第九話:影を噛む牙、中堅の連携
「……ギ、ギン……ちゃん……?」 瀬戸が震える声で呟く。 目の前に着地したギンの背中は、先ほどまでのデレデレな大型犬とは似ても似つかない。 その毛並みからは黒い霧のような魔力が立ち上り、瞳には冷徹なハンターの光が宿っていた。
「……ギン、深追いはするな。まずは瀬戸さんを離すぞ」
健一が、息を切らしながら瀬戸の前に滑り込む。 彼は素早く印を結び、瀬戸の周囲に半透明の淡い光の膜を張った。 【微温の結界】。 Aランクの絶対防御には程遠いが、魔物の瘴気を遮断し、恐怖に凍りついた人間の心を落ち着かせるには十分な「ぬるさ」だ。
「さ、佐藤さん……? なに、今の……光……?」 「……小説の読みすぎですよ。……今は、目を開けてちゃダメだ」
健一は努めて冷静な声を出し、背後の敵を見据えた。 敵の正体は、異世界の魔力の残滓が現代の汚濁と混ざり合った「影の擬態獣」。 ギンの気配に似ていたのは、同じ『影属性』の魔力だからだろう。
「(……ガァッ!!)」
ギンが動いた。 『影潜り』。 街灯の影から、次の影へと一瞬で跳躍し、敵の死角から喉元へと食らいつく。 敵の魔物も負けじと体を霧状に変えて逃れようとするが、ギンはそれを逃さない。 かつてBランク斥候として数多の隠密部隊を仕留めてきた経験が、現代の鈍った体を凌駕する。
「……そこだ、ギン! 『重圧』!」
健一が指先から微弱な魔力の波動を放つ。 殺傷力はない。だが、敵の動きを一瞬だけ重くする「嫌な抵抗」を生む魔法。 まさに『微温の魔導師』らしい、嫌らしいまでのサポートだ。
動きが鈍った影の魔物に、ギンの実体化した牙が深く突き刺さった。 「(……クゥ、オォォーン!!)」
断末魔の叫びと共に、影の魔物は墨汁が乾くように消散していった。 静寂が戻った公園で、ギンはゆっくりと元の「ただの犬」の気配に戻り、ハァハァと舌を出して健一のもとに歩み寄る。
「……終わったぞ、瀬戸さん。……もう大丈夫だ」
健一が結界を解き、腰を抜かしたままの瀬戸に手を差し伸べる。 彼女は驚愕の眼差しで、佐藤健一という「冴えない上司」と、愛らしい「飼い犬」を交互に見つめていた。
「……今のは、一体……。佐藤さん、本当は……誰なんですか……?」
中堅コンビの「ぬるい日常」が、ついに崩壊の危機を迎えていた。
第九話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、健一とギンの「中堅ならでは」のコンビネーションを描きました。 健一の『微温の結界』は、攻撃を防ぐだけでなく、瀬戸さんの恐怖心を和らげるという精神的なケアも兼ねています。 そしてギンの『影潜り』は、仕留めるためではなく、確実に無力化するための動き。 「最小限の魔力で、最大限の安全を確保する」という、効率重視のサラリーマン気質な戦い方を感じていただければ幸いです。
■ 次回予告:第十話「碓氷の本家、静かなる来訪」
へのつっぱりはいらんですよ!!




