第21話 買物
脇を通る細い街水路の流れに逆らいながら、広い坂道を抜けて大通りへ出た。
今日はヴェリナとリュティスを連れて、商店通りに買い物に来ていた。
クィヴェラ族の里を出るとき、すべてを持ち出せたわけではなかった。
彼女たちがこの街に来てから身の回りの最低限のものは揃えたが、本格的な買い物は後回しになっていた。
服も足りてはいるが、これから寒くなることを考えると、いまのうちに買い足しておいたほうがいい。
二人がいま着ているクィヴェラ族の衣装は、風亜麻の長袖とズボンの上に、肩で吊るように上衣を被ったものだ。
魔術で長い繊維だけを選別して加工したものらしく、髪色と相まって街では少々目立っていたかもしれない。
急ぎなら簡易既製品や古着もあるが、今回は注文して仕立ててもらう。
明後日の狩りに必要なものだけは、すぐに手に入るもので揃えるつもりだ。
まずは、アイリスに教えてもらった女性向けの服飾店に入った。
「いらっしゃませ~」
穏やかな声で出迎えたのは店長のサロマ。
顔見知り程度だが、アイリスやカリーナと話しているときに何度か出会ったことがある。
「この二人の服を仕立ててもらいたい。頼めるか」
「はい~。では、採寸いたしますね~。こちらへどうぞ~」
リュティスとヴェリナをサロマに任せ、俺は長椅子に腰を下ろした。
小洒落た店内は隅々まで整っており清潔感がある。
牛革張りの長椅子は弾力性があり、羊毛の敷皮はなめらかで手触りがいい。
この店はサロマのほかに、ライネという女性が経営に携わっていると聞いている。
店名は二人の名を取ったサロマライネ。できて二年ほどの店だが、若い女性に人気があるらしい。
店内に飾ってある服は凝った意匠ではないが、丁寧な誂えで細部にこだわりが感じられる。
採寸が終わった二人は、サロマに相談しながら服を選び始める。
素材はこのあたりでは風亜麻や娟毛羊の毛を使ったものが主流だ。
娟毛羊の紡毛は見た目にも柔らかく、シンビルの冬を乗り越えるのに十分な暖かさがある。
服を選び終えた二人は紡毛の手入れの方法についてサロマに質問し、ブラシも購入することを決めた。
話の区切りで、俺は長椅子から立ち上がる。
「服の受け取りはいつ頃になりそうだ?」
「全部できるまで、十日ほどかかります~。急ぎのものがあれば優先して作業しますが~、いかがしますか~?」
俺が二人に視線を向けると、ヴェリナが短くうなずく。
「十日後で大丈夫です」
「わかりました~。お支払いはこちらにお願いします~」
差し出された空フェイに俺の幣環体の刻印を合わせて一滴の魔力を流す。
サロマは受け取った虚幣を確かめると顔を上げた。
「はい。たしかに~。……それと~、少しお待ちくださいね~。――ライネちゃ~ん」
サロマが店の奥へ一度下がる。しばらくして、小瓶を手に戻ってきた。
「お待たせしました~。こちら、ライネちゃんが作った洗髪剤なんです~。たくさんお洋服を買ってもらったので、少しだけですが差し上げます~。とってもいい香りなんですよ~」
サロマが小瓶のコルク栓を抜くと、ほのかに上品な香りがした。
洗髪剤――泡茎樹の茎根の煎液に香りをつけたものだろう。
シンビルの名産でもある石鹸は髪を洗うのに向かない。
昔から変わらず使われるこの煎液は、最近では香り付けの工夫をしたものが人気だと聞く。
俺が目で促すと、リュティスは小瓶を受け取って顔に近づけた。
「――甘くて、優しい香りがします。花の香りでしょうか」
「そうなんです~。雪綿草の花の香りなんですよ~。もし気に入ったら、買いに来てくださいね~」
ヴェリナも小瓶の香りを確かめて、心地よさげにうなずくと栓を閉めた。
あらためてサロマに礼を言って店を出た。
少し先の中央広場に目を向けると、恒刻円環は赤黒黒赤に彩られていた。
次はヴェリナの装備だ。そのまま商店通りを進み、馴染みの店の扉を開ける。
雑多に物がある店内では、カイウスが品の整理をしているところだった。
「おう、ルーク……ん? 珍しいな、連れか?」
「ああ。リュティスとヴェリナだ。わけあって手を貸している」
二人が順に名乗り、小さく頭を下げた。
「俺はカイウスだ。よろしくな。見ての通り商人だ。……で、今日はなんの用だ?」
「ヴェリナの装備を整えたい。靴と防具、それから鞄なんかも一通り見せてくれ」
「靴はそこらへんの棚にあるものしかないぞ。防具は……そうだな」
カイウスは言いながら、カウンター奥の棚からフードのついた上衣を取り出した。
「これなんかどうだ?」
差し出された上衣をヴェリナが受け取って広げる。
黒地に草花のような柄がうっすらと浮かぶのは茲衣山羊革の特徴だ。
リュティスが手伝いつつヴェリナが袖を通してみたが、寸法は問題なさそうだ。
「見た目より重みがありますね」
「急所に黒螺鋼の当金が仕込んである。それより軽いのだと革製の防具しかないが……厳しいか?」
ヴェリナはしゃがんだり軽く跳ねたり、簡単な動作を試して動きに問題がないかを確かめる。
「いえ、負担というほどではありません。見た目より重いというだけで、金属が入っていると思うと軽く感じるぐらいです」
「黒螺鋼は鉄より三割ほど軽いが、粘りが強く剛性も優れている。近年ではすっかり標準材だな」
茲衣山羊革も形質素材で、特に切りつけに強い。防御力は十分だろう。
他にも軽量薄型の胸当て、水辺で滑りづらい丈高のブーツなど……ヴェリナに合ったものを順に見繕っていく。
途中、カイウスがティナの父親だと知ってリュティスが目を丸くする場面などもありつつ、一通り必要なものが揃った。
上衣は上等なもので値も張ったが、ケチって大怪我するよりはマシだろう。
会計を終えた帰り際、カイウスが小箱を取り出した。
「ほら、これも持ってけ」
どうやら油や布、替え紐など手入れ用の道具が入ったものらしい。
カイウスは商人らしく、いい意味でケチな男だ。こういったことは珍しい。
「いいのか?」
「端材をまとめたものだ。売り物にはならん」
「そうか……? 真新しいってほどではないが、まだまだ使えそうだがな……」
「いいから黙って持ってけ」
カイウスは、俺にだけわかるように目配せをした。
店に入ったときから、不自然なぐらいなにも聞いてこないなとは思っていた。
見ない顔な上に、黒髪金瞳の特徴的な見た目の二人だ。
ギデオンたちがクィヴェラ族の集落を襲撃した件も、それなりに噂が回っている。
情報に敏感な商人であるカイウスなら、口には出さないが事情を知っていたのかもしれない。
カイウスなりの心遣いのつもりなのだろう。そう考えれば、断るのは野暮だ。
察した俺は、意図して大したことじゃないふうに答えた。
「ま、くれるっていうならもらっとくか。ありがとな」
「おう。二人も、また必要なもんがあればいつでも来な」
「ありがとうございます。大切にします」
「ティナちゃんにもよろしくお伝え願います」
笑って手を振るカイウスを背に店を出た。
日が傾きはじめた街路は、先ほどよりも賑わいが薄れていた。
冷ややかな風が吹き抜けて肌を刺す。桂月も終わりが近く、穂月《十一月》には積もりはせずとも雪が降るだろう。
買い物を終えた俺たちは、日が落ちて寒くなる前に水の流れに従って坂道を下った。




