近所
「今日は、報告と許可を頂きに参りました」
先日、蘭からレシピを譲り受けた寿一だった。開店のかなり前から待っていたようで、店に到着した蘭が、開店準備の終わった店内に呼んだのだ。
「先日は、本当にありがとうございました。お陰様で親孝行が出来ました。こう言ってはあれですが、今にも死にそうだった母が、ケーキ屋を始めると言って、甦りました」
何か思い出したのか、苦笑しながら話していた。
「御母様がお元気になられたのなら、良かったですわ。ケーキ屋さんを始められますの?」
「はい。それで、あのレシピで店を始めるに当たって、今度こそ、お支払のご相談に参りました。売り上げの何%をお支払すれば、よろしいでしょうか?」
「えーと、私も教わったレシピですので、本来の持ち主はあなたのお父様かと思うのですが」
「そうかもしれませんが、私は父から教わる機会がありませんでしたので、やはり、夜香さんの物です」
根が真面目なようで、どうしてもきっちりしたいらしい。
「少し話が逸れますが、ケーキ屋さんは、どちらで営業されるのですか?」
「まだ最終的には決まっていませんが、隣町か、隣の市か、その辺りです」
「もし可能なら、この店のそばには無理でしょうか?」
「え、この町は住まいがあるので、むしろありがたいのですが、同じレシピのケーキ屋がそばに有ったら、迷惑になりませんか?」
普通なら、そう考える。
「これは、こちらの勝手ではございますが、持ち帰り希望の要望の多さに、困り果てておりまして、もしお近くで開店なさるのなら、持ち帰り希望の対応をして頂けると助かるのです」
「既についている客まで斡旋してくださるのですか!?」
相手から見れば、そうかもしれない。
「私は、さすがに全て対応する量のお菓子を作る時間はございませんので、本業にきちんと取り組みたいのです」
「あ、そういえば、喫茶は本業ではないのでしたね」
そう、ここは占いの店である。
「なんだか都合が良すぎてドキドキしちゃいますけど、それで夜香さんが助かるというなら、すぐそばに開店することにします。自宅はここからすぐそばなので、店舗を借りずに済むなら、ありがたい限りです」
それなら、蘭は、かなり助かる。
「助かりますわ。出所についてもめる人までいて、いっそやめようかと考えておりましたの」
「ええー! なんでもめるんですか?」
少し怖々と尋ねてきた。
「どこかから仕入れているなら、仕入れ先を教えて欲しいということらしいですわ」
納得した表情で、頷いていた。
「まあ、確かに、夜中に作っていますと言われても、信じられない人は多いですよね」
「本当の事ですのに、失礼ですわよね」
蘭が笑うと、一もつられて笑った。
「お店の開店が決まりましたら、教えてくださいませ」
「はい。自宅は元々店舗だったので、掃除と冷蔵ショーウインドーの搬入などが終われば開店できる予定です」
過去に、簡単な和菓子と赤飯とおこわの他、生物の入らない寿司を売っていたことがあるらしい。(干瓢巻きや稲荷寿司など)
住所を尋ねると、本当にご近所だった。歩いて5分くらいである。
開店の時間が迫り、寿 一は帰っていった。
「先生! これで持ち帰り客を即座に断れますね!」
「ご面倒をお掛けいたしました」
一番大変だったのは、助手たちだったのだ。断りきれない場合のみ、蘭まで話が来ていたが、それですら結構な数だった。
「先生、レシピが同じなら、同じ味になるんですか?」
「器具や材料の差は出ると思いますが、むしろ、本職の方が作ったものの方が美味しいでしょうね」
「成る程。開店したら、食べ比べてみようかな」
早速、持ち帰り希望の客が来て、「近日中に同じレシピのケーキ屋が徒歩圏内に開店します!」と、笑顔で断っていた。「あ、いや、今持ち帰りたいんだけど、」と、ゴニョゴニョ言っていたが、輝く笑顔を向け、「ご来店ありがとうございました!」と、店外へ送り出していた。
蘭を含め、他の助手も皆が少し呆気に取られ、客が帰ってから笑いだした。
2週間後、無事オープンしたケーキ屋に、店と蘭から開店祝いの大きな花が2つ届けられ、この店が同じレシピであると世間にも認識された。
助手たちも、開店祝いにと全種類買ってきて、昼休憩の時に楽しそうに食べていた。
「先生、これ、作れますか?」
「どちらかしら?」
「この、青いゼリーです。夏の夜空って名前でした」
「材料的に、すぐは無理ですけど、作れましてよ」
「これ、何で色つけてるんですか?」
「確か、蝶豆の花ですわ。その黄色い星形は、マンゴーではなくて?」
パクッと食べた。
「本当だぁ。こっちの白い星はなんだろう?」
「白桃か、洋梨ですわね」
「先生、良く覚えてますね」
「細かい配合はともかく、入っているものくらいは覚えてましてよ」
エナジードレイン希望の客が来なければ蘭も暇なので、ケーキを食べる助手たちを眺めながら、お茶を飲んでいる。




