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第十二話:中堅の弟子? ポカポカへの勧誘

楓が嵐のように去った後の給湯室。  健一が「ふぅ……」と長いため息をつきながら、自分用の安いインスタントコーヒーを淹れていると、背後からただならぬ熱気を感じた。  振り返ると、そこには鼻息も荒く、小さな拳をぎゅっと握りしめた瀬戸が立っていた。その瞳は、いつになく真っ直ぐに健一を射抜いている。


「佐藤さん! 私、決めました!」 「うおっ、瀬戸さん? 何を、何をかな?」 「私、佐藤さんの弟子になります! 私も、あの『ポカポカ』を身につけたいです!」


 健一は引きつった笑顔で、コーヒーを一口すすった。 (……まいったな。かつて戦場で背中を預けた新人たちには、生き残るための泥臭い技術を叩き込んだものだが。現代の、しかも四天王の末裔に教えるなんて、本家が黙っちゃいないぞ)


 だが、瀬戸の眼差しは真剣そのものだった。彼女は、本家が誇る「鋭く、冷たく、速い」術式に、幼い頃から疎外感と恐怖を感じて生きてきたのだ。そんな彼女にとって、健一が放った「ぬるくて、鈍くて、優しい」力は、暗闇の中に灯った唯一の救いだった。


「佐藤さん、あれはそんな大層なもんじゃないんだ。ただの、こう……肩の力を抜いて、ぬるま湯に浸かってる気分で世の中を眺めるっていう、中堅社員の処世術みたいなもんで……」 「それです! その境地です! 私、お姉様みたいに誰かを傷つける刃にはなれないけど、佐藤さんみたいに誰かを包み込む『お布団』みたいな人になりたいんです!」


 お布団。その絶妙な例えに、健一の「中堅の矜持」が揺れた。  効率や威力を求める楓のような天才には決して理解できない、誰かを守り、安心させるための技術。それを、この未熟な末裔は本能で理解している。


「……はぁ。わかったよ。師匠なんて柄じゃないけど、『佐藤流・日常維持術』の基礎くらいなら教えてあげられる。ただし、本家には内緒だぞ?」 「はいっ! ありがとうございます、師匠!」


 健一は姿勢を正すと、瀬戸の前に一個の空のカップを置いた。


「修行の第一歩だ。瀬戸さん、まずはこのカップの中に、自分の力を『ぬるいお茶』として淹れるイメージをしてみて」 「お、お茶……ですか? 呪文とか印とかは……」 「いらない。大事なのは、相手に『どうぞ』と差し出す時の、あのちょっとしたお節介な気持ちだ。熱すぎて火傷させちゃいけない。冷めすぎてガッカリさせてもいけない。ちょうどいい『適温』。それが俺のやり方の、コントロールの基本なんだ」


 瀬戸は震える手でカップを包み込み、目を閉じた。  彼女の中に眠る、碓氷貞光の強大な血脈が、健一の「ぬるい」指導によってゆっくりと形を変えていく。本来なら鋭い刺突武器になるはずの力が、健一の気配に当てられ、角が取れ、穏やかな波紋となってカップを満たし始めた。


 数分後。カップの中には、うっすらと黄金色に輝く、実体を持たない温かな「雫」が溜まっていた。


「……あ、あったかい……」 「合格だ。それが『ポカポカ』の第一歩だよ」


 健一は微笑んだ。だが、その背中の向こう、会社のロビーには、妹が「野良の劣等術師」に弟子入りしたという情報を聞きつけた楓の、沸騰寸前の殺気が漂い始めていた。  さらにその頃。健一の自宅の庭では、楓が放った偵察用の「本家の使い魔(精鋭の柴犬型)」が、塀の上で優雅にササミを食んでいたギンと、最悪の鉢合わせを果たしていた。

第十二話を読んでいただき、ありがとうございます。


 今回は「技術の伝承」を描きましたが、あえて魔法のランクや難しい術理は出さず、健一の「中堅の矜持」に焦点を当てました。  楓たちエリートが「敵を殺すための刃」を磨く一方で、健一が教えるのは「誰かを安心させるための適温」。  一見すると非効率で、戦いには向かないような「お茶の淹れ方」の中にこそ、異世界の修羅場を生き抜いたBランクならではの精密な魔力制御が隠されています。


 瀬戸さんがその本質を「お布団」と表現した時、健一もまた、自分が今の世界で何をすべきか、再確認したのかもしれません。  もっとも、その裏で「犬の外交問題」が爆発寸前なわけですが……。


次回:『庭先の静かなる対峙! 元魔犬ギン vs 本家の柴犬』  

へのつっぱりはいらんですよ‼︎

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