第17話 広場
アルヴィンたちの家で過ごした翌日。俺はリュティスと並んで政庁舎を訪れた。
備刻円環の同期を取るためだ。
受付に用件を伝え、職員といっしょに裏手の階段を上る。
庁舎の上に建つ恒刻円環の盤面手前で制止された。
「先に恒刻円環への魔力供給をお願いします」
魔力の抜けた彩転晶は、稼働中の彩転晶に近づけると周期が揃う。
その際、動いている側から魔力を奪ってしまうことになる。
受付でも説明されたが、同期の希望者は恒刻円環への魔力供給を義務付けられている。
俺は魔烏紅金に触れ、魔力を流す。
「少しで結構です……はい、確認しました」
恒刻円環の魔烏紅金が鈍く煌めいたのを見て、職員はうなずく。
背負い鞄から備刻円環を取り出し、職員に手渡す。
職員は状態を確認すると、二つの四季環をそっと触れ合わせた。
「お持ちいただいた時計が灯れば、すぐ返します。残りはそちらで魔力を供給してください」
同期がとれた時点ではほとんど魔力が入っておらず、数分も経たず尽きてしまう。
俺が了承すると、リュティスが一歩前に出た。
「わたくしがやります」
「なら頼む。彩転晶に直接触れないようにな」
彩られた備刻円環をリュティスが受け取ると、魔烏紅金製の魔力伝導部に触れて魔力を注ぐ。
備刻円環は恒刻円環と同じ時間を告げている。
今は桂月二十四日の十時三十分だ。
備刻円環を鞄にしまうと、職員が笑顔で呼びかけた。
「では、これで完了ですね。下へ戻りましょう」
無事に用は済んだ。
政庁舎の玄関から二人並んで外へ出る。
「衛庁舎にも少し寄っていいか?」
「はい。お仕事ですか?」
「急ぎの依頼があればな」
金には困っていないが、身体は動かしておきたい。
依頼がなければ鍛錬でもするつもりだが、ちょうどいいものがないか確認しておく。
衛庁舎に入り窓口へ近づくと、アイリスの姿が見えた。
「アイリス、依頼はあるか」
彼女は俺と目が合ったあと、隣のリュティスをじっと見つめた。
リュティスがアイリスに挨拶をすると、アイリスも一拍置いて我に返ったように挨拶を返した。
アイリスは書類をめくり依頼の確認をすると、顔を上げる。
「急ぎの依頼はありません。焔月犀の魔源窟で定期採取が五日後に予定されていて、持ち回りの方が怪我をされたのでソドさんにお願いするつもりでしたが……ルークさんにお願いしましょうか?」
焔月犀から採れる焔焦尖は、カリーナも扱う焔焦杖などに使われる。
厄介な相手で、普段は五環級の中でも慣れた者が持ち回りで採取が行われている。
「いや、急ぎがないならいい。今日明日は街にいるが、明後日以降は数日外に出るかもしれん」
「わかりました。遠方に行くときは知らせてくださいね」
「了解。それと、クィヴェラ族の状況はその後どうだ?」
「行政庁から手厚く補助金が出ましたので、当面の生活は問題ないと思います。でもまだ、文化の違いには戸惑っているようですね」
当のリュティスが小さくうなずく。
「皆さまに本当によくしていただいております。道具や作法に戸惑うことはありますが、教えていただけるのが嬉しくて……それに、襲撃のことを思い出す時間が少ないことはありがたく思います」
「なんでも頼ってくださいね。クィヴェラ族の件を聞いて職員一同、力になりたいと思っています」
悲観し続けるよりも、先のことを考えられているのはいいことだろう。
行政庁からの招待状の件もある。一連の出来事もまだ、きれいに片付いたわけではないんだ。
ずっと緊迫した状況が続いても、心がもたない。休めるうちは休んでもらいたい。
「行政庁からは、その後なにも連絡はないか?」
「今のところはありません。『落ち着かれた頃に』と再度正式に文書が届いていますが、具体的には何も」
「そうか。動きがあれば俺にも教えてくれ」
「承知しました。それでは、急な依頼があれば遣いを出します。その時はよろしくお願いします」
「わかった。じゃあな」
別れの挨拶を済まし、庁舎を後にした。
街を流れる水路の水にも冷たさを感じるようになってきた。
そろそろ初雪が近いかもしれない。
✣
買い物をして、商店通りから南区へ抜ける。
通りがかった広場では子どもたちが遊んでいた。
一人の男の子の後ろに、二人組が何組も縦一列に並んでいる。
男の子が前を向いたまま叫んだ。
「双羽鳥出てこーい!」
それを合図に、最後尾の二人が列の左右に分かれて先頭に向かって駆け出した。
二人は男の子の前で再合流を狙うも、片方の女の子が、先頭にいた男の子に捕まってしまう。
「あの遊びはなんでしょう」
「あれは、双羽鳥捕りって遊びだ。小さい子のやる遊びだな。一番前で待つ狩人役が、前に出ようとする二人のどちらかを捕まえたら交代するんだ」
「双羽鳥とは、魔物のことですか?」
「ああ、奴らも普段二羽で行動しているが、障害物を避けるときだけ左右に分かれて飛ぶだろ?」
感心したようにうなずくリュティス。
そのまま通り過ぎようとしたところで、子どもたちの中にティナがいるのを見つけた。
ちょうど目が合ったティナは大きく手を振る。
「あ、ルークだ! なにしてるのー! 一緒に遊ぼー!」
苦笑いで手を振り返すと、ティナが駆け寄ってきた。
隣にいるリュティスを見て、ティナが笑顔で挨拶をする。
「はじめまして! わたし、ティナっていうの。おねえさんは?」
「リュティスです。ティナちゃん、よろしくね」
「よろしくー! いまね、あっちで遊んでるの。リュティスもいっしょに遊ぼーよ!」
無邪気なティナに圧されるリュティスを見て、俺は口を挟む。
「物怖じしないのはおまえのいいところだな」
「えー? どういうこと? リュティス、なにかイヤだった?」
「ううん。そんなことありませんよ。ティナちゃんが明るくて可愛らしいなと思っていました」
「ほんと!? リュティスもかわいいよー!」
苦笑する俺の横で、リュティスは頬をほころばせる。
他の子どもたちは今も広場の中を駆け回っている。
「にしても、ずっと走り回っててよく疲れないもんだな」
「みんなで遊ぶの楽しいもん! でも双羽鳥捕りは、ちょっとあきてきたかなー。何かいい遊びないのかな」
「兎狩りの狐なんかはやらないのか?」
「知らなーい、なにそれ?」
他の子どもも寄ってくる。
ティナが「兎狩りの狐って知ってる?」と訊くが、誰も知らない様子だ。
「この辺りじゃ知られていないのか。そういえば、遊んでいたのはウェンロックの子たちだったか」
「わたしウェンロック知ってるよ! お米の国!」
「お、偉いな。白亜米はウェンロックの名産だ。華黄瓜なんかもそうだぞ」
「知ってるよ! それより、兎狩りの狐を教えてよ!」
「わかったわかった。広いところでな」
子どもたちと広場の真ん中へ移動する。子どもたちは……十五人か。ちょうどよさそうだな。
「まず、兎と狐を一人ずつ決める。練習だから誰でもいい」
「なら、わたしが兎やる!レナトが狐ね!」
「わかった!」
返事をした活発そうな男の子が一歩前へ出る。ティナとよく一緒にいる子だ。
「そしたら、他のみんなは円になって手を繋ぐんだ」
子どもたちが手を繋いで輪になる。
「ティナは円の中に立ってろ。レナトは外で円から三、四歩離れたところだ」
全員が配置に着いた。子どもたちは新しい遊びに期待し、落ち着かない。
「狐は兎を捕まえたら勝ち。兎は逃げ切ったら勝ちだ」
「えー。すぐ捕まっちゃうよー。レナト足速いもん」
「円のみんなは兎の味方だ。繋いだ手を上げているときは兎も狐もくぐれるが、下げていると通れない。門の役割だ。上手い具合に開け閉めして兎を守るんだ。途中で手は離すなよ」
「じゃあ、ずっと下げといてもらえばいいんだ!」
「それだと遊びにならないだろ。開始したら円のみんなは数を数える。『いち、に、さん……』と三十までだ。三つ数えるあいだ、ずっと手を下げっぱなしにするのはダメだぞ。必ずどこかひとつは開ける」
「ふーん。おもしろそう!」
「いったんこれでやってみるか。開始するときは全員で『兎、逃げろ!』の掛け声で始める」
「わかった! みんな、準備はいい?『兎、逃げろ!』だよ!」
「あ、それから途中で転んだら『待って!』とか『止まれ!』ってすぐ叫べよ。危ないからな、全員すぐにいったん止まれ」
「うん! それじゃ、いくよ!……せーの!」
「「兎、逃げろー!」」
声を揃えて「いーち、にー……」と数を刻む。
ティナがレナトと反対側に逃げ、レナトは空いている門をくぐる。
同時にティナは門の外に逃げて周りを走る。
何度か内外を行き来するが、二十を数えるころには捕まってしまった。
「あーあ、捕まっちゃった」
「捕まった兎は次の狐だ。狐は円の誰かと交代する。あとは……そうだな、円はゆっくりと回るとか、『門が開くぞー!』『門が閉じろー!』の合図で一斉に門の開閉をしたり、参加するやつらに合わせて難しさを調整するといい。『風が来るぞー!』で一度止まって、円の回転を逆にするんだったか」
「楽しそう!回りながらやってみよーよ!」
子どもたちは賑やかに走り回る。
円は滑らかに回り、腕が上がっては下がり、笑い声が広がる。
少し離れて輪を見守っていると、リュティスが呟く。
「子どもたちが楽しそうにしているだけで、温かい気持ちになりますね」
「そうだな」
そろそろ帰るか――と足を向けかけたとき、後ろから声がかかった。
「リュティス様、ルークさん、こんにちは」
クィヴェラ族の三人家族の旦那、たしかカレオだったか。
後ろに妻のヴィシアと子のミュランが連れ添っている。
「数日ぶりだな。その後、問題なく過ごせているか?」
「はい。あらためて感謝します。学び舎があると聞いたので、ミュランの相談をしてきたところです」
そういえば六歳ぐらいだと言っていたか。シンビルでは森の学び舎と呼ばれる自然とのふれあいによる学習を三歳から行い、六歳から学び舎で読み書きや計算を勉強するのが主流だ。
広場の脇から俺たちの姿が見えて、声をかけにきたらしい。
「この街は優しい方ばかりですね。森の外がこんなにも平和だとは思っていませんでした」
「生活が安定している街は、こんな雰囲気のところが多い。だが、変な奴もいるところにはいる。慣れすぎて無警戒になりすぎないようにな」
「はい。心がけます」
ふとミュランを見ると、遊んでいる子どもたちのほうを気にしているようだった。
ちょうどいい。カレオたちに提案してみるか。
「あの子どもたちの中に俺の知り合いの子がいてな、今ちょうど遊びを教えていたんだ。ミュランも混ぜてもらうか?」
ミュランがぱっと明るい笑顔を見せる。
「いいの?」
「ティナは八つだが、中には六つぐらいの子もいる。学び舎でも会うだろうしな。カレオ、どうだ?」
「それは、こちらからお願いしたいぐらいです」
「よし、聞いてみよう――ティナ!ちょっといいか!」
兎狩りの狐に夢中だった子どもたちは「待って!」と叫んで足を止めた。
ティナが駆け寄ってきて、小首を傾げる。
「なーに?」
「この子、ミュランっていうんだが、最近シンビルに越してきたんだ。学び舎にも通うらしいんだが、仲良くしてやってくれないか?」
「そうなんだ! ミュランくん、よろしくね! わたしはティナ!」
「ミュランだよ。よろしくね!」
「ねぇ、みんな来てー! あたらしい子だよ!」
子どもたちがわいわいと集まる様子に、カレオとヴィシアは胸を撫で下ろす。
「ルークさんにはお世話になってばかりです。ありがとうございます」
「気にするな。俺たちはもう帰るが、時間があるなら見ていてやるといい」
近くの丸太椅子を指さすと、カレオとヴィシアは笑顔でうなずいた。
「ティナ、俺とリュティスは帰る。怪我しないようにな」
「うん! ルークありがとう! リュティスも、ばいばーい!」
広場を離れ、南へと坂を下る。振り返ると、庁舎上の恒刻円環は青黄青黄に綾なしていた。
鞄の中の備刻円環も、同じ時間を刻んでいるだろう。




