第八話:影の残響、瀬戸の窮地(瀬戸視点)
夜の公園は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。 街灯の明かりが届かない場所は、まるで底なしの沼のように暗い。
(……変だな。今日は、なんだか空気が重い気がする)
瀬戸は足を早めた。 彼女には幼い頃から、人より少しだけ「嫌な場所」を察知する感覚があった。 けれど、今は胸の中に、さっきまで一緒にいたギンの温もりが残っている。 お腹を出して甘えてくれた大きな体。 佐藤さんが教えてくれた、あの物語に出てくるような素敵な二つ名。 その余韻が、彼女の足を止めさせた。
(あ……。また、あの匂い……)
ふわりと、鼻先を掠める。 佐藤さんの家で嗅いだ、乾いた風のような、不思議と落ち着く匂い。 「……ギンちゃん?」
振り返ると、植え込みの影から、真っ黒な犬のようなシルエットが飛び出してきた。 瀬戸の顔に、ぱっと明るい色が差す。 「やっぱり、ついて来ちゃったの? ダメだよ、佐藤さんが心配しちゃう……」
しゃがみ込んで手を差し出そうとした、その時だった。 近づいてきた「それ」の目が、街灯の下でギラリと光った。 それは、犬ではなかった。 体全体が墨汁をぶちまけたようにドロドロと波打ち、輪郭が絶えず揺れている。 牙の間からは、ヘドロのような粘液が滴り落ちていた。 「……え?」
瀬戸の指先が、恐怖で氷のように冷たくなる。 「嫌な気配」なんて生易しいものじゃない。 そこにいるのは、ただ純粋に「自分を喰らおうとする悪意」そのものだった。 「ひっ……、あ……っ」
声が出ない。 腰が抜けたように地面にへたり込む。 黒い獣が、低く、地響きのような音を立てて喉を鳴らした。 飛びかかってくる。 そう確信して瀬戸が目を閉じた、その瞬間。
「――伏せろ、瀬戸さん!!」
夜の静寂を切り裂く、聞き慣れた、けれど今までで一番鋭い佐藤さんの声が響いた。
第八話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は視点を変え、魔法も前世も知らない「一般人」である瀬戸さんの目線から、忍び寄る非日常を描きました。 彼女にとっての恐怖は、怪物の姿そのものだけでなく、「知っているはずの温もり(ギンの気配)」が、恐ろしい悪意にすり替わっていたことにあるのかもしれません。
瀬戸さんの「嫌な予感」を鈍らせたのは、他ならぬ彼女の優しさと、ギンへの愛でした。 皮肉な展開ですが、だからこそ、その窮地を救うために駆けつけた健一とギンの姿が、より一層際立つはずです。
「微温」と「薄影」。 現代の夜に溶け込んでいた彼らが、その仮面を脱ぎ捨てて「本来の仕事」に戻る瞬間。 中堅の意地を見せるバトルシーン、ぜひご期待ください。
次回:『影を噛む牙、中堅の連携』 へのつっぱりはいらんですよ‼︎




