誘拐
ある日、八仙 花の母親から電話があった。
「うちの娘が泊まりに行ったりはしていないでしようか?」
もちろん来ていないので、来ていませんと答えたが、それきり八仙 花は行方不明になった。
八仙家に顔を出し、まだ戻らないことを聞く毎日。
講義に出ると、声をかけられた。
「神風さん、ちょっと良いかしら?」
それは、蘭の知らない女性徒だった。
「八仙 花さんのお友だちですよね?」
「そうですわね」
「あの、私、聞かれたんです。『神風 信子と仲が良いのは誰だ?』って」
「なんですって」
「私は本当に知らなかったので、知らないと答えたんですが、何人か聞かれた子がいるみたいで」
「どのような相手でしたの?」
「んー、あなたを若くしたような見た目の、中学生くらいの女の子をつれた、目付きと香水のきつい40~50代の女性でした」
「情報をありがとうございます」
「早く見つかるよう、私も願っています」
「ありがとうございます」
これはどう聞いても、蘭を追い出した親戚の女だ。連れていた中学生の女の子は、実妹の夜香 凛だろう。
その数日後、八仙 花が発見されたらしいと噂に聞いた。急いで八仙家に伺ったが、父親が対応し、面会を拒否された。それは、断られたなどというものではなく、明確な拒否拒絶だった。
「どうして」
途方にくれて、そばにある公園の椅子に座っていると、八仙家の奥さんが、お婆さんを連れ、歩いてきた。
「八仙さん、神風です。花さんはご無事なのですか?」
蘭が声をかけたとたん、連れていたお婆さんが悲鳴を上げた。
「嫌ー、来ないでー!」
その声は少し枯れているものの、八仙 花の声だった。
「あなた、なぜここにいるの! 早く視界から消えてちょうだい!!」
何が起こったかさえわからず、奥さんに追い払われた。
呆然としたまま家に帰り、リビングのソファーに、うつ伏せで倒れ込んだ。
「あら、蘭さん、どうしたの? リビングで寝てるなんて珍しいわね」
声をかけてきたのは、錦 百合だった。
「百合さん、私、私、」
蘭が泣き出し、泣いたところなど見たことがない百合は慌てた。
「え、え、どうしたのよ! 蘭さん!」
「錦っち、どしたのー?」
百合の慌てる声が聞こえ、社長の神風 龍一が、リビングにきた。すると、蘭が泣いているではないか!
「蘭どうしたんだ? 学校で苛められたのか?」
「花さんが発見されたらしいって聞いて、八仙家に伺ったら面会を拒絶されて、困ってそばの公園にいたら、奥さんを見かけて声をかけたら、一緒にいたお婆さんが発狂されて、でも声が、花さんで、奥さんに追い払われて、私、何がなんだか」
蘭の話を聞いた神風 龍一は、少し考えてから話し始めた。
「蘭、これは言うまいと思っていたんだが、夜香家には良くない噂があるのは知っているとは思うが、この話は眉唾物だと考えていたんだが、当主は生命エネルギーの受け渡しが出来るって、噂があってな。妹さんが居るんだろ? 蘭と似ているんだろ? 成長した姿で花君の前に出て、そして、花君の生命エネルギーを奪ったんじゃないか?」
「なんてことを」
荒唐無稽すぎて信じがたいが、この状況を説明するには、辻褄が合いすぎている。
コンコンコン。
「旦那様、飛さんからお電話です」
「こっちに回してくれ」
飛 信子は、休暇中だ。
「はい。お電話代わりました。神風です」
「なんだってー!」
「お大事になさってください」
神風 龍一が電話を切った。
「社長、なんだったんですか?」
「飛君も襲われたらしい。幸い通行人が通報してくれて軽度らしいが、それでもげっそりと痩せたように見えるそうだ。ご主人から休みの連絡だった。錦君、君も充分気を付けてくれ」
バタン。
蘭が、座っていたソファーから落ち、床に倒れ込んだ。
「蘭さん、蘭さん」
「蘭、大丈夫か蘭!」
遠くなる意識の中で、名前を呼ばれているのが聞こえていた。