第五章 龍の策、動き出す
――神の記憶が、剣となる。
この物語は、幕末の江戸を舞台にした歴史×剣戟×神話SFです。
主人公は仇討ちに敗れた浪人。
彼は「カイロス装置」と呼ばれる、異国の“神話の記憶”を宿した禁断の道具と出会います。
土方歳三、坂本龍馬、桂小五郎といった歴史上の人物も登場し、それぞれが異なる“神の記憶”を背負いながら、時代を越えた戦いに身を投じていきます。
ライトノベル風の文体で進めていきますので、お気軽にお楽しみください。
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土佐藩邸、江戸・品川。
その一室に、坂本龍馬はいた。
羽織を脱ぎ、足を投げ出したまま、長机に頬杖をついている。
見た目はただの飄々とした男。だが、彼の頭の中は、常にこの国の先を走っていた。
「……そろそろ、仕掛けどきやな」
独りごちる声に、部屋の隅からひとりの男が現れた。
「龍馬さん、例の“転写者”と接触を?」
「いや、まだええ。今は観察や。
焦って声かけてもアカン。剣の匂いがまだ強い。あいつが“人として戦う”気になった時、初めて話が通じる」
「それまでは……?」
「江戸で泳がしとく。新選組の鬼副長にまで目ぇつけられとる。下手に手ぇ出したら、こっちが呑まれる」
龍馬は、懐から銀の懐中時計を取り出した。
それは、カイロス装置「オデュッセウス型」。
策略と交渉の神の記憶が封じられている。
彼は、それを“武器”ではなく“鍵”として使っていた。
「神の記憶っちゅうのは、剣やのうて、道を開く道具や。
それを知らん連中は、ただ振り回して自滅して終わる」
男が口を開く。
「で、その“鍵”で開く道は?」
龍馬は笑った。
少年のような笑顔だったが、底知れぬものがある。
「幕府でも薩摩でも長州でもない、新しい国や。
神の記憶も剣も、全部まとめて引き受けられる、そんな器を作る」
「そんな人間が、この国にいると?」
「……たぶん、まだおらん」
龍馬はふっと立ち上がり、障子を開けた。
春の気配が、江戸湾の風と共に入り込んでくる。
「でもな、作ればええ。そのために、神の記憶がこの国に落ちてきたんやと思うとる」
彼の目は遠くを見ていた。
戦の匂いがする深川。
記憶に呑まれかけた剣士。
そして、幕末という名の不安定な時代。
「その浪人――榊烈馬っちゅうたか。おもろい目しとった。
どこかでまた会えるやろ。そん時には、国の話でもしてみようか」
その背に、夕陽が落ちていた。
お読みいただきありがとうございます!
第五章では、ついに坂本龍馬が本格的に動き出しました。
彼の持つカイロス装置「オデュッセウス型」は、剣技とは異なる“戦わない力”――策と思想、対話と未来構想の象徴として描いています。
龍馬は、他の登場人物たちと違って真正面からの戦闘にはあまり関わらず、“時代そのもの”をどう動かすかという視点を持っています。
この章ではその片鱗が垣間見えるように描きました。
次回からは、装置を売買する“裏の商人”や、“記憶を喰う者”と呼ばれる存在も登場し、物語がより深く加速していきます。
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