第20話 魔術
ゼディロが帰ったあと、ヴェリナに魔術を見せてもらうため庭へ出た。
彼女の足取りは軽い。怪我が関節部ではなかったのはせめてもの慰めか。もう日常動作に支障は見られない。
とはいえ、まだ激しい動きは控えるべきだ。
「森でも狩りをしていたと言ってたな。何を狩っていたんだ?」
「肉を目的に、曲角鹿や雪草兎、彪柄猪などです」
「彪柄猪だと? 一人でか?」
「いつもではありませんが、一人で仕留めたこともあります」
曲角鹿や雪草兎はともかく、彪柄猪は別格だ。
森に馴染む迷彩柄の皮をもつ猪の魔物で、しなやかで俊敏な動きをする。
「どんな魔術を使っていたんだ?」
「実際にお見せします。何か、的になるものがありませんか?」
俺は倉庫の脇から薄樺樹の薪木を何本か取り出すと、庭に並べた。
「これでいいか?」
「はい。では、簡単なものからいきます」
ヴェリナが薪木に手を向ける。
直後、彼女の前方の空気がわずかに揺らぎ――風が走った。
乾いた音とともに、薪木が面で叩かれたように弾け、木片を散らして転がった。
「……何をしたんだ?」
「空気を圧縮して放ちました。雪草兎くらいなら、これだけでも片付きます」
「ほとんど予兆がないように見えたが、クィヴェラ族の魔術ってのはそういうものなのか?」
「魔術によります。警戒心が高い相手には、そういうものを選んでいました」
人に撃っても、急所に当たれば効きそうだ。
よほど頑強な相手でも、体勢を崩すぐらいの威力は感じられる。
「連続で撃てるか?」
ヴェリナが首を縦に振る。彼女の腕の先で、空気がまた弾けた。
転がった薪木が止まって、一呼吸――再度、横殴りの衝撃に薪木が吹き飛ぶ。
ヴェリナは呼吸を整えるように息を吐き、口を開く。
「これぐらいが限界です。魔術を続けて使うのは、かなりの負担になります」
「けっこう間隔が要るな。外したときが少し怖いか」
「そうですね。魔術を使った後は、逃げることに徹しています」
「他にも見せてくれるか?」
「はい。次は、もう少し強い魔術を使います」
ヴェリナが別の薪木に手を向けると、彼女の髪先がわずかに逆立つ。
離れて立つ俺の肌にも不快感がまとわりつく。
空気が張りつめ、視界に浮かんだ薄青い糸がヴェリナと薪木を結んだかのように見えた。
一拍後――糸に引かれるように、青白い雷光が蛇行して走った。
雷光はそのまま薪木を貫き、地に刺さって消える。
木口が内側から爆ぜ、低い破砕音が響いた。
「……驚いたな。かなりの威力だ」
焦げた匂いの漂う中、ヴェリナが小さく息を吐く。
「彪柄猪はこれで斃していました」
彪柄猪は強いといっても、相手をナメてかかるところがある雑な動きの多い魔物だ。
地面を掘り返したり足を止めることも多い。この魔術なら十分倒せるだろう。
まださほど疲労の色も見えないヴェリナに、気になった点を問いかける。
「魔術を使うとき、手を向けるのは必要なことか?」
「なくてもできますが、狙いがつけやすいので。目印があると、安定します」
「手から放っているわけではないな?」
「はい。どこから、というのは言い表しづらいですね。……そういえば、穎理人の方はどのように魔導具を使っているのですか?」
「どうって言われても、こっちも言葉にするのは難しいな。歩いたり、手を動かしたりするのと同じような……ある意味、魔導具が身体の延長部になったような感覚だが、より感覚的だし、さじ加減もわかりづらい。……ちょっと待っててくれるか?」
魔導具に関しては、実物を見せたほうが早いだろう。
倉庫に入り、魔導灯と火点具を手に取る。
庭に戻りかけたところで、ついでに燃鱗蜥蜴の鱗粉も持って外に出た。
ヴェリナに声をかけ、石囲いがある場所まで移動する。
「この魔導灯のように、魔力さえ注げば魔力が尽きるまで決まった作用を続ける魔導具を、持続型と呼んでいる。こっちの火点具のように、魔力を注いだ分だけ即座に事象に変換し、同時に操作も要求されるものを、即応型と呼ぶ」
「そのような違いがあるのですね」
「持続型は応用の幅が限られることもあるが、扱いやすい。魔力を流すだけだからな。だが、任意解除ができない不自由さもある。魔導灯も必要がなくなったら蓋をして光を遮ることはできても、注いだ魔力の消費は止められない」
「それは、少し勿体ない気もしますね」
「素材によるが、持続型は素材の大きさや形によって持続時間や効果の幅を調整できる。使い勝手がいいように釣り合いを考えて作られてはいるはずだ。一方で、即応型は取り扱いが難しいが強力なものが多い。戦闘で使うのはほとんどが即応型だ」
火点具以外の魔導具は一度近くに置き、石囲いの中に薪木を一本移す。
俺が火点具に魔力を流すと、先端の焔焦尖から薪木に向かって小さな火が吹き出た。
木肌は細い煙を上げたが、燃えるほどではなかった。
「私もやってみていいですか?」
火点具を渡すと、ヴェリナの手により先ほど見た光景が繰り返された。
「これは……ものすごく効率が悪いですね」
「ああ。実際、火点具はあまり使われない。戦闘で使うのは、より大型の焔焦杖だし、火をつけるなら魔力を使わない方法だってある」
そう言って、俺は手に持っていた容器を開けて中身を見せる。
「これは?」
「燃鱗蜥蜴の鱗粉だ。こいつは油分に触れると強く反応し燃え上がる」
薪木に油燈菜油を垂らし、鱗粉をかける。
一瞬で火が起こり、薪木が燃える。予想より大きな火に驚いたのか、ヴェリナは一歩後ろに下がった。
「すごいですね……魔力がいらないのですか?」
「そうだ。促癒薬の素材である促癒葉樹の葉なんかもそうだが、素材だけで効果を発揮するものは簡易魔導具と呼ばれる」
「魔力を使わない魔導具ですか……」
「正確には魔導具ではないと思うがな。昔からの名残か、そうやって呼ばれている」
「これらは、貴重なものですか?」
「大抵は魔源窟の規模と比例するな。燃鱗蜥蜴の魔源窟なんかは結構な規模でな。鱗粉は出回りすぎている。そのせいで昔、放火が増えて大問題になったらしい。その利便性から日常的に火付けに使われているが、こうやって粉のまま所持するには国の許可証がいるし、燃鱗蜥蜴の鱗粉が犯罪に使われた場合の刑罰は特に重い」
「たしかに、簡単に使えすぎるのも考えものですね」
「そうだな。投げた衝撃で油と混ざって燃え上がる投擲具なんかもあるが、持ち込み禁止の街も多い」
納得したようにうなずいたヴェリナは、新たな疑問を口にした。
「あの、水を温めたり、部屋を暖めるのに使っていた魔導具なども使えそうなものですが」
「調温管か。たしかに結構な温度になるから、あれを当てるだけでも強力だろうな。実際にそういう武器もあるはずだぞ。ただ、あれの素材の熱守棒は耐久性が脆弱すぎる。振り回せば一発で壊れるだろうし、ひびが入るだけでも機能を停止してしまう」
「いろいろと制約があるんですね」
「そうだ。ヴェリナは、魔導具を触ったのは初めてか?」
「魔導灯は、私も街に来てから何度か触りました」
ヴェリナがそう言って、石垣の上に置いていた魔導灯に手を伸ばす。
その手は明らかに届いていないように見えたが、驚くことに魔導灯が灯った。
「おい、いま魔導具に触れていたか?」
「……? 触れていませんよ」
「触らずに魔力供給できるのか?」
「えっと、これぐらいの距離までなら……」
ヴェリナは腕を広げ、大体の長さを表す。
「一珊尺ぐらいか?」
「珊尺……ですか?」
「等珊を知らないか?必ず等間隔に節が出る珊瑚なんだが、そのひと節を珊節。十個分の長さが珊尺。あくまで目安だが、一般的な剣は一珊尺ぐらいの長さだ。扉の高さで、二珊尺ぐらいだな」
「なるほど。ちょうどそのぐらいの距離だと思います」
「……それにしても驚いた。魔導具は触れないと扱えないという先入観があったからな。短い距離とはいえ離れて扱えるとは……魔術も同じか?」
「はい。危険なものはできる限り遠くから放っています」
そういえば、さっきの雷も少し前の空間から発生したように見えた。
感心する俺に、ヴェリナが続ける。
「魔導具は街に来るまで見たことがなかったので、できないものもあるのかもしれません。魔導灯は何度か触れましたが、問題なさそうですね。でも、触れたほうが魔力効率はいいです」
「なら、火点具はどうだ?」
俺は火点具を薪に向け、地面に置く。
ヴェリナが手を向けるが、火がつくことはなかった。
「……ちょっと難しそうです」
「そうか」
万能というわけではないらしい。
俺は小さくうなずき、話題を戻す。
「だいぶ話が逸れちまったが、結局のところクィヴェラ族の魔術は、やろうと思えば何でもできると思っていいのか?」
「知っている現象なら、だいたいのことは。でも、仕組みを理解しているかどうかで、再現性や効率は大きく変わります。複雑すぎたり、不可解なものは難しいですね。個人によって、得手不得手もあります。それに、無から物体を生成したりはできません」
「環境に影響されるのは魔導具も同じだな。にしても、魔導具なしで特定の事象にも縛られないというのは、俺らからしたらとんでもない能力だ。というか、直接体内から壊したりもできるんじゃないのか?」
「乾いた木を燃やしたりはできますが、魔力を持つ生物などに直接は作用できないんです。あくまで、起こした事象をぶつける形ですね。怪我を治したりもできません」
「そう上手くはいかないか。あとは、そうだな……守る手段については、何かはあるか?」
「土などで壁を作るぐらいでしょうか。少し時間がかかります」
ヴェリナは両手を前に突き出すと、地面が徐々に盛り上がり、壁を象った。
「強度を知りたい。殴ってみてもいいか?」
ヴェリナが一歩後ろへ下がったのを確認して、四割程度の力で殴ると、土壁は呆気なく崩れた。
「あまり意味はなさそうだな」
「そうですね。岩陰にでも隠れたほうがよっぽどましです」
「魔術で距離を取ったり、逃げたりする手段はあるか?」
「足場を泥のようにして崩すか、濃霧で視界を妨害するなどでしょうか……。どちらもそれなりに時間はかかりますが」
「なるほどな。まぁ、だいたいはわかった。やはり、実戦でも見てみたいな」
ヴェリナの顔色に少し疲れが見えはじめている。試すのはここまでにしておこう。
道具を片付けて家の中へ戻る。
ヴェリナのぶんもコップに水を入れて、長椅子に腰を下ろした。
「正直なところ、魔術師らしい弱点はあるものの、魔術の威力については思っていた以上だった」
今日の所感では、集落で襲われていたのを見たときよりも戦えそうな印象を受けた。
わざわざ集落の襲撃の件を思い出させたいとも思わないので口には出さないが、あの時かなり一方的に見えたのも、対人慣れしていなかったり、奇襲だったことが痛手だったのだろうか。
「数日中に毯河狸を狩りに行くぞ。知っているか?」
「いえ。どんな魔物ですか?」
「ここから西の河辺に棲む魔物だ。縄張り意識が強く、近づく者には襲いかかってくる。鋭い歯と長い尾を持ち、水面からは石を投げて牽制してくる。特徴的なのは分厚い毛だ。瞬間的に硬くなり、角度が悪ければ黒螺鋼の刃でも欠けてしまう」
厄介なところはあるが、水辺に近づきすぎなければ後衛ならあまり負担もかからないだろう。
「わかりました。よろしくお願いします」
その後、約束していたとおり、カリーナにも予定を確認しに行った。
四日後が空いているということで、その日に三人で狩りに行くことに決まった。
狩りまでにヴェリナも装備を整えておいたほうがいいだろう。
最近は、馴染みの店にも顔を出せていない。明日からの予定に思いを馳せながら、静かな夜を過ごした。




