表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/13

第四話:お昼休みの遠隔テイム

「……佐藤さん、顔色悪いですよ? お昼、外で食べないんですか?」


 後輩の女子社員が心配そうに声をかけてくるが、健一は「ちょっとスマホで調べ物があって」と生返事を返し、休憩室の隅へと逃げ込んだ。  コンビニの味気ないおにぎりを口に放り込み、Bluetoothイヤホンを装着する。


 スマホの画面に映し出されたリビングは、惨泩さんたんたる有様だった。  先代から受け継いだ障子がズタズタに引き裂かれ、ギンが激しく吠えながら、床を前足で掻きむしっている。


「(……ガァッ! 人間……追い出す……殺す……!!)」


 イヤホンから流れる唸り声は、明らかに「野良」の意識だ。  そして画面の端、縁側の向こうの庭に、ゆらゆらと揺れる「黒いモヤ」が見えた。  それは魔物ではない。この土地に溜まった、古い土着の「嫉妬」や「恨み」が形を成した霊的な残滓――「憑き物」の類だ。


「……最悪だ。ギンの野良本能が、あの不浄な気配に過剰反応してやがる」


 このままでは家が壊されるだけでなく、ギンの魂までが現代の悪意に汚染されてしまう。  だが、ここは会社の休憩室だ。大声で詠唱なんてすれば、即座に産業医と面談コースである。


「……やるしかないか」


 健一はスマホの画面上で、ギンの首元に設定した「仮装首輪」のアイコンをタップした。  昨夜、微弱な魔力を込めた「電波」で、擬似的な精神干渉テレパスを行うよう細工しておいたのだ。


「……ギン、聞こえるか。俺だ。……『共鳴レゾナンス』。落ち着け、あれはただのゴミだ。掃除は俺が帰ってからやる」


 健一は周囲から見れば、スマホの動画を見ながら小声でボソボソと独り言を呟く、ちょっと危ないおじさんにしか見えないだろう。  だが、その声には「器用貧乏」な健一が唯一得意とする、対象を鎮めるための「調律チューニング」の魔力が乗っていた。


「思い出せ。お前は……銀の首輪をした、誇り高いギンだ。……野良の意地に、自分を食わせるな」


 画面の中のギンが、ピクリと動きを止めた。  赤く濁っていた瞳の中で、茶色の光が押し返そうともがいている。    その時、休憩室のドアが開き、談笑しながら同僚たちが入ってきた。  「いやー、午後の会議、憂鬱だよなー」という世間話が響く。


「(……ウ、ゥゥ……ワンッ!!)」


 ギンがくうに向かって、一際高く吠えた。  それは威嚇ではない。自分の中の「闇」を振り払うための咆哮。  直後、庭にいた黒いモヤは、ギンの放った魔力の波動に圧されて霧散していった。


 ギンは荒い息をつきながら、破れた障子の前で力なく座り込んだ。  画面越しに、健一を見つめるような視線が届く。


「……よくやった。……帰りに、いい肉買ってやるからな」


 健一は小さく呟き、スマホを閉じた。  額には、冷や汗がびっしょりと浮かんでいる。  午後の始業を告げるチャイムが鳴り、健一は再び「しがない事務員」の仮面を被って、デスクへと戻っていった。

第四話を読んでいただき、ありがとうございます。


 今回は「お昼休み」という、現代人にとって唯一の解放時間を、あえて「遠隔戦闘」の場に設定しました。  自分の魔力が及ばない距離で暴走する従魔。  それを救うのは強力な呪文ではなく、スマホの小さな画面越しに語りかける「器用貧乏」な男の、誠実な調律チューニングでした。


 そして、物語はここから大きく動き出します。  健一が救ったギンの魂、その「野良の意識」が守り続けていた最後の欠片……。  それが、まさか職場の後輩である瀬戸さんに繋がっているとは。  現代のえにしと、異世界の魂が交差する瞬間を、ぜひ次話で見届けてください。


次回予告:第五話「雨の夜の傘、彼女の記憶」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ