真実
「凛、なにしに来たの?」
「お姉ちゃんを迎えに来たのよ」
「私に応じる謂れはないわ」
「また、大事な人が傷ついても良いのね」
嘲笑うかのように、不適な笑みを湛え、蘭を挑発してきた。
「あなたがどう聞いているかは知らないけれど、私は7歳の頃に、自慢の髪をザンバラに短く切られ、ボロを着せられ、貧民街に捨てられたのよ。数年浮浪児をして、親切な神風さんに拾われたの。だから、今の私は夜香 蘭ではないの」
「嘘よ! 逃げ出したんでしょ? お役目が嫌で、逃げ出したって」
「逃げ出すもなにも、お父様とお母様がお亡くなりになった翌々日に、私は捨てられたのよ。お役目とやらがなんであるかさえ知らないわ」
蘭は、家の秘密など、本当に知らない。実家がかなり危ない家だと知ったのは、神風家に来て、学習するようになってからだ。
夜香 凛は後退り、引き攣った顔をしながら走り去っていった。
ガタっと音がして、逃げ遅れ机の下に隠れていたらしい学生が出てきた。
「神風さん、話を聞いてしまって、すみません。あれはなんなんですか?」
「何と言われても、生き別れた血縁上の妹かもしれない。としか言いようがないわ。それにしても、13~14歳のはずなんだけど、見えなかったわね」
「13~14歳!? どう見ても神風さんと同じか、むしろ年上に」
「そうよね。ところで、私と話していても、大丈夫ですの?」
「え、あ、退散させていただきます」
頭を下げ、走って講義室を出ていった。
家に帰り、今日あったことを話すことにした。
「今日、大学に夜香 凛が現れました」
「なんだって!」
「え、なんで?」
神風 龍一と錦 百合は、蘭の話に驚いた。
「凛曰く、お役目から逃げ出した私を迎えに来たらしいです。大事な人が傷ついても良いのか? とも言っていました」
「てことは、一連の犯行を認めているのか?」
「恐らくそうなのでしょう」
「なんて事だ」
神風 龍一は、頭を抱えてしまった。
「蘭さん、大学はしばらくお休みしましょう」
「でも、そうすると、他の被害者が増えてしまうかもしれません」
「あのね、あなたも歴とした被害者なのよ?」
「大丈夫だ。蘭、必ず守ってやる」
「むしろここにいて、ここを襲われたら、私は立ち直れません」
そして、蘭は翌日も大学へ行くのだった。
ある日の講義の最中に、事務かたの職員が、誰かを呼びに来た。
「失礼します、急用です。神風 信子さんは、この講義にいますか?」
「はい。私が神風でございます」
「お家の方から、至急戻るように。と緊急の連絡がありました」
「ありがとう存じます」
教授に断り退席し、家に連絡してみたが繋がらず、帰宅を急いだ。
「蘭さん、帰って来てくれたのね」
錦 百合が、玄関の外で、蘭を待っていた。
「百合さん、何があったんですか?」
「社長が襲われました。私はそばにいたのですが、恐らくあれは夜香 凛です」
「ぶ、無事なんですか?」
「容態はなんとも。あなたが本当に拾われたのかを確認していました。9歳か10歳頃に、ガリガリに痩せた浮浪児のようなあなたを拾ってきたと説明しましたが、信じなかったようで、社長に何かして脅していたのですが、それでも社長が意見を変えなかったことで、発狂したように更に社長にふれると、社長はみるみる間に干からびたように、」
そこまで言うと、錦 百合は、顔色を青くし、言葉に詰まり、以後を言えなくなった。情景を思い出してしまったのだろう。
「百合さん、どこか安全なところに身を隠してください」
「蘭さんはどうするの?」
「話を付けてきます」
「そんな、無謀よ」
「私が行かなければ、次は、百合さんかもしれません」
「そんな」
錦 百合は、蘭を止めたいが、先程見たものを思い出し、蘭を止めることができなかった。