勉強
「先生、顔見知りだとおっしゃる方が見えています」
助手が報告してきた。
「女性かしら? 男性かしら?」
「高齢の男性に見えます」
「お通ししてください」
「かしこまりました」
そして、若い女性に肩を借りながら入室してきたのは、貴族交流会で、蘭に主催者を引き継いでくれと言っていた、白ひげの老人だった。肩を貸していた若い女性は、外で待っていると言って、退室していった。ケーキセットを食べるらしい。
「交流会ぶりでございますね」
「息災であったかね?」
「はい。ありがとう存じます」
「今日は、礼に来た。夢見の巫女の復活を助けてくれて、ありがとうございました。これで、心置きなくあの世に行ける」
「関係者なのでございますか?」
「聞いていないのか? 儂は、代理ぞ」
「申し訳ございません。色々見ようと思えば見えてしまうので、見ないようにしているのですが、夜香家に詳しい方は、私が見えているからと説明を省く方が多いのです」
「成る程、理解した。儂の家系は、夢見の巫女を排出する家系でな。当主は、儂の数代前に当たる夢見の巫女なのだが、封印状態の間、儂が現仮当主でな。本当主の復活をもって、儂の仮当主は、お役御免となるのじゃ」
「息災で何よりでございます。本当に……」
夜香家は、本当主が誕生したら、仮当主は滅せられるため、無事なお役御免を心から安堵した言葉だった。
蘭の言葉に、蘭の心情を察してくれたらしい。
「少し、儂が知っていることだけでも話すとしよう」
「ありがとう存じます」
夢見の巫女と碧眼の黒猫は、協力関係にあり、昔から交流があった。蘭の名前は、夢見の巫女の予言による命名で、蘭の両親は、それに従ったのだろうということらしい。
また、双子は不吉とされた時代の名残で、夜子は幼い頃に養子に出されたが、不遇な扱いを受けて育ち、姉の存在を恨んでいたらしい。
そして、ろくでなしと一緒になり、夜香家乗っ取りをたくらんだようだ。しかし、子を孕めなかった夜子は、凛を我が子として可愛がり、改心したかのように見えていたため、貴族たちも静観していたそうだ。
「叔母の行動が少しだけ理解できました」
幼い凛の妹という立場に、叔母は同情したのかもしれないと、蘭は感じた。
「それとな、名前からもわかる通り、巫女なのじゃ。碧眼の黒猫と、翠眼の女王は、神の子孫。夢見の巫女は神の使い。その他の貴族は、神から力を授かった、人の能力者じゃ。本来翠眼の女王の方が夢見の巫女より格が上で、貴族交流会の主催を任せる立場だが、何しろ出歩くのが嫌いらしいからの。貴族交流会の主催は、碧眼の黒猫と夢見の巫女で、引き受けているのじゃ」
「そうだったのでございますね。区分を教えてくださり、ありがとう存じます。とても勉強になりました」
蘭が引き受けるまで、碧眼の黒猫がおらず、夢見の巫女も仮当主で、早くどちらかが復活しないかと待ち望んでいたらしい。
「少し質問してもよろしいかしら?」
「何じゃね?」
「夢見の巫女様の仮当主様は、何かしらの能力がおありなのでございますか?」
「仮当主は、正式には巫女守りと言うんじゃ。簡単な予言を定期的に発表するが、これは、己を封印する前の本当主が残していったものを、決められた時期に発表しているに過ぎないな。まあ、仮当主の登録をした者しか、封印されている予言を取り出すことは出来ないので、それを能力というなら能力かもしれんな」
巫女守りなら連絡先一覧に名前があったのだ。
「ありがとう存じます。使役状態の動物などは、ございますか?」
「本当に、何も知らないのじゃな。烏が、烏から挨拶されたことはないかね?」
「はい。目が合うと、頭をちょこんと下げてから羽ばたいていきます」
「ちゃんと挨拶をしているようで良かった。使役ではなく、仲間のようなものじゃがな」
「そうだったのですね。怖がられているのだと、少し残念に思っておりましたの」
「怖がるとは少し違うな。敬意を払って、近付かないのじゃろう」
色々と教えてもらい、蘭はとても勉強になった。
「色々と教えてくださって、本当にありがとう存じます」
「こちらこそ、予定より早く夢見の巫女が復活して、仮当主を継がせること無く済み、感謝しておるのじゃ」
「仮当主を継ぐのは、大変なのでございますか?」
「試練はあるな。俗世とは切り離されるゆえ、若い者には辛かろう」
何かを思い出したのか、少し寂しそうな表情をしていた。




