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第2話:嘘つきな君と、壊れた世界で

小説の主人公が、自分の人生を物語だと悟る。

そのとき、世界はただの舞台装置に成り下がり、登場人物たちは自分の役割を演じるだけの“人形”になる。

そして、その物語を紡ぐ“作者”は、全能の神となる。

私の隣に座る葦原零士という少年が、その神だというのなら――。


私は、彼の「創造物」なのかもしれない。


屋上のドアがゆっくりと閉まる音が、遠い雷鳴のように聞こえた。

残されたのは、私と、冷たい風と、そしてスマホの画面に映る、見慣れた物語。

『グレイ=レイヴン』。

作者【灰色の渡り鳥】。


私は震える指で、もう一度第1話を開いた。

《俺の名前は葦原零士。ごく普通の男子高校生だ。

この物語は、俺の隣に座っている鏡夜みつきという少女の物語である。》

何度も何度も、読み返す。

「なぜ……」

なぜ、彼はこの物語を書いているのか。

なぜ、私の人生を“面白い”と断じるのか。

そして、なぜ私は、彼が書く『物語』を読むことでしか、自分の存在を保てないのか。

その疑問が、私の頭の中で嵐のように渦巻く。


ふと、画面の隅に表示されている投稿日時が目に入った。

第1話の投稿日時──それは、ちょうど私が転校してきた日だった。

偶然?いいや、違う。これは明らかに、作為的な仕掛けだ。

私の人生は、この物語が始まった日から、誰かの掌の上に置かれていた。


「嘘……」


私は力なくスマホを落としそうになり、慌ててポケットに仕舞い込む。

もし、彼がこの物語の“作者”だとしたら、彼は私のすべてを知っていることになる。

私が毎朝、駅前のコンビニで買うカフェラテのこと。

私が授業中にノートの隅に書く、意味のない落書きのこと。

そして、私が誰にも話したことのない、過去の秘密のことまで……。

私の過去は、この物語のどこかに書かれているのだろうか?

過去が書かれることで、私の過去は「真実」になるのだろうか?

頭が混乱の坩堝に陥っていく。

その日の授業は、全く頭に入ってこなかった。数学の公式も、古文の単語も、まるで遠い異国の言葉のように聞こえる。

私の周りの世界は、もはや現実ではない。

すべてが、零士という名の作者が描く、虚構の舞台劇に思えてならなかった。


放課後。

私は、彼に話しかける機会を伺っていた。

「ねぇ、葦原くん」

零士は、机に突っ伏したまま、ゆっくりと顔を上げた。

「……なに、鏡夜さん」

その声は、いつも通り感情の読めない、静かな声だ。

「あなたの小説のこと……もっと詳しく聞きたいの」

私の言葉に、彼は少しだけ驚いたような表情を見せた。

そして、いつもの無表情に戻り、静かに言った。

「じゃあ、放課後、僕の部屋に来ない?……物語の続きを、見せてあげるよ」

彼の提案に、私は一瞬、戸惑いを覚えた。

彼の部屋?どうして?でも、彼がこの物語の真実を知っているのなら、行くしかない。

「……わかったわ」

私は、自分の意思とは裏腹に、彼の言葉に頷いていた。

まるで、最初からそうなることが決まっていたかのように。


彼の部屋は、雑然としていた。

天井まで積み上げられた本棚には、ライトノベルから海外文学まで、ありとあらゆるジャンルの本が並んでいる。

壁には、物語の登場人物らしきスケッチが何枚も貼られていた。

そして、そのスケッチの一枚に、私は釘付けになった。

そこに描かれていたのは、私。

いや、私ではない。

私に酷似しているが、どこか違う。

眼差しはもっと鋭く、髪はもっと長く、そして何よりも、その瞳には「絶望」が宿っていた。

「これ……私?」

「ああ。君の物語の、最終話の姿だよ」

零士は、そう言いながら、パソコンの画面を私に向けた。

そこには、まるでこの世界そのものを描いたかのような、膨大な量のテキストが並んでいた。

「君の人生は、もうすぐ終わる。この物語のヒロインとして、グレイ=レイヴンに殺されるんだ」

彼の言葉に、私の心臓が凍り付いた。

グレイ=レイヴン。

それは、彼の小説『グレイ=レイヴン』のタイトルであり、物語の最重要人物の名前だ。

そして、その名前を口にした瞬間、私の背後に、何かの気配を感じた。

振り返ると、そこにいたのは、灰色のマントを羽織った、フードを深く被った人影だった。

「……誰?」

私が声を絞り出すと、その人影は、フードの奥から私を見つめ、静かに言った。

「私は、君の物語の主人公、グレイ=レイヴン。

そして、作者であるこの少年は、嘘つきだ」

その言葉が、私の頭の中で響き渡る。

零士が言う「物語の結末」と、目の前のグレイ=レイヴンが言う「作者は嘘つき」という言葉。

私は、一体どちらを信じればいいのだろう?

そして、私は、一体誰の物語を生きているのだろう?

私の人生は、本当に「終焉」へと向かっているのだろうか?


この物語の「真実」が、今、目の前で揺らぎ始めた。

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