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第六章 記憶を売る者たち

――神の記憶が、剣となる。


この物語は、幕末の江戸を舞台にした歴史×剣戟×神話SFです。

主人公は仇討ちに敗れた浪人。

彼は「カイロス装置」と呼ばれる、異国の“神話の記憶”を宿した禁断の道具と出会います。


土方歳三、坂本龍馬、桂小五郎といった歴史上の人物も登場し、それぞれが異なる“神の記憶”を背負いながら、時代を越えた戦いに身を投じていきます。


ライトノベル風の文体で進めていきますので、お気軽にお楽しみください。

応援・感想などいただけたらとても励みになります!

江戸・神田の奥――表通りから逸れた一角に、灯りのつかぬ長屋がある。


表向きは廃業した薬種問屋。しかし、その地下では、ある“商売”が盛んに行われていた。


「……良い物が入ったよ。神話の王、“ペルセウス”の断片記憶だ。視覚系の反応速度が異様に高い」


帳場の奥、仄暗い空間で、初老の男が小箱を撫でていた。


中には、懐中時計にも似た装置――カイロス装置。


だが、蓋の模様が欠け、光沢にも濁りがある。これは“劣化型”、通称“欠片フラグメント”。


「転写には耐えられんが……断片でも、五感の増幅には使える。お試しにはちょうどいいだろう?」


客の若者が、興味深げに手に取る。背後では、護衛らしき者がじっと警戒を怠らない。


「で、値は?」


「銀二十枚」


「高ぇな……」


「命が延びると思えば安いもんだ」


初老の男――通称「笑い仏」は、江戸の裏で“記憶の仲介人”として知られていた。


カイロス装置の欠片を仕入れ、売り捌き、ときに“暴走者”の始末まで手を貸す。


表の医者、裏の記憶商人。彼の噂は、各藩の密偵や浪人たちにも広まっていた。



「ここが、記憶の市場か……」


廃屋の屋根裏から見下ろしながら、榊烈馬は息をひそめた。


隣には明神巴がいる。


「本物のカイロス装置じゃないわ。ただの断片。だけど、それでも欲しがる者がいる。人の欲望は、いつも先走るから」


巴の声は冷たい。


「今回の任務は、この“笑い仏”と呼ばれる仲介人に接触し、装置の流通経路を探ること」


「接触、って……こんなとこに乗り込むのか?」


「そのために君を連れてきた。転写者同士なら、言葉も通じる」


烈馬は思わず苦笑した。


「それ、誉め言葉か?」


「信頼の証。半分は、ね」


言い終わらぬうちに、巴は屋根から音もなく跳び下りた。


「おい! 待てって!」


烈馬も後を追う。



「なるほど、なるほど……あんたら、幕府の密偵か。あたしぁそういう肩書きにゃ縁がねぇが、商売には中立でいたいんでね」


笑い仏は、にやにやと笑いながら二人を迎えた。


「で? なんの用件で?」


巴が前に出る。


「三日前、深川で“未登録の装置”が使われた。それを、あんたが流したという噂がある」


笑い仏の笑みがわずかに揺れた。


「……噂は噂だよ。だが、面白いな。未登録ってことは……君かい?」


視線が烈馬に向く。


「君から、強い匂いがする。“神の記憶”に触れた者の、焦げたような残り香が」


烈馬は一歩前に出た。


「なら、聞かせてもらおうか。“記憶”ってのは、売り物になるようなもんなのか?」


「売り物だとも。生きる力であり、死の種にもなる。人はいつの時代も、強さを、特別を、奇跡を欲しがる。それが“記憶”だ」


「……そんなもんのために、命を削るやつがどれだけいるか、わかって言ってるのか」


「わかってるさ。だからこそ、商売になる」


烈馬は拳を握った。


その瞬間、巴が制した。


「駄目。ここで騒げば、“記憶喰い”が来る」


「記憶喰い……?」


巴は小声で言った。


「装置を暴走させた者の末路。自我を失い、他人の記憶を食らおうとする“欠落者”。噂では、この近くにも出たって話」


「……」


巴は笑い仏に視線を戻した。


「この取引を幕府に報告すれば、即刻取り潰しもできる。でも――今回は見逃す。その代わり、ひとつ条件がある」


「ほう、条件とは?」


「この先、“記憶喰い”に関する情報が入ったら、最優先で私に流すこと」


笑い仏は、目を細めた。


「商売にはリスクがつきもんだ。だが……あんたらの目は、本気だな。よかろう。取引成立だ」


握手はなかった。ただ、静かに空気が変わった。



夜の路地に戻りながら、烈馬は口を開いた。


「“記憶喰い”っての、本当にいるのか?」


「ああ。すでに三件、報告されてる。どれも、“自我の崩壊”が起きてた」


「俺も、そうなる可能性が?」


巴は一瞬黙ったが、やがて言った。


「……ある。でも、あの時、君は土方に斬られなかった。それが、答えよ」


烈馬は、小さく頷いた。


空に浮かぶ月が、不穏な光を放っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


第6章では、カイロス装置が「異能の力」だけでなく、「裏の流通商品」として売買されている実態を描きました。

記憶は剣にもなれば、毒にもなる――そんな“危うい魅力”を持つ存在です。


また、初登場となった“笑い仏”や“記憶喰い”といったワードは、今後の伏線にもつながっていきます。

次第に舞台は広がり、烈馬の旅路は「剣の修行」から「記憶と世界の構造」へと踏み込んでいきます。


巴との信頼関係も少しずつ深まってきましたね。

ツン多めですが、根は優しいヒロインです。


次章では、ついに“記憶喰い”が実際に姿を現します。

どうぞ引き続きお楽しみください!


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