強迫
夜香家から、使者が来た。
伝えられた内容は、おとなしく夜香 蘭を引き渡せ。というものだったが、神風 龍一が、うちには夜香 蘭という者は居ない!と、早々に追い払ったらしい。
そして、八仙 花と飛 信子が被害に遇い、再び使者が来た。
神風 信子は夜香 蘭である。速やかに引き渡しなさい。と。
蘭には内緒にしていたのだが、神風 龍一が錦 百合と話しているところを、起きてきた蘭が聞いてしまったのだ。
「どう言うことなのですか!」
「お、起きたのか。蘭に聞かせるつもりはなかったんだ」
「あちらの勝手な言い分です。蘭さん、気にすることはありません」
「私のせいで、花さんと飛さんが被害に遇われたのですね。私、名乗り出ます」
「駄目だ、昔の事を忘れたのか? お前に酷いことをした連中だぞ? 無事に帰れるわけがない」
「そうです、蘭さん。名乗り出てはいけません。次は、殺されるかもしれません」
蘭は、必死に止める神風 龍一と錦 百合を振り払えなかった。
八仙 花が学校にこなくなり、キャンパスに一人でいる蘭に、ヒソヒソと噂話をする人が増えてきた。
「なんでも、神風さんのせいで、八仙さんは、襲われたらしいわよ」
「復学できないほどの怪我なんですってね」
「よく親友面していられるわね」
「近づいたら、襲われるー」
「キャハハ」
蘭もその通りだと思っているので、反論もせず言われるがままになっていた。
「君たち、噂話で他人を貶めるなんて、何て品がないんだ」
若い准教授が、蘭を擁護したのだ。
「はーい、ごめんなさーい」
と言って去った先で、「何あれ、ちょっと美人だからって教授たちまで誑し込んで」と聞こえた。
「神風君、君も気にすることはない」
「はい。ありがとうございます」
蘭が沈んだまま返答し、准教授の男性はそれを心配そうに見送っていた。
その翌々日だった。蘭を庇った准教授の男性が、変死体で発見されたのだ。ミイラのように干からびていて、持ち物と、歯形で本人の特定をしたらしい。
学校内は、大騒ぎになった。
「ちょっと、聞いたー? 神風さんの件、あれヤバイわよ。本当に呪われるのよ!」
「先日の准教授、ミイラですって、神風さんを庇ったばかりにミイラよ、ミ、イ、ラ」
「それ、なんで神風さんのせいなの?」
「不審者が、神風 信子と、仲が良いのは誰だと聞き回ったら、いつも一緒にいた八仙 花が、行方不明になって、見つかったけど、復学不可能な怪我をおっていて、神風 信子を庇った准教授が変死体で発見されて、実はもう1つ、神風家のお手伝いさんも、襲われたらしいのよ。これは、どう見たって神風 信子が中心人物じゃない!」
「それ、神風さんも、被害者じゃないか?」
正論を言う人物が現れた。
「え?」
「自身を庇った相手を襲う加害者は居ないだろう?ってことは、被害者じゃないか?」
「どっちにしても、神風 信子に関わると危険ってことよ!」
「まあ、それはそうかもな」
君子危うきに近寄らず。らしい。
そして、あからさまに回りから避けられるようになった。
下手に関わって仕返しされるのも怖いらしく、蘭が何かをされることはないが、まったくなにもない。居ない者扱いだ。
蘭は、自身が避けられることには心が折れたりはしなかったのだが、関わる人の身の危険には、心を痛めていた。
誰もそばに寄ってこない講義の終わり、近寄ってくる人がいた。面倒だなと思い無視していると、真横まで来て耳元で囁いたのだ。
「お姉ちゃん」
ばっと振り向き顔を見ると、それは、自分と年が変わらなく見える夜香 凛だった。
「あなた、何故ここに居るの!?」
普段声を上げない蘭が叫んだことで、回りにいた人が振り向いた。そこには、神風 信子に良く似た女の子が、嘲笑うかのように神風 信子を見下ろしている情景だった。
「双子?」
「なにあれ」
「どういうこと?」
「なあ、むしろあれが犯人なんじゃないか?」
成る程!と、回りの全員が思ったとき、夜香 凛が皆の方を向いた。その目の奥に潜む狂気に、悲鳴を上げ逃げ出した。
「キャーー!」
「殺さないでー!」
蜘蛛の子を散らすように、講義室には、蘭たちの他、誰も居なくなった。