第八章 知の使徒、桂小五郎
――神の記憶が、剣となる。
この物語は、幕末の江戸を舞台にした歴史×剣戟×神話SFです。
主人公は仇討ちに敗れた浪人。
彼は「カイロス装置」と呼ばれる、異国の“神話の記憶”を宿した禁断の道具と出会います。
土方歳三、坂本龍馬、桂小五郎といった歴史上の人物も登場し、それぞれが異なる“神の記憶”を背負いながら、時代を越えた戦いに身を投じていきます。
ライトノベル風の文体で進めていきますので、お気軽にお楽しみください。
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――その男は、夜でも筆を止めなかった。
京・伏見、ある屋敷の奥座敷。
灯籠の淡い光に照らされながら、桂小五郎は書面に目を通し続けていた。
異国の動き。幕府の腐敗。長州藩内の権力争い。そして、裏で流通する“記憶の兵器”。
すべてを見据えながら、彼は言葉を綴る。
「……この国は、いずれ神話に飲まれる」
ふと呟いたその声は、どこか悲しげだった。
*
同じ頃、榊烈馬と明神巴は東海道を西へ進んでいた。
幕府からの密命――“桂小五郎との接触”を受けて。
「江戸から京までって……簡単に言うけど、めちゃくちゃ遠いよな」
「それでも、君じゃないと務まらない。桂は“神の記憶を持たぬ者”には会おうとしないから」
「……なんで俺に?」
「それを問うのは、桂に会ってからがいいわ」
巴はそれ以上語らず、馬の手綱を引いた。
*
伏見の屋敷。
烈馬たちは案内もなく敷地に通され、襖の前で足を止めた。
「どうぞ」
中から、落ち着いた声が響く。
開けると、そこにはひとりの男が胡坐をかいて座っていた。
髷を結わず、羽織もなく、ただ文机と筆。そして静謐。
「君が、榊烈馬か」
「……そうだが、あんたが桂小五郎?」
「ああ」
彼は笑わなかった。ただ、じっと烈馬を見つめる。
「ひとつ問う。神の記憶を得て、何を得た?」
烈馬は答えに詰まった。
アキレウスの力。剣速、直感、戦闘本能――それらは確かに強さだった。
だが、それは“自分の力”ではなかった。
「……まだ、わからない。でも、あれが“全部”じゃないってことだけは、わかってる」
桂の口元が、ほんの僅かに動いた。
「その答えを、君自身が見つけられることを祈る。君の中のアキレウスは、剣で世界を見た。君は、何で世界を見る?」
「……剣じゃない、“意思”だと思ってる」
「なら、見せてもらおう。その意思の強さを」
桂は、懐から銀の装置を取り出した。
模様は、巻物を掲げた神。
「これは、“プロメテウス型”。知識と火をもたらした神の記憶だ」
巴が目を見張った。
「それを……あなたが?」
「記憶を喰うのではなく、記憶と並び立つ。それが、私の選んだ戦い方だ」
烈馬は、桂のまなざしに圧倒されながらも、一歩踏み込んだ。
「俺に、できるだろうか。記憶に呑まれずに、戦うなんて」
「そのために必要なのは、力ではなく――言葉だ」
桂は、机の上の書を烈馬に差し出した。
「まずは、読むことから始めよう。剣士もまた、学ばねばならぬ時代だ」
烈馬は書を受け取り、黙って頁を開いた。
新たな戦いは、もう始まっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第8章では、ついに桂小五郎が登場しました。
彼はこれまでの登場人物と異なり、「剣」ではなく「言葉」と「思想」で時代と向き合うキャラクターです。
彼の持つカイロス装置〈プロメテウス型〉も、戦闘力ではなく“知”に特化した記憶。
火を盗んだ神・プロメテウスのように、未来を切り拓くための“知識の火”を象徴しています。
この章を通して、烈馬が“力”や“勝ち負け”だけではない価値観に触れていく様子を描きました。
今後、彼が剣士として、ひとりの人間として、どのように“記憶”と“意志”を使い分けていくのかが見どころになっていきます。
次章では、桂の導きのもと、烈馬が「神核炉(オルゴン炉)」と呼ばれる施設の存在を知り、物語はよりSF色を強めながら核心へと迫っていきます。
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