1話 名前と、通じ合う心
健一は錆びついた玄関の鍵を開け、泥だらけの大型犬を土間へと招き入れた。 親が遺した古い一軒家。 主を失って久しい家は、埃っぽく、冷えていた。
「とりあえず、そこまでだ。……座れ(シット)」
かつての「テイマー」としての発音ではなく、現代の飼い主としての言葉。 だが、その一言にこもった微かな魔力の響きに、犬は即座に反応し、畳一畳分ほどもある体を丸めて土間に鎮座した。
「(クゥゥン……)」
見上げ、鼻を鳴らす。 その瞳に映っているのは、飢えた獣の狂気ではない。 かつて、魔王軍の過酷な戦場で、自分を「器用貧乏」な魔法で何度も治療してくれた、不器用な男への絶対的な信頼だ。
「……お前、ポチって呼んでたけどな。こっちの世界じゃ、それはあまりに……なんというか、捻りがないんだよ」
健一はカバンからタオルを取り出し、犬の汚れを拭き取りながら語りかけた。 犬は喋らない。だが、健一にはなんとなく分かった。 『主が決めるなら、何だっていいよ』。そんな、呆れたような、それでいて心地よい諦念が伝わってくる。
「ポチはやめだ。……じゃあ、タロウはどうだ?」
犬は、ピクリとも動かなかった。 『もっと捻れよ』。そんな冷ややかな視線が飛んできた気がした。
「……意外とこだわりがあるな。じゃあ、お前が前世で得意だった、あの影を操る術から取って、シャドウ」
犬は、ふいっと顔を逸らした。 『中二病かよ』。健一の脳内に、そんな辛辣な翻訳が浮かぶ。
「……わかった、わかったよ。お前は昔から、俺が作った純度の低い、出来損ないの銀の首輪が一番のお気に入りだったな」
健一は、タオルを置いて犬の頭を撫でた。 あの頃。金も魔力も足りなくて、一生懸命「錬金術」の真似事でこしらえた、くすんだ銀色の首輪。 「銀……。ギン、でどうだ?」
犬の尻尾が、ドサッ、ドサッと力強く土間を叩いた。 濁りのない茶色の瞳が健一を射抜き、短く「ワンッ!」と応えた。
「……決まりだな。今日からお前はギンだ。……よし、ギンの飯、コンビニ弁当の残りで悪いが、豪華にしてやる」
健一は台所に立ち、期限切れ間近の幕の内弁当を広げた。 器用貧乏な錬金術で、防腐剤の匂いを消し、栄養価を少しだけ「底上げ」する。 一人の男と、一匹の犬。 名前を付け替えたその瞬間、二人の「前世の続き」が、確かな重みを持って動き出した。
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