消滅
「我は、翼有る者。この世界の神なり」
空から降りてきたのに、地から響くような声がする。それは、黒い大きな翼を広げた、黒豹のような大きなネコ科の動物に見える。いや、ネコ科最大のアムールトラよりも遥かに大きい。
「神様、ブルゥ(蘭)をお返し下さい!お願いいたします!」
ノアールが叫んでいる。
「ならん。愛し子を護りし約束を反故にした、ヒト族よ。報いを受けるが良い」
空が明るく戻り寒さが消えると、異変を感じ駆けつけて来ていた夢見の巫女が、その場にうずくまった。
夜香家の直系が絶えたとき、何かが崩壊すると言われていた事が現実になった。その日、世界から貴族の力が消えた。全て消えたわけではないが、引き継ぐ能力は消えたらしい。つまり、今代が最後と言うことだ。
夢見の巫女は昏倒し、意識を戻さない。最後に張ったらしい自己結界の為に医療を受け付けず衰弱していく。観測者が捜索するが、青い光は見つからない。蘭を探せそうな2人にも無理ならば、絶望的だ。
夜香の屋敷では、黒猫たちが泣いて過ごしている。こんなにも黒猫たちに慕われた当主は、蘭以外いない。
世界は大騒ぎだ。貴族の引き継ぐ力が消え、かぐつちは引き継いだばかりだったので、若い現当主が当主だが、完全に引き継ぐ直前だった動物の耳は、次期当主予定の若者から、引き継いでいた途中の知識や記憶がなくなった。そして、その能力は移せなくなった。水神に至っては、なんとか儀式をしても、本当主になれなかったようで、貴族たちは、神の怒りを改めて理解した。
占いの館「ヒヤシンス」の助手たちは、先生は絶対に帰ってくると言い張り、喫茶だけの営業を続けている。
柔らかい雲の上で目覚めた蘭が、辺りを見回す。
「ここはどこですの?」
「愛し子よ。ヒトは見限るが良い」
猫耳のイケメンが、ヒト型で蘭に話しかける。
「愛し子とは、私の事でございますか?」
「左様。我の愛しい女性の生まれ変わりよ。そなたは愚かなヒトに、その命を奪われたのだ」
蘭は、一度死んだらしい。それを神は甦らせたのだろう。蘭には記憶がなく、何があったのか思い出せない。
「あの、私は、誰なのでしょうか?」
蘭がヒトから呼ばれないように、神は蘭の名前や記憶を封印したのだった。
一月程過ぎたある日、観測者が青い光を探すために専用の地図を広げ、今回も血眼になり探してみた、日本中を細かく探し回り、世界中も探索し、やはり無くて、その場に仰向けに倒れ混み伸びた。
「あれ?」
観測者は、別の部屋にいた赤の雷を呼びに行き、その地図を見せた。
「なあ、あれ、天井のシミじゃないよな?」
「この部屋は、あなたの希望で整えた部屋です。シミなど有るはずありません」
床もテーブルも壁も天井も真っ白な部屋なのだ。そこに地図を投影して使用している。
「なら、やっぱり、あれは青い光!」
天井に微かに青い光が見えたのだ。
「碧眼の黒猫は、生きている!!」
その知らせは瞬く間に貴族に伝わり、蒲大臣の耳にも入った。
全員が集まり、夜香家に訪れた。
対応に出たブランが驚き、貴族たちを応接室にとりあえず通した。蘭がいないならと、自分達の世界に帰ろうと用意をしていたノアールを呼んできた。蒲大臣が話すようだ。
「黒猫様、夜香 蘭さんが、生きているかもしれません」
「え! 本当? とーしゅ、生きてるの!?」
屋敷の黒猫たちも、荷造りをやめて集まってくる。
「私の職務上の秘匿事項なのですが、こちらに有る神の像は、本像でして、もしかすると、天界の神、もしくは、神のいらっしゃる場所に声が届くかもしれません」
「うん、本像だけど、声、届くの?」
本像であることは知っていたらしい。
「試すようで申し訳なく思いますが、出来ることはなんでもしてみたいのです。ご協力願います」
「なら、お店の人(助手たち)も呼んでよ。あと、とーしゅの大事なお友達も」
「外に連れて来ておりますので、呼んで参ります」
赤の雷が、呼びに行ってくれた。
蒲 公英や、鳳 仙花等の助手20名と、蒲花が姿を表した。
「何をすれば良いの?」
「祈る作法があるなら、それにのっとり祈りを捧げ、皆さんが普段使っている呼び名で、呼び掛けてみようと思います」
祈りの儀式は、黒猫たちが執り行った。まずは黒猫たちが1人ずつ、「当主、帰ってきてください」など、思い思いに呼び掛けた。次に店の助手たちが、「先生、早く帰ってきてください」「先生、またお菓子作ってください」と、泣きながら呼び掛けていた。回復した仙花が、うったえる。
「先生、私は2度も助けて貰ったのに、1度も恩を返せていません!どうか戻ってきて、恩返しさせてください!」
「先生が助けてくださらなかったら、私は死んでいたと医者から言われました。どうか恩返しさせてください」
もう1人蘭が助けた女性の助手も、涙ながらにうったえていた。
何もすることがない蘭は、その場にボーっとしていた。自分の名も思い出せないし、何もないので、思考の取っ掛かりがない。
何か声が遠くから聞こえてきた。その声は、「とうしゅ」や「せんせい」と呼び掛けている。悲壮感いっぱいの声に、聞いているだけで、何か、悲しくなってくる。
次に「へきがんのくろねこ」や「やこうらん」と呼び掛ける声が聞こえてきたが、蘭は、それを自分の名だと認識できなかった。最後に、落ち着いた女性の声で「やこうらんさん、いえ、神風伸子さん! 八仙 花が迎えに来ましたよ!」と聞こえ、蘭の記憶が一気に戻った。神風伸子は、神の認識外の名前だったようだ。
「私は、夜香 蘭。そして、碧眼の黒猫。早く皆のところに戻らなくては」
蘭が強く願うと、蘭の背中に黒い翼が現れ、蘭は、祈りの像の部屋にワープした。天井付近から、ゆっくりと蘭が降ってくる。
「花さん!」
「伸子さん、帰ってきたのね!」
地面に足が着くと、 蘭の背中から翼がフワッと消えていった。蘭と花が抱き合い、蘭の戻りを皆が喜んだ。
「愛し子よ、戻るのか」
「はい。私は、私を大切にしてくださる皆さんのところに戻りたく思います」
神は、姿を表さず、声だけを届けてきた。
「ならば、ヒトの規格で生きるが良い」
「ありがとう存じます」
蘭は、エナジードレインが出来なくなった。夢見の巫女は目覚めたが、祭事に関わる記憶がなく、蘭が見ると、現在の年齢が15歳で寿命が30代だった。ホテル王も、現在の年齢が25歳で、寿命が80代に変わっていた。
占いの館を再開させたが、エナジードレインはできないので、買い取り窓口は閉鎖した。それにともない仕事はなくなったが、屋敷の猫たちは、毎日誰かが付いてくる。営業日も減らし、毎週月曜日と木曜日が休みに変わった。
「先生、今日のお弁当はなんですか?」
「今日は、自家製ツナのサンドイッチですわ」
「先生、自家製って、マグロから育てたんですか?」
そんなわけはない。
「買ってきたお刺身用のマグロの柵を使って、マグロのオイル漬け、オイルサーディンのようなものを作ったのよ。さすがに養殖はしていないわ。回遊魚水槽がないですし」
有ったら養殖するのだろうか? 話を聞いていた皆が思った。
「他には何が入っているんですか?」
「ツナには、微塵切りの玉葱と、マヨネーズ、ケチャップ、塩、胡椒を混ぜてあるわよ」
蘭は、普通に寝たり食べたりするようになったので、店のケーキは完全に外注に切り替えた。現在は、自分用のお弁当を持参している。付いてきた猫の分も一緒に。
余談であるが、蘭や助手たちを襲ったあの男は、マスコミから「全ての貴族を殺した男」や「世界を壊した最悪の罪人」などという名をつけられ、禁固1700年になった。図らずも、歴史に名を残していた。実質的な無期懲役は、政府からの温情である。出所しようものなら、闇討ちに遇うことだろう。
━━━━━━━ 終わり ━━━━━━━
次回 歴史
物語の捕捉です。




