巫女
ケーキ騒動も落ち着き、平静が戻ってきた。
「先生、恐らく貴族の方です」
助手が慌てて報告に来た。午前中のフリー受付の2番目に、場違いな巫女装束の女性が、「夢見の巫女じゃ」とだけ名乗ったらしい。
「お通ししてください」
「かしこまりました」
そして通されてきた女性は、本当に巫女装束を着ていた。蘭とは逆に、目を隠す面をつけている。見た目の年齢は、かなりの年配に見える。
「どのようなご用件でしょうか?」
「妾は、夢見の巫女じゃ。そなたを見極めに参った」
しかしその後微動だにしない。
「恐れ入りますが、目を隠す物を外していただけますでしょうか?」
「外しても良いが、驚くなかれ」
面を外すと、その瞳は何も写していなかった。白く濁り、光を失っていることがわかる。
「介助無く歩いていらっしゃいましたが、回りを把握できるのですか?」
「昔は目も見えていたが、力を使いすぎてな。今は、動く物と温度がわかるのだ」
「それで、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
なにか言おうとして、飲み込んでいた。
「ここは外野が多いゆえ、夜に伺ってもよろしいか?」
「場所は御存知なのですか?」
「夜香の屋敷は何度か行ったことがある」
「わかりました。お待ちしております」
来たときと同様に、まるで見えているかのように歩いて出ていった。
「凄い、あれで目が見えていないって、嘘みたいだ」
「本当ですわね」
蘭は、今時間は休んでいるノアールやブランに、後で詳しく聞いてみようと考えていた。
そのまま通常どおり午前中が終わり、仮眠から起きてきたノアールに、声をかけた。
「夢見の巫女さんって、御存知?」
「え、来たの?」
「やはり御存知なのね。今日、屋敷に来るらしいわ」
「えー!大変じゃん! ちょっとブラン呼んでくるー!」
観測者に渡された貴族一覧に、夢見の巫女は載っていなかったのだ。でも、ノアールは知っているらしい。
ノアールに連れられ、ブランが慌ててやって来た。
「当主、夢見の巫女が来たのですか?」
「ええ、そう名乗っていたわ。瞳が白く濁っていて、光を失っているように見えたわ。でも、難なく歩いていたわ」
「うわー、本物だぁ」
「本物みたいですね」
「偽物もいるの?」
「まあ、それを含め、屋敷に戻ってから説明いたします」
屋敷に帰る車の中で、ブランから説明があった。
夢見の巫女は事情があり、長く眠りについていて、本人の予言による目覚めは、もう少し後の予定で、予定外の目覚めは、不足の事態かもしれないこと。蘭は詳しく教えられていなかったが、光の玉には種類があり、それを求めて蘭の前に現れたこと。蘭の前の本当主の没後に、眠りについたこと。などが説明された。
目が白く濁った夢見の巫女は、以前の碧眼の黒猫がその目を見ても、過去も未来も見えないらしく、それ故に、目が見えない風を装って、光の玉を不正に入手しようとしたヤカラがいたことがあるそうだ。
「その場合、手を触っても見えませんの?」
「え?」
「え? とーしゅ、目を見なくても、見通せるの?」
「むしろ、目を見るよりも、詳しく見えましてよ?」
見えすぎるから、普段はしないのだ。なので、詳しく見たいときだけ手を触っている。
「なんだってー!?」
「とーしゅ、凄い!」
蘭の言葉で、ノアールとブランの懸念は、払拭されたらしい。
ノアールとブランによると、蘭は、碧眼の黒猫としての格が相当高いらしい。覚醒も早そうだし、肝も座っているし、なのに、黒猫思いで皆に服を作ってくれたりするし、最高の当主だと力説していた。
「ありがとう存じます。皆さんがいつも良くしてくださるから、私もそれに応えようと頑張れるのですわ」
そんな和やかな会話が落ち着く頃、屋敷に到着した。
まだ夢見の巫女は来ていないらしいので、ノアールとブランは夕食を取り、蘭は、お菓子を作りはじめた。
20時を過ぎた頃、屋敷に黒塗りの車と警備会社のワゴン車がつけられ、中から、蒲大臣と、夢見の巫女と、もう1人役人が降りてきた。蒲大臣が、紹介してくれるらしい。
「夜香さん。私は案内で参りました。こちら、夢見の巫女様、こちら、内閣調査室の、嘘はつけないので、名前は紹介しないでおきます」
蒲大臣も、本名は知らないらしい。
「内閣調査室の偉い方ですの?」
「そんなところです」
「では、室長さんとお呼びしますわ」
「お気遣い、痛み入ります」
ついては来たが、ノアールとブランとグリが大反対したため、室長は、蒲大臣と一緒に、別室に隔離された。今作ったばかりの蘭特製のお菓子とお茶を出しておいたらしい。
「碧眼の黒猫殿、先程大臣たちから聞いたが、難儀な人生を送ってきたらしいね。無理を言ってすまないが、頼めるかね?」
「出来ることならお手伝いいたしますが、御存知の通り、私は貴族教育を受けておりませんので、貴族の常識がございませんの。申し訳ございませんが、必要なことを御教授願えますでしょうか?」
「猫たちから、よほど大事にされていると見える。猫は、そこにいるのだろう? 妾から説明しても良いのか?」
「加減は、本人しかわからないから、説明は任せる」
少し不機嫌そうに、ノアールが了承していた。
そして説明されたのは、今、蘭がエネルギーを持っているならそのままで、無いなら光の玉を飲んで、夢見の巫女の目に手を置き、目を通して可能な限りエナジードレインをし、そして、可能な限り戻す。その後、吸い取ったときと同じ形にした光の玉を作り、3~5個を与えるのだという。
蘭は、言われた通り試してみた。少しクラっとして、苦い感じがしたが、一瞬でわからなくなった。そのままエネルギーを戻し、蘭の中にあるエネルギーを今感じた形になるように願いながら、光の玉を作った。それを渡し、普通の光の玉を飲み、同じように光の玉を作った。それを繰り返し、5つ作ったところで黒猫たちに止められた。
「当主、御体は大丈夫でございますか? 無理をされていませんか?」
「大丈夫よ。最初少しクラっとしたけど、今はなんともないわ」
「お主、本当に初めてか? それとも、素晴らしく勘が良いのか? 歴代の碧眼の黒猫の誰よりも、優秀じゃな」
「そうなのでございますか? ありがとう存じます」
歴代の? 前本当主を知っているらしいことは聞いたが、それよりも前を知っているらしいことを聞いて、少し驚いた。夢見の巫女は、いったい何歳なのだろう?
「これでよろしいのですか?」
「どうもありがとう。支払は金塊で頼む」
「金塊ですの? 私価値がわかりませんわ」
「とーしゅ、一緒に来てたおっさんが、換金するってー」
ノアールが、蒲大臣をおっさん呼ばわりして伝えてきて、蘭は少し笑ってしまった。
光の玉1つ、100年分なので、買取りの単純計算でも3億6525万円だ。払い出しは3倍の上、特殊加工が必要だったので、1つが12億円相当だと、ブランとグリが言っていた。
現金で60億円受けとり、屋敷の者たちがせっせと金庫にしまっていた。警備会社のワゴン車は、現金輸送車だったのだ。
「夢見の巫女様、約束より少し早いのはなぜですか?」
なんと、ノアールがきちんとした言葉で尋ねていた。言葉はきちんとしていたが、やはり不躾ではある。
「そちは、黒猫の王子か。約束は、碧眼の黒猫が覚醒したらじゃ。間違っておらんじゃろ?」
「え?」
ノアールが、蘭の前に回り込んできた。
「あー!とーしゅ、目が青い!」
「え、え、鏡はありませんの?」
蒲大臣もチラッとこちらを見て驚いていた。
「どうぞ」
室長が、セカンドバッグの中から手鏡を渡してくれた。
蘭が手鏡を覗き込むと、瞳の色が薄い青色に変わっていた。
「うわー! 青いですわ! 本当に青くなりましたわ!」
珍しくはしゃぐ蘭を、皆がにこやかに見守っていた。
室長は、男装の麗人らしく、女性だとわかり一番驚いていたのは、なぜか蒲大臣だった。
夢見の巫女は、目の色が黒く戻り、少し落ち着いてから、仕事をはじめるそうだ。
患部からエナジードレインをして、そこに全戻しすると、その組織が他の部位より更新されるらしい。1度ではたいした治療にはならないが、繰り返すと効果が上がるのだ。繰り返す代わりに、専用に加工した光の玉を5つ買い取ったということらしい。蘭は新しい使い方を習得したのだった。尚、黒猫たちは知っていたが、術者に多大な負担があるため、蘭に教えなかったようだ。




