通訳
動物の耳経由で、特殊な仕事の依頼があった。午前中の受付に、わざわざ来たのだ。
「夜香さん、申し訳ないが、手伝ってもらえないだろうか?」
「私で役に立てますの?」
「むしろ、夜香さん以外には無理だと思うんだ」
その日の夜、とある場所に呼ばれ、蘭とノアールはその場に来た。ブランは腰が引けていたので、蘭の一存で車に置いてきた。運転手も車で待っている。
そう、ここは夜の動物園だ。
「夜香さん、本当にありがとう。本当主になれば大型の動物の言葉もわかるんだけど、この歳からは無謀でね」
仮当主と本当主には、能力に明確な差があるのねぇと、蘭は呑気に考えていた。
「私は、何をすればよろしいのかしら?」
「虎が、ドクターを拒否していてね。その理由を知りたいんだ」
虎が拒否する理由? それは、どうやって知れば良いの? まさかと思い、蘭は尋ねた。
「虎に聞くんですの?」
「そこは、任せる」
わりと無謀な感じの依頼だった。本当に、蘭頼りらしい。
「とーしゅ、大丈夫ー?」
蘭がなんとも言えない顔をしていると、ノアールが心配して声をかけてきた。
「試したことがないから、なんとも言えませんわ」
ネコ科の動物が蘭の言うことを聞くのと、蘭が動物の言葉がわかるのとは、意味が違う。
とりあえず、該当の虎の前まで来た。柵越しに虎を見ると、チラッと見てそっぽを向いたあと、勢い良く振り向いて、蘭をガン見してきた。
「ガーオ、ガオガーオ」
うん。やっぱり何言ってるかわからない。蘭は、困った。
「えーとね、『何てのを連れてきたんだ』かな?」
ノアールが通訳してくれた。
「言葉がわかりますの?」
「何となくねー。とーしゅの言葉は、向こうには伝わると思うよ」
「ドクターを拒否しているのはなぜですか?」
「ガゥーン、ガウガウ」
「『変な匂いがするんだ』かな」
「匂いが変ですの? 少し、あなたに触れてもよろしいかしら?」
「ガーウ」
「『どうぞ』だって」
檻の間から片足を2cmくらいムニッとはみ出るように檻に押し付けて出してくれたので、蘭はその足を触ってみた。
すると虎の申し出通り、ドクターから嫌な匂いがして、虎が避けている映像が見えた。
「担当のドクターを呼んでくださる?」
動物の耳が声をかけ、係員が呼んできてくれた。
「お待たせいたしました。私が担当の獣医です」
予想より若い男性が現れた。虎の視界から見るのとでは、人の年齢が違って見えるらしい。
「あなたに触れ、記憶を見てもよろしいかしら?」
「それで解決するなら、いくらでもどうぞ」
潔く許可してくれたので、蘭は、手に触れてみた。
虎から嫌われるような問題行動は見られなかったが、毎朝体調が悪そうにしているのが気にかかった。
「どこか、お体の具合が悪いということはございませんか? 私は医師ではないため、詳しい病気はわかりかねますが、虎さんが、ドクターから変な匂いがすると訴えています」
「え? 匂い?」
何か思い付いたのか、蘭と、虎にお礼を言い、去ってしまった。
「あれで良かったかしら?」
仕方なく、蘭は虎に尋ねてみた。
「ガウカーウ」
「『ありがとう』かな」
虎は尻尾を揺らし、喜んでいるようだった。
後日、ドクターに早期のガンが見つかったと伝えられ、動物の耳経由で、30万円の振り込みがあった。蘭はご褒美と言って、ノアールに好物をたくさん作って渡したのだった。




