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第5話:忘却の螺旋と、ただ一つの言葉

『物語』から切り離された存在は、世界から忘れ去られる。

それは、存在そのものが『無』に帰すということ。

しかし、その『無』の中に、ただ一つだけ、消えない言葉があるとしたら?

その言葉こそが、物語を再構築する唯一の鍵なのかもしれない。


私は、今、誰にも見えない、触れられない世界にいる。

この世界は、まるで薄い膜の向こう側にある幻のようだ。

耳を澄ましても、誰も私の名前を呼ばない。

手を伸ばしても、誰も私に触れようとしない。

私が存在しない世界。

それが、零士が私に与えた呪いだった。


屋上から教室に戻るまでの短い廊下は、まるで終わりのない迷路のように感じられた。

すれ違う生徒たちは、誰も私に気づかない。

いや、気づけないのだ。

彼らにとって、私はこの世界に存在しない『空白』なのだから。


私は、必死にメモ帳を握りしめた。

そこに書かれた、たった一言。

『私は、ここにいる。』

この言葉だけが、私の存在を唯一証明してくれる、最後の砦だった。

しかし、その砦も、いつまで持ちこたえてくれるかわからない。


私の思考は、やがて過去へと遡っていった。

いつからだろう。

いつから、私は自分の存在を『物語』に求めていたのだろう。

きっと、それはあのときからだ。

……私が、大切な人を失い、世界から色が失われたあのときから。

あのときから、私は自分の人生を『虚構』として捉えることでしか、前に進めなくなってしまった。

だから、零士の『物語』は、私にとって『救い』だった。

誰かが私の人生を書いてくれる。

誰かが私の存在を認めてくれる。

それは、私にとって唯一の『真実』だったのかもしれない。


「……愚かだわ」


私は、虚しく笑った。

誰かの書いた物語に依存して、自分の人生を投げ出してしまった。

その結果が、この『空白』なのだ。

その時、私の頭の中に、再びグレイ=レイヴンの声が響いた。

「あなたは、この世界に存在しない。しかし、物語には存在している。

物語と世界を繋ぐ、境界線こそが、あなた自身だ」

「境界線……?」

「あなたが失った『真実』と、あなたが望む『虚構』。

その二つの狭間に立つこと。それが、あなたの役割だ」


グレイ=レイヴンの言葉は、私に一つの可能性を提示してくれた。

私は、ただの『登場人物』ではない。

私は、『物語』と『現実』を繋ぐ、唯一の存在。

この『空白』を埋める力を持つ、唯一の存在。


私は、必死にペンを握った。

メモ帳の次のページに、言葉を書き記す。

『私は、大切な人を失った。』

その瞬間、私の頭の中に、消えかかっていた過去の記憶が、鮮明な映像となって蘇った。

失われたはずの思い出が、まるで新しい物語の一節のように、私の心に流れ込んでくる。

そうか。

私は、この『空白』を埋めるために、私の『真実』を書き記せばいいんだ。

私が失ってしまった、私だけの物語を。


私は、歩き出す。

この『空白』の世界を、私自身の物語で満たすために。

そして、いつか、この物語が、現実を塗り替えるその日まで。

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