第十話:碓氷の本家、静かなる来訪
「……佐藤さん。今の光、私、見たことがあります」
静まり返った夜の公園。瀬戸の震える声が、健一の耳に冷たく響いた。 彼女の家系は、平安時代に魔を討った四天王の一人、碓氷貞光の血を引く分家。 本家とは異なり、妖怪退治とは程遠い平穏な生活を送ってきたはずだった。 だが、幼い頃に一度だけ法事で目にした、本家の「術師」たちの指先が放つ光。 健一が放った『微温の結界』の残光は、それと酷似していた。
「……本家の親戚……?」 「はい。本家の人たちは、今も『汚れ』を祓う、特別な役目があるそうで……」
健一は背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。 自分とギンの魔力は異世界のものだが、この世界の「術」と波長が近い部分がある。 だが、決定的な違いがある。本家の術は鋭く、冷徹。対して健一のそれは、どこまでも「ぬるい」。
その頃。 都心の一等地に建つ、古風な屋敷の一室。 「……下位の影擬き、ですか。わざわざ報告するほどのものでもありませんね」 眼鏡をかけた細身の男、**碓氷 楓**が、手元の羅針盤から目を離さずに言った。
彼ら本家の術師にとって、先ほど公園で消滅した魔物は、放っておいても消えるような「下位」の存在。 だが、計器が捉えたその「消え方」が異常だった。
「……確かに下位ですが。消滅の際の波長が妙に……ぬるい」 背後に立つ老人が、怪訝そうに呟く。 「一気に断つのではなく、じわじわと、包み込むようにして中和されている。碓氷の術理にはないやり方です。分家の娘の近くに、得体の知れない『何か』がいる」
楓は無機質な視線で、机の上に広げられた資料に目を落とした。 そこには、分家が懐いている「佐藤健一」という、あまりに平凡すぎる男の経歴が記されている。
「……調査しましょう。もし碓氷の血を狙う不届き者なら、その『ぬるい術』ごと断つまでです」
翌日。 会社でいつものように「ぬるい」コーヒーを口にしていた健一は、受付からの内線で噴き出した。
「佐藤さん、碓氷と名乗るお客様です。……非常に、威圧感のある方ですが」
定時まであと七時間。 Bランクテイマー、佐藤健一の「隠居生活」最大の危機が、ロビーのソファで静かに足を組んで待っていた。
第十話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、物語の新たな壁となる「現世の術師」碓氷本家との邂逅を描きました。 楓たちエリートにとって、魔物退治は「一瞬で断つべき汚れ」であり、効率と威力が全てです。 一方で、健一の『微温』は、効率を捨ててでも周囲への影響を和らげ、対象を優しく包むための技術。 前世の基準では格上(Bランク)である健一の技が、現世のエリート(Cランク相当)には「低級なガラクタ」に見えてしまうという皮肉。
最強の矛と、最強にぬるい盾。 このすれ違いが、今後の二人の関係にどう影響していくのか。 そして、板挟みになる瀬戸さんの「血筋」という宿命。 中堅の隠居生活は、どんどん騒がしくなっていきます。
次回:『受付に現れた刺客、本家の鋭い追求』
へのつっぱりはいらんですよ‼︎




