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第25話 護衛

 朝、南区にあるリミアの家――つまり、カイウスの家に向かう。


 南区の店はたいてい住居と一体になっているが、中央区では店舗だけを構える者が多い。

 中央区には重要施設が密集しており、夜間も衛兵が巡回している。

 こじ開けると警鳴鈴(ギャラベル)が鳴る仕組みも相まって、中央区での盗難被害はほとんど耳に入らない。


 カイウスの家は温かみのある良柾松(ラボスカ)材の二階建てだ。

 広い庭の柵の中では霜輪鶏(フリムット)が屋根付きの水場に集まり、日に当たった白い覆輪(ふくりん)の羽模様がかすかに揺れている。


 玄関扉を叩くと、家の窓が開いてティナが顔をのぞかせた。


「ルークだ! おはよー!」


「おはよう、ティナ。朝から元気だな。リミアを呼んでくれるか?」


「はーい! ママー! ルークが来たよー!」


 ぱたんと窓が閉じて、ほどなく玄関扉が開いた。


「ルーク、おはよ」


「リミア、久しぶりだな」


「ひと月ぶりぐらいかな? ルークが依頼を受けてくれたって聞いて驚いたよ。近ごろいろいろとあったみたいだしさ」


「ようやく落ち着いてきたところだ。カイウスから聞いたのか?」


「うん。ひどい話だよね……人種迫害なんて、最低だよ。それも、わざわざ集落に攻め込むなんて……」


 リミアは沈痛な面持ちで言葉を探す。


「でも、依頼を受けたのがルークたちだったのは救いだね。そういえば、女の子にも懐かれたって聞いたけど?」


 リミアがにやにやと意地悪く口角を上げる。


「そんなんじゃねぇよ。ちょっとした事情もあってな……クィヴェラ族の命運に関わるとかで、俺も渦中に放り込まれてるんだ」


「ふぅん? よくわかんないけど……あら」


 リミアが肩をすくめたあと、何かに気付いた様子で俺の背後に目を向けた。

 振り返ると、男女の二人組が近づいてきていた。


「リミアさん、おはようございます」


「おはよう、オスティン君。エルシちゃんも」


 もともと護衛依頼を請けていたという二人だろう。

 リミアに小さく頭を下げると、俺のほうに向き直った。


「ルークさんですよね? はじめまして。俺は四環級のオスティンです。本日はよろしくお願いします」


「私はエルシです。同じく四環級です。よろしくお願いします」


「六環級のルークだ。よろしく」


 二人は俺とは初対面だが、リミアとは顔なじみらしい。

 オスティンは率先して依頼の内容を確認すると、手際よく話を進めた。


晞毛馬(シーロス)車と御者を手配しています。西門へ向かいましょう」



 ✣ ✣ ✣



 騎獣車でタルビル山方面へ向かう。

 麓の近くでシルヤ川を渡り、さらに二刻奐(セクタ)ほど進んで小道に入る。

 岩壁に沿って一時奐(ヴィカ)ほど行くと、野原を挟んで原生林が広がっていた。


 大抵の護衛依頼は三環級以下が受け持っているが、活昶草(エウロエ)は植生域が特殊だ。

 活昶草(エウロエ)の根は神経痛に効く鎮痛剤の材料だが、見た目がそっくりな偽昶草(ディスロエ)と群生している。

 この偽昶草(ディスロエ)はただの雑草だが、好む魔物が多く、周囲に魔物を惹きつけやすい。採取護衛を四環級の依頼としているのはこのためだ。


 とはいえ、この辺りでは荒矯猪(リレッタヴァラ)森恬猪(コガロヴァラ)などの低位の魔物が主で、地噴狼(ヤエルプルヴ)が居着くのは珍しい。

 枯れた土地に現れることが多く、森林部にいること自体あまり聞かない魔物だ。


 原生林の手前で騎獣車から降りる。騎獣車が入れるのはここまでだ。

 御者にはここで待ってもらい、四人で奥へ進む。


 木々の切れ目のひらけた場所で、小さな黄色い花のついた背の高い草が鬱蒼と生い茂っている。

 リミアは周囲をざっと見回るが、どうやらここには偽昶草(ディスロエ)しか生えていないらしい。俺にはまったく見分けがつかない。


 エルシに先導され、その後ろで俺とオスティンがリミアを守るように続く。

 オスティンは黒螺鋼(コルニウム)製の剣と盾を携え、エルシは弓を手に進路を偵察している。

 俺は少し気になることがあり、声を張って尋ねた。


「エルシの得物は弓だけか?」


「一応グレイブも使いますが、今日は置いてきました。基本的には弓です」


 グレイブ――棹の先に刃の付いた長柄の武器だが、この原生林ではまともに振れないだろう。


「体術には自身があるのか?」


「いえ、そこまでは」


「この距離感だと、エルシが奇襲されたときに加勢が遅れるかもしれん。あと三歩分だけ詰めてくれるか?」


「あ、はい。わかりました!」


 二人は階級だけ見れば、ミーリと同じ四環級だ。

 しかし、こうやって歩いているだけでも練度にはかなり差を感じる。


 護衛として不十分というわけではないが、エルシの索敵はミーリほど丁寧ではないし、オスティンも地噴狼(ヤエルプルヴ)の話を聞いているせいか、意識がそちらに寄りすぎて前のめりな印象を受ける。

 実際、三環級から四環級にかけては人数も多く、一般人とは一線を画すレベルなのは間違いないが玉石混交の印象は拭えない。


 原生林に入る前に装填しておいた十字弓の手触りを確かめつつ進んでいると、ひとつの茂みを見てリミアが足を止めた。


活昶草(エウロエ)だ。採取するね」


 リミアが小ぶりのスコップを使って、根を傷つけないように周囲の土を掘り返し始めた。

 言われてから草を見てみると、なんとなく雰囲気が違うような気もする。

 だが、偽昶草(ディスロエ)を何本か並べても同じような違和感を感じるだろう。俺には判別できそうもない。


 近くにまだ何本か生えているようで、リミアは採取を続ける。

 リミアを囲むように三人で周囲を警戒していると、エルシが叫んだ。


「あそこ! 何かいます!」


 視線の先の岩陰で何か動く気配があった。

 オスティンが声を落として剣を抜く。


地噴狼(ヤエルプルヴ)だ」


 赤黒い斑紋のある毛並みで、太く短い脚をした狼が一匹。岩陰からこちらを覗いていた。


「俺が前に出ます」


 オスティンが間を詰めて、地噴狼(ヤエルプルヴ)と対峙する。


 俺はリミアから離れず、牽制の矢を放つ。

 俺の矢は躱されたが、続けざまにエルシが射かけた矢が胴体に深く突き刺さる。

 地噴狼(ヤエルプルヴ)が呻き、それを好機と見たオスティンが前に出ようとする。


 その時、木陰の茂みが揺れた。


「待て!下だッ!」


 俺の怒号にオスティンが足を止める。

 茂みから別の地噴狼(ヤエルプルヴ)が飛び出し、前脚で地面を掻いた。

 オスティンの目の前の地面が爆発するように噴き上がり、土砂が襲いかかる。


 土砂を一身に浴び、土煙に飲まれたオスティンを横目に、俺は懐から取り出した手斧を投げた。

 狙いは矢を受けてうずくまったままの個体だ。

 投げた斧は空中で一回転し、そいつの頭を割った。


 土煙の中で人影が動く。

 オスティンは、かろうじて盾で土砂を防いでいた。

 残った一匹に接近し、黒螺鋼(コルニウム)の剣を鋭く振り抜く。

 鼻先を浅く斬り、剣を返して間を置かずに踏み込む。

 その剣撃を避けるように真後ろへ跳んだ地噴狼(ヤエルプルヴ)の着地点に向かって矢が突き刺さった。

 エルシが放ったものだろう。足を止めた地噴狼(ヤエルプルヴ)の首をオスティンが跳ね飛ばした。


 場に静寂が戻る。俺はリミアのそばから離れずに周囲を見回すが、他に気配はない。

 オスティンは俯きがちに戻ってきた。


「……すみません。助かりました」


「怪我はないか?」


「はい。なんとか……」


「無策に詰めようとしたのは良くなかったな。だが、最後は力の抜けたいい太刀筋だった」


「ありがとうございます。勉強になりました」


「無事に切り抜けたんだ。反省は必要だが、落ち込む必要はない」


 俺がオスティンの背を軽く叩くと、エルシもそれに続いた。


 湿った土の匂いに刺すような金属臭が混じり、木々のざわめきの奥で鳥がさえずる。

 採取を再開してから、リミアの鞄がいっぱいになるまでそう長くはかからず、俺たちは原生林を後にした。



 ✣ ✣ ✣



 衛庁舎で報告を終え、オスティンたちと別れたところでアイリスに呼び止められた。

 手には一通の手紙が握られており、妙にかしこまった顔つきをしている。


「先ほど行政庁から拠憶鳥(オイコミネ)便で連絡がありました。クィヴェラ族についてあらためてお話がしたいそうで、担当者が明後日、シンビルの衛務庁支部にお越しになるそうです」


「そうか。来るのはネルセン参事官か?」


「いえ、行政庁民生局の局長です。可能なら、ルークさんとアルヴィンさんにも話を伺いたいと打診されています」


 続いた言葉には少し驚いた。

 アルヴィンは事細かに説明していたが、何か気になることがあっただろうか。

 しかし、こちらも行政庁の真意を知りたい気持ちがあり、好都合ではある。


「断る理由はないな。ぜひ会いたい」


「では、明後日の昼――黒赤黒(十一時)までには衛庁舎へお越しください」


「わかった」


「それと、奥の書棚にヴェリナさんがいらっしゃいますよ」


「ん、そうか。ありがとう」


 笑顔を残してアイリスが去り、俺は戦業士(アミスト)向けの資料がまとめられている書棚に足を運ぶ。

 小さな棚といくつかの椅子が並んでいるだけの狭い場所には先客が一名。

 足音に気づいて、本に視線を落としていた黒髪の女が顔を上げた。


「ルークさん。早かったね」


「まだ衛庁舎にいたのか。面談は問題なかったか?」


「うん。フレデリクさんにいろいろと教えてもらってた」


「必要な手続きは全て終わったのか?」


「終わったよ。ほら、これ」


 ヴェリナは戦業士(アミスト)の証でもある認識票の首飾りを取り出した。

 表面に刻まれた環は三つ。三環級だ。

 登録時点では上限の階級になる。ヴェリナの実力なら妥当だろう。


「よかったな」


「ルークさんのおかげだよ」


 軽く拳をあわせ、笑い合う。

 ふと魔導灯(ルミラ)に照らされた空間を見渡すと、彼女の膝元の冊子に目を引かれた。


「それは手引書か?」


「うん。フレデリクさんが、最低限これには目を通しておけって」


 ヴェリナが冊子の中身を見せてくれる。

 どうやら戦業士(アミスト)の常識が書かれているようだ。

 おぼろげだが俺も戦業士(アミスト)になったときに読んだ記憶がある。


 ヴェリナが冊子を読み終わるのを待ってからチームの届け出を出し、ともに帰路についた。

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