第22話 狩猟
掛け布の隙間から差し込む光につつかれ、羽毛布団を跳ねのけて身を起こす。
今日はヴェリナとカリーナとともに狩りに行く約束の日だ。
寝室を出て階段を降りると、ヴェリナはすでに起きていた。
怪我の経過も良好で、再裂開を防ぐため瘢護薬を使用してはいるものの、ほぼ完治と言っていい状態だ。
支度を済ませ、装備を整えて二人で家を出る。
事前に段取りは伝えたが、道すがら段取りを再確認する。
「カリーナの家に寄ってから、西門の厩舎で悠舒馬車を借りるぞ」
「はい。目的地までは二時奐ほどでしたね?」
「ああ。距離でいえば九珊距ぐらいだな」
長さの単位である珊節、珊尺はヴェリナに魔術を見せてもらったときにも軽く説明した。
距離を表す単位の珊距は千珊尺に等しい。
時間については俺もうろ覚えなところがあったので、備刻円環を飾ったのを機に勉強し直した。
時石が一度色を変える時間を時奐。刻石が一度色を変える時間を刻奐と呼ぶそうだ。
この数日で、そういった常識の擦り合わせを一通りやっていた。
「悠舒馬車はトラナレイ行きでも使うつもりだ。ヴェリナにも御者を練習してもらうぞ」
「わかりました」
✣
カリーナと合流し、三人で西門へ向かう。
門兵に狩猟許可票を提示し、毯河狸狩りに向かうことを伝える。
毯河狸狩りは事前に衛務庁への申告が必要だ。戦業士以外も参加できるが、四環級以上が一人は参加しなければならない。
それに、衛務庁管理の狩りで得た素材は全て、門兵が精査した上で衛務庁に引き取ってもらう決まりがある。出発前にその確認をしておかなければならない。
門兵の了承を得てから、近くにある厩舎を訪れた。
予定通り騎獣車を借りて、西の河畔林に向かう。
ヴェリナとカリーナが荷台に上ったのを確かめ、俺は御者台に乗り込み手綱を握った。
静かに歩き出した悠舒馬は、小柄だが力強く安定した足取りを見せる。
荷台の二人の会話を聞き流しつつ、なだらかな街道を一定の速度で進む。
「ヴェリナさんは、街に来て十日ほどになりますか?」
「まだそのぐらいでしょうか? なんだか、もっと長く感じてしまっています」
「ふふ、そうですよね」
実際、森に赴いてからの日々は慌ただしいものだった。
この数日で落ち着いてきたのもあって、ヴェリナからもようやく自然な笑みがこぼれるようになってきた気がする。
「ヴェリナさんは、戦業士に興味があるんですよね?」
「はい。皆さんに助けられて、憧れたといいますか……私の実力で通用すればいいのですが」
「魔導具を扱う魔術師だって数は少ないんです。需要はあると思いますよ」
「だといいんですけど。でも本当に、ルークさんにはお世話になりっぱなしで、頭が下がる思いです」
「ルークさんも普段は素っ気ないふりしてますけど、可愛い子が二人も自分を頼って居着いてくれて、内心では喜んでいるはずですよ」
「おいカリーナ、聞こえてるぞ」
「あはは、冗談ですって」
二人の笑い声に俺は肩をすくめた。
そもそも、ヴェリナに関しては怪我をしていたのもあって、そのまま家に居てもらっていたのだ。
眠れなかったり、精神面での不安も残っているが、ずっと俺の家に居るのも、それはそれで気が休まるのかどうか考えものではあった。
「ヴェリナも、そろそろ家を探すか?」
俺のその言葉には、ヴェリナではなくカリーナが返事をした。
「ルークさんの家でいいじゃないですか。部屋を余らせていても、もったいないですよ」
「そりゃそうだが……ヴェリナも気を使うだろう?」
ためらいがちにヴェリナが口を開く。
「その……できれば、このまま居させていただけませんか? 助けていただいた分、できることは返したいですし、リュティス様もいらっしゃいますので……」
「別に構わんのだが……恩に着せるつもりはないから、自分のことを優先しろよ?」
「はい。ありがとうございます」
リュティスもそうだが、やはりクィヴェラ族は真面目すぎる節があるな。
カリーナが茶化してくるのを無視して、見晴らしのいい道までのんびりと走行した。
✣
平坦な道に変わったところで一度騎獣車を止めて、ヴェリナに御者の手ほどきをした。
悠舒馬は元々扱いやすいのもあるが、クィヴェラ族の共感能力もあってか初めから俺よりも上手いぐらいで、ほとんど教えることがなかった。
そのままヴェリナに御者を任せる。目的地はもう目前だ。
林に近づくにつれ、風に湿り気が混じり始める。
河畔林を縫うように進むと視界が開け、柵に囲まれた小屋が現れた。
「ここは毯河狸狩りのために衛務庁が建てた小屋だ。悠舒馬車はここに置いていく」
衛庁支部で借りた鍵で門を開けて、騎獣車を中に引き込む。
後処理用に持ってきた荷物なんかも、一旦この小屋に置いて行く。
帯を締め直したところで、カリーナが近づいてきた。
「ルークさんのその胸当て……また新しい遺創具ですか?」
「ああ、これか?実はな……」
歪乱進甲の形態変化が判明した件をかいつまんで話すと、カリーナは目を見張った。
「なかなか興味深い話ですね。言われてみれば、赫銘鉄がこれほど使われている遺創具は珍しいかも」
「不虧勍断刃と軽荷帯もリュティスに見てもらったが、そっちは特に何もなかった。だが、珍しい遺創具があれば一度見てもらうのもいいかもしれんな」
「アルヴィンの迅鋼脚鎧も、はっきりした能力がなかったはずです。一度相談してみます」
カリーナは自身の軽荷鞄を撫でながら、何度か小さくうなずいた。
荷の確認を終えて外に出ると、ヴェリナが悠舒馬を騎獣車から外し、飲み水を用意してやっていた。
「よし、毯河狸を探すぞ」
門を施錠し直し、川に沿って歩きだす。
北のタルビル山を水源とするこのシルヤ川は、カレンティナ南方のメルダル湖へ続いている。
林道は落ちた枝葉に半ば隠れており、頻繁に人が行き来している形跡はない。
小屋を離れて一刻奐も経たずに、ヴェリナが何かに気づいた。
「あそこに何か居ます」
彼女が指し示す先、岩陰に一珊尺ほどの獣が二匹。目的の毯河狸だ。
俺は声を落とし、ヴェリナに目を向ける。
「俺は左手から回り込む。位置についたら合図をするから、ヴェリナから仕掛けてくれ。やり方は任せる。カリーナは補助を頼む」
二人から離れ、音を殺して岩場から回り込む。
二匹の獣は水底を掻き回したり、水際の草を食べたり無警戒だ。
位置についたところで合図を送ると、ヴェリナの伸ばした指先が毯河狸を捉えた。
手を向けた先に薄青い糸が走った瞬間、毯河狸がびくりと顔を上げる。
直後、動くこともできずに二匹まとめて青白い雷に貫かれた。
ざわめきが収まるのを待って、俺は前へ出る。
毯河狸は動きを止めていたが、かろうじて息はあった。
帯からナイフを抜き、とどめを刺す。
「見事だ。この距離で二匹まとめて射抜けるとはな」
「極端に尖ったものや金属がなければ、おおよそ狙い通りには撃てます」
照れたようで誇らしげなヴェリナは、幼い見た目と相まって、頼もしさよりも可愛らしさが目立った。
手早く血抜きをする俺の横で、カリーナが疑問を口にした。
「いまのは……雷ですよね? でも、実際の雷とは光や音の雰囲気が少し違ったような……」
「えっと、導線を放って、そこに雷を再現しているような感覚と言いますか……自然のものとは似て非なると思います」
「ふむふむ……発生の原理も自然現象を完全に踏襲しているわけではなさそうですね」
「そうですね。足りないところを魔力で補っているような感覚ですね」
「へぇ~。だから理論を知っているかで効率が変わるんですかね」
「おそらく、そうだと思います」
カリーナは興味津々にあれこれと質問を重ねたが、ここは作業を優先させてもらう。
「悪いが、先に内臓まで抜き取りたい。ヴェリナ、やり方はわかるか?」
「多分……念のため、教えてもらってもいいですか?」
「もちろんだ」
刃を入れる箇所を教えながら、最小限に腹を開いて内臓を抜く。
傷つけると臭みや苦味の広がる腺があるので、注意深く指示を出す。
皮と肉に分けるのは小屋でまとめてやるつもりだ。いったんそのまま、棒に縄で縛り付けて持ち運ぶ。
「雷の魔術は相性がよさそうだな。次はあえて、別の魔術を試してくれるか?」
「わかりました……なら、次はこれを撃ち込んでみます」
手には、錐状に滑らかに尖った、手のひら大の石が握られていた。
「魔術で削ったのか?」
「はい。落ちていたただの石です」
「よし、なら次を探そう。このまま川沿いを上るぞ」
上流へ向かうにつれて川の流れは速くなり、冷たい水が飛沫をあげる。
ほどなくして、次の一匹はすぐに見つかった。
逃げ道を潰すように回り込もうかと考えるが、すぐに気づかれてしまい、尖った歯の突き出た顔がこちらを向く。
「ヴェリナ、やれ!」
「はい!」
毯河狸が俺に向かって石を投げつけてくるが、たやすく防ぐ。
ヴェリナの手元から石が飛び、それに気づいた毯河狸の毛が瞬時に逆立つ。
硬化した毛が鱗のように重なり合って石を弾くが、その衝撃で毯河狸は仰け反った。
「任せて!」
カリーナがその隙を逃さなかった。
波揺振輪が鈍く煌めき、波動が走る。
毯河狸が大きくふらつき、岩場に倒れ込んだのを見て、接近してとどめを刺した。
――その後も手段を変えながら、立て続けに八匹仕留めた。
ヴェリナは疲れた様子も見せず、手分けして周囲を探索している。
森で狩りをしていたと言うだけあって、動きは終始こなれている。
初心者は張りつめがちだが、彼女は自然体を保っている。華奢な割に体力もあるようだ。
彪柄猪を一人で狩ったことがあるというのもうなずける。現時点でも三環級以上の実力は確実にあるだろう。
「そろそろ小屋に戻るか」
衛務庁からは十五匹まで狩猟許可がでているが、いい頃合いで切り上げることにした。
――その時。対岸の藪の先に大きな影が動いたのを目の端で捉えた。
「下がれッ!」
すかさず不虧勍断刃を抜き放ち、剣身を盾にする。
風切り音とともに飛来した水流が飛沫をあげて弾け散る。
俺の影に隠れた二人の無事を確認し藪を睨みつけると、木の間を割って立派な枝角が現れた。




