を知らなかった。
今日、陰陽師の総会みたいなものがあるらしい。
どうやら清明さんの後継人を、つまり新しい総まとめ役を決める会議らしい。
当然、私も呼ばれた。
ぬえと妹紅も連れ、私はとある屋敷へと向かった。
「妹紅、なんだろうね、これ」
「明らかに陽奈を敵視しているだろう?」
私が入室した途端、剣幕な空気に切り替わった。
「人間たちを殺しちゃう?」
ぬえが物騒な事を言ったおかげで悪化した。
「なんだ、あの妖怪は……」
「言う事を聞かないではないか……」
「ぬえ、謝って」
「何で人間なんかに……」
「いいから謝れ」
「すみませんでしたー」
「では、始めます」
司会をするのは清明さんのところにいたナンバー4くらいの人。
「意見を聞いていきたいと思いますが、では……」
順序よく、人が指名されてゆく。
みんな、腕組みまでして考えている。
「では、陽奈さん」
「あ、はい。私は………」
こうして会議も終わり、後継人は私になった。
この時代、貴族間では何かと理由をつけて宴会をする事が多い。
今回もその例に漏れる事はなかった。
「では、陽奈さんに乾杯!!」
「「乾杯!!」」
私はちびちびと水をいただいていた。
一応、子供。酒はダメ、絶対。
と世間には言っている。
誰も見てなきゃ飲むけどね。あまり酔わないし。
「お酒は飲まないのですか?」
「うーん、ちょっとなー」
「では、少しだけでもよいので。人妖共々、無礼講といきましょう」
と、妹紅とぬえにもオチョコが渡され酒が注がれる。
「じゃあ、今日だけね。あんまり飲むと身体に悪いしさ」
こうして私は酒も貰い、宴会を大いに楽しんだ。
いつの間に眠っていたのだろうか。
頭が痛いし身体も動かないし……、
「陽奈、起きろ!!」
妹紅の怒声が響く。
「この餓鬼、余計な事を……」
私は自分たちのおかれている状況を理解した。
私は陰陽術で縛られてる。
なに?この既視感。
妹紅は普通に無理矢理拘束されていて、ぬえは眠っているが私同様に縛られてる。
私を宴会の主役にし、酒を飲ませ眠らせる事が目的だったのか。そもそも総会が最初から仕組まれていた罠だった訳か。
「陽奈さん、やはり妖怪だったんですね?それと彼女、何者なんですか?」
と、妹紅を指す。
「妹紅は人間だよ。特殊な、ね」
さて、抜け出さなきゃいけないけどどうにもならない。
私は少し言ってみる事にした。
「あのさ、私の髪の赤いリボンあるじゃん。これ、清明さんの強力な封印がされてるの。これで清明さんは妥協した訳」
「それほどまでに強いのか。ならば封印しなければな」
封印!!?清明さんがいないからなんとかなるかも知れないけど……。
「封印受けてるのにこの状態な私をあんたらが封印出来るとは思えないんだけど」
私は不安を煽る。
不安を大きくすれば恐怖に昇華する。
いや、させる。
「ふん、そんな嘘を信じると思うか」
焦ってるな……。
「嘘じゃないよ。本気出せばこんなの振り解けるもん」
周りが一瞬だが恐怖に包まれた。
けれど私はすぐに抜けようとはしない。
ぬえが目を覚まさなければ逃げられないからだ。
「ぬえ、目を覚ませ!!」
私は叫んだ。
妹紅は口を押さえられているから私しか起こせない。
「陽奈?……ここは?」
「ばれてたんだよ。私が妖怪だって事が」
「はあ!?お前どうするんだ?」
「逃げるよ。妹紅を助けるからぬえは邪魔者をお願い!!」
私はここでぬえと自分の拘束を破った
「妹紅!!」
私は妹紅の拘束を解き、そのまま引っ張って逃げ出した。
「ぬえ、早く!!」
「分かった。最後に小細工をする」
ぬえが蛇みたいな物を飛ばす。
正体を判らなくするやつをだ。
それを全員につけた。
撹乱させるという時間稼ぎ。
その少ない時間だけでも十分だった。
京の山中で私たちは足を一度止めた。
「ここからは別れよう。一網打尽にされたらたまったもんじゃないから」
「そうだな。私も京とはおさらばしたい」
「私は人の多い所に逃げようかな?」
三者三様の意見。
「じゃあ、解さ……」
「いたぞ!!」
早いよ!?
「私がまた足止めする。逃げろ」
ぬえが私たちを突き飛ばす。
「私一人の封印だけでも時間はかなりかかるだろう?」
「ぬえ!!」
「行くぞ、陽奈」
私は妹紅に引っ張られその場を離れた。
また、失った。
「妹紅、私、また大事な人を……」
「しょうがないさ。ぬえだって必死だったんだ」
「しょうがなくなんか………っ!」
妹紅が……泣いてる……。
「私だって助けたかったさ。でも私にはどうしようもならなかった。ぬえは封印されるんだろう。死んでないなら……」
「また…………会える」
今回は失ってはいない。
少しの間の別れだ。
私は自分に言い聞かせ、妹紅とも別れた。
ぬえの口調とか分かりませんでした。
聖は何となく分かりますが星もなかなか分かりません。
ナズは不在だったという事で。
平安編はこれにて終了です。
古参妖怪は他に何がいたか……。地下にでも潜らせましょうか……。それともゆゆさまかな?