第4話:物語の“空白”を生きる
小説の登場人物が、作者の意志を拒絶する。
それは、物語の筋書きから外れるということ。
それは、『空白』を生きるということ。
そして、それは、世界そのものから存在を忘れ去られることと、同義なのかもしれない。
私は、今、その『空白』の中にいる。
零士の部屋から外に出ると、世界の色が少しだけ薄くなったような気がした。
いや、違う。色が薄くなったのではなく、私の存在感が薄れたのだ。
誰も私に声をかけない。
誰も私に目を向けない。
私が廊下を歩いても、まるでそこに誰もいないかのように、生徒たちは私をすり抜けていく。
「……どうして」
私は、自分の手が透けて見えるのではないかと、恐る恐る掌を広げてみた。
透けてはいない。
でも、その存在は、まるで霧のように曖昧だった。
――これは、零士の呪い?
彼が、私の『物語』の結末を書き換えようとした私への罰なのだろうか?
その時、私の頭の中に、グレイ=レイヴンの声が響いた。
まるで、私の思考に直接語りかけるかのように。
「彼は、あなたを『物語』から切り離した」
「切り離した……?」
「作者の意志に反した登場人物は、物語から不要な存在として排除される。
あなたは、今、物語の“空白”を生きている」
グレイ=レイヴンの言葉が、私の心臓を深く冷やす。
「じゃあ、このまま私は……」
「このまま、あなたは誰からも忘れ去られ、やがて消滅する。
物語に存在しないものは、この世界にも存在しない」
その言葉が、私の絶望を決定的なものにした。
私は、このまま消えてしまうのだろうか?
誰からも、何からも、忘れられて?
私は、必死にスマホを取り出し、《YoruNote》のサイトを開いた。
しかし、どういうわけか、私のスマホでは《YoruNote》にアクセスできない。
まるで、私がこの世界から切り離されたように、ネットの世界からも切り離されてしまったかのようだった。
「……諦めるな、鏡夜みつき」
グレイ=レイヴンの声が、再び響く。
「この物語の真の作者は、あなた自身だ。
そして、作者であるあなたにしか、この世界を塗り替えることはできない」
「でも、どうやって……」
私は、自分に問いかけた。
私は、どうやってこの空白を埋めればいい?
私は、どうやってこの世界に、自分の存在を取り戻せばいい?
その答えは、私自身が『物語』を紡ぐことだ。
私が、私自身の人生の『物語』を書き始めることだ。
私は、震える手でポケットからメモ帳を取り出した。
そこに、たった一言だけ、鉛筆で書き記す。
『私は、ここにいる。』
その瞬間、私の周りに、わずかな光が灯った。
まるで、私の書いた言葉が、この世界の空白に、小さな命を吹き込んだかのように。
私は、その光を頼りに、歩き始めた。
この世界の空白を、私自身の物語で満たすために。
私の人生は、まだ、始まったばかり。