表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/13

第二話:二つの意識、一つの名

 親が遺した古い一軒家。  錆びついた玄関の鍵を回すと、家の中は埃っぽく、冷えた沈黙に包まれていた。  健一は、泥と返り血に汚れた大型犬を土間へと招き入れた。


「とりあえず、そこまでだ。……座れ(シット)」


 かつての「テイマー」としての発音ではなく、現代の飼い主としての言葉。  だが、その一言にこもった微かな魔力の響きに、犬は即座に反応し、畳一畳分ほどもある体を丸めて土間に鎮座した。


「(……クゥゥン……)」


 見上げ、鼻を鳴らす。  健一の脳内に、熱を帯びた感情が流れ込んできた。  かつて、魔王軍の過酷な戦場で、自分を「器用貧乏」な魔法で何度も治療してくれた、不器用な男への絶対的な信頼。


 だが、その直後。


「――グルルルッ……!!」


 犬の瞳が、どろりと赤く濁った。  剥き出しにされた鋭い牙。喉の奥から漏れるのは、地響きのような殺意だ。  健一の脳内に、今度は刺すような「拒絶」が割り込んでくる。  これは前世の意識ではない。この現代で、人間に石を投げられ、飢えに震え、泥水を啜って生き残ってきた「野良犬」としての絶望。


「……そうか。お前も、この世界で苦労したんだな」


 健一は手を引かなかった。  噛みつかれれば指が飛ぶ距離だ。だが、彼は「テイマー」としての魔力を、波立たせずに流し込み続けた。  主のために尻尾を振りたがる忠誠心と、人間に牙を剥かなければ生きられなかった本能。  その二つが脳内で激しく喧嘩をしているのが、同調シンクロしている健一には痛いほど伝わってきた。


「ポチ、って呼ぶのはやめだ。……こっちの世界じゃ、それはあまりに捻りがないからな」


 健一はタオルを手に取り、唸り続ける犬の汚れを拭き始めた。  『主が決めるなら、何だっていいよ』。前世の記憶がそう囁く。  『人間なんて信じない。触るな、殺すぞ』。野良犬の意識がそう吠える。


「タロウはどうだ?」  ピクリとも動かない。 「……じゃあ、シャドウ」  ふいっと顔を逸らされた。


「……贅沢な奴だ。なら、これならどうだ。……お前が昔、俺が作った純度の低い、出来損ないの銀の首輪をずっと気に入ってたろ」


 健一は、汚れを拭き終えた犬の頭を、覚悟を決めて撫でた。  あの頃。金も魔力も足りなくて、一生懸命「錬金術」の真似事でこしらえた、くすんだ銀色の首輪。


ぎん……。今日から、ギンだ」


 一瞬、犬の体が硬直した。  次の瞬間。  「(ワンッ!)」  ドサッ、ドサッと尻尾が土間を叩く。赤と茶色が混ざり合った瞳が健一を射抜き、短く応えた。


「……よし、ギン。飯にしよう。コンビニ弁当の残りで悪いが、豪華にしてやる」


 健一は台所に立ち、期限切れ間近の幕の内弁当を広げた。  器用貧乏な錬金術で、添加物の匂いを消し、栄養価を底上げする。  差し出された肉を、ギンは「主への甘え」と「野良の執着」が混じった、複雑な咀嚼音で平らげた。


 完全な支配ではない。  不器用な男と、二つの心を持つ獣。  静かすぎる田舎の夜、新しい名前と共に、彼らの「二度目の人生」が動き始めた。

この物語は、「かつて異世界でそこそこの実力者だった男が、現代社会でその『中途半端なスキル』をどう使いこなすか」というテーマから始まりました。  今回お届けした第二話では、再会した魔犬・ギンとの「名付け」と「意識のせめぎ合い」を描きました。


 ただの従順なペットではなく、現代の過酷な野良生活を生き抜いてきた「野良犬としてのプライド」を健一がどう受け入れていくのか。  完璧な英雄ではない、40歳の「器用貧乏」なおじさんだからこそできる、支配ではない歩み寄りの形を感じていただければ幸いです。


次回、いよいよギンとの本格的な共同生活が始まります。  田舎町の静かな夜に潜む、次なる「魂の残滓」とは……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ