第四章 アレスの怒り、アキレウスの誇り
――神の記憶が、剣となる。
この物語は、幕末の江戸を舞台にした歴史×剣戟×神話SFです。
主人公は仇討ちに敗れた浪人。
彼は「カイロス装置」と呼ばれる、異国の“神話の記憶”を宿した禁断の道具と出会います。
土方歳三、坂本龍馬、桂小五郎といった歴史上の人物も登場し、それぞれが異なる“神の記憶”を背負いながら、時代を越えた戦いに身を投じていきます。
ライトノベル風の文体で進めていきますので、お気軽にお楽しみください。
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廃寺に響く足音は、妙に静かだった。
土方歳三。
その名を聞いた瞬間、榊烈馬の背中に冷たいものが走った。
男の足取りには迷いがない。
灯籠の火に照らされたその姿は、ただの剣士ではなかった。
それは――戦場の具現。
「君の剣を、見せてもらおう。神の記憶に、誠の刃が勝るかどうかを」
低く、よく通る声だった。
「なんで……新選組が、こんなとこに……」
烈馬が言いかけたのを、巴が制した。
「下がって。あの人は本物だ。言葉のやりとりは通じない」
巴の頬に、一筋の汗が伝う。
「カイロス装置保持者、“アレス型”。戦の神の記憶を、完全に制御している。こちらが手を抜けば……殺される」
土方は歩みを止めた。
「君の中のアキレウス。俺と同じく“転写”を受けた者だろう。だが、神に溺れた剣と、己で研いだ刃。どちらが本物か、確かめたくてな」
その瞬間、空気が変わった。
烈馬の視界が、揺れた。
まるで気圧が下がったような圧。
土方が、構えもなくただ立っているだけなのに、殺気が全身を締めつけてくる。
『――立て。逃げるな。これは、我らの戦いだ』
アキレウスの声が、烈馬の中で吠える。
「……俺は、あんたに勝つつもりはない。ただ――この力を、俺自身の手で使えると、証明したいんだ」
烈馬は刀を抜いた。
気合いではなかった。
怒りでも、恐怖でもない。
ただ、剣士としての本能がそうさせた。
次の瞬間、土方が一歩踏み込んだ。
その速度は、視認できないほど速かった。
「……ッ!」
烈馬が咄嗟に刀を振るう。
だが、その斬撃はわずかに届かず、逆に胸元に鈍い痛みが走る。
土方の拳が、烈馬の胸板に浅く触れていた。
(負けた……?)
だが、土方は続けなかった。
「なるほど。“アキレウス”が全てを乗っ取っていない。まだ君自身の意思があるようだ」
烈馬は息を整えながら立ち直る。
「なら……もう一度!」
烈馬が踏み込む。
今度は、完全にアキレウスの型に頼らず、自分の感覚で刀を振った。
風が鳴る。
土方の肩口をかすめる斬撃。
その刹那、土方の口元がわずかに緩んだ。
「いい目をしている。……悪くない」
その言葉とともに、土方は刀を納めた。
「君に殺意はない。そして、アレスの怒りを真っ向から受け止める胆力がある。――ならば、生きて見せろ。神に喰われずに」
彼の姿は、暗闇に消えていった。
烈馬はその場に膝をつき、ようやく刀を鞘に収めた。
「……勝てた、わけじゃない。でも……殺されなかった」
「それだけで、今は十分だよ」
巴が、優しく言った。
「君は、君の剣を見つけはじめてる」
烈馬は小さく頷いた。
心の奥で、アキレウスが静かに笑っている気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第四章では、ついに烈馬と土方歳三が対峙しました。
土方は、カイロス装置の記憶に呑まれるのではなく、完全に“従えている者”として描いています。
その姿は、烈馬にとっての「もう一つの可能性」であり、「神の力との向き合い方」の基準にもなる存在です。
そして烈馬自身もまた、“アキレウスの型”に頼るのではなく、自分の剣を見つけようとし始めました。
この物語の核となるテーマ「記憶に喰われず、意思で生きる」が、少しずつ形になってきたところです。
次回は、舞台を変えて坂本龍馬が本格的に登場。
策士として、“神の記憶”を政治と思想の武器に使おうとする彼が動き始めます。
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