第十一話:末裔の乱入、あるいは純粋な弁護
「楓お姉様! 何してるんですか、佐藤さんに!」
瀬戸が二人の間に割って入った。 楓が放つ、現世最高峰の退魔師としての鋭利な殺気。 健一はそれを、どこか懐かしいものを見る目で眺めていた。 (……鋭いな。だが、まだ細い。かつて前世の戦場で出会った、勢いだけのCランクの若造たちと同じ気配だ……) そんな健一の内心の分析など露知らず、瀬戸は術理も何もない丸腰のまま、その圧力の真っ只中へ飛び込んだのだ。
「どきなさい、紗織。……この男は、碓氷の血を狙う質の悪い野良術師よ。今も私の術を、この薄汚い泥水のような力で……」 「違います! 佐藤さんは、ただの『ものすごくいい人』なんです!」
瀬戸の断言に、ロビーの空気が一瞬だけ緩んだ。 「……いい人? 紗織、あなた騙されているのよ。この男の放つ波長を見なさい。淀んで、ぬるくて、何のキレもない。こんな低級な力、本家の術師なら一秒と持たずに霧散させるガラクタだわ」
楓の言葉には、一片の疑いもない自負があった。 一瞬で悪を断つ自らの術こそが至高。 健一の「包み込み、中和する」熟練の技は、彼女の目には「才能のない者が足掻いた末の劣等術」にしか映っていないのだ。
「そんなことありません! 佐藤さんの『光』は、お姉様たちのみたいにチクチクしないんです! お風呂に入ってるみたいにポカポカして、とっても安心するんです!」
瀬戸は拳を握りしめ、楓を真っ向から睨みつけた。
「だから、佐藤さんは悪い人じゃありません! 会社でも、私が困ってるといつも絶妙な温度のお茶を出して励ましてくれる、世界一優しい先輩なんです!」
(……瀬戸さん、それ、魔法と私生活の区別がついてないよ……) 健一は背後で顔を覆った。 だが、その言葉こそが、楓のプライドを最も深く抉った。 自身の誇り高い術を「チクチクする」と一蹴され、格下と断じた男の力を「安心する」と肯定された。 現世のエリートとしての自尊心が、健一という「理解不能な異物」を激しく拒絶する。
「……ポカポカ? くだらない。紗織、あなたは審美眼まで鈍ったようね」
楓は健一を冷たく射抜き、踵を返した。
「佐藤と言いましたか。……あなたのその泥水のような術が、私の刃に触れていつまで形を保てるか、いずれ証明してあげます。……今日は引き上げましょう」
楓が去った後、瀬戸はへなへなとその場に座り込んだ。
「さ、佐藤さん……。私、お姉様にひどいこと言っちゃいました……」 「……いや、いいんだ。……ただ、これからはもっと『ぬるい生活』が難しくなりそうだよ」
健一は苦笑しながら、震える彼女の肩をそっと叩いた。 エリートに目をつけられた、万年Bランクの中堅。 平和なオフィスビルに、異世界の戦場よりも厄介な因縁が芽生えた瞬間だった。
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今回は、現世のエリート術師・楓と、中堅テイマー・健一の初対峙を描きました。 楓にとって、一瞬で魔を断つ鋭利な術こそが「正解」であり、健一の包み込むような魔力は、理解の範疇を超えた「非効率な泥水」でしかありません。 前世の基準では格上である健一の技が、その洗練度ゆえに、未熟なエリートには「低級」に見えてしまう。この実力差の倒錯が、二人の関係をより複雑にしていきます。
次回:『中堅の弟子? ポカポカへの勧誘』
へのつっぱりはいらですよ‼︎




