第6話:失われた記憶と、物語の再編
『物語』を再編する力。
それは、失われた記憶を呼び覚まし、虚構と現実を繋ぐ力。
しかし、その力は、同時に『物語』の作者としての責任を、私に突きつける。
私は、ただの『登場人物』から、『作者』へと変わるのか。
私は、今、その第一歩を踏み出した。
私の指先から生み出された言葉は、小さな光の粒子となって、この『空白』の世界に漂い始めた。
『私は、大切な人を失った。』
その言葉は、私の失われた記憶の断片を呼び覚ます鍵となった。
視界が歪み、過去の風景が鮮明な映像として蘇る。
そこには、笑い合う私と、もう一人の少女の姿があった。
彼女の名前は、水瀬 綾音。
私の、たった一人の親友だった。
私たちは、いつも一緒にいた。
授業中も、放課後も、休日も。
二人で小説を書き、お互いの作品を読み合うのが、何よりも幸せな時間だった。
「ねぇ、みつき。もしも私たちが、小説の登場人物だったらどうする?」
「物語の主人公は、いつも苦難に立ち向かわなきゃいけないから、嫌だなぁ」
私たちは、そんな他愛のない話をして笑っていた。
しかし、その笑い声は、やがて悲鳴に変わった。
綾音は、交通事故で、私の目の前で、この世界から消えてしまったのだ。
私の世界から、色が失われた瞬間だった。
悲しみと絶望に、私は立ち尽くすことしかできなかった。
そして、その日から、私は自分の人生を『虚構』として捉えることでしか、生きられなくなってしまった。
この世界は、綾音がいない、つまらない『舞台劇』に思えた。
だから、私は、誰かが紡ぐ物語に依存することで、自分を保とうとした。
零士の『グレイ=レイヴン』は、そんな私にとって、唯一の光だった。
誰かが私の人生を書いてくれる。
誰かが私の存在を認めてくれる。
それは、私にとって唯一の『真実』だった。
しかし、それは幻想だった。
零士は、私を物語の『登場人物』にすることで、私を『作者』としての責任から遠ざけようとしていた。
そして、グレイ=レイヴンは、その呪縛を解くために現れた、もう一人の『作者』だったのかもしれない。
私は、再びメモ帳に言葉を書き記す。
『私の大切な人は、もういない。』
その言葉が、私の心に深く染み渡り、失われた記憶が、より鮮明な物語となって私の心の中で再構築されていく。
そうだ。
私は、自分の物語を紡ぐことでしか、この『空白』から抜け出すことはできない。
そして、私が紡ぐ物語の力で、いつか、綾音を取り戻せるかもしれない。
そう、私は、そう信じたかった。
私は、ペンを握り直し、新たな物語の始まりを、この世界の空白に刻みつける。