営業
ある日、占いの客から蘭は、聞かれた。
「あの、お店のケーキは、持ち帰りはしていないんですか?」
「申し訳ございません。私が夜中に作っていますので、数が作れませんの」
「え! 本当に作ってたんですね。どこかに委託したりしないんですか?」
そんなことは思い付きもしなかった。
「お店のスタッフのおやつにと作りはじめたのを、お店で出したらどうかと助言されまして、私1人で作っておりますので、増産は無理ですし、委託先も心当たりがございませんの」
「そうなんですか。残念だなぁ。未成年者立ち入り禁止らしいから、姪っ子に食べさせたかったんですけど、仕方ないかぁ」
その客は、すぐに諦めてくれたが、結構しつこく粘る人もいた。
「先生、どこかの有名企業らしき人が、営業に来ています。話を聞きますか?」
助手からの形容で、面倒臭い相手だと伝わる。
「予約枠が空いているなら、お通ししてください」
わざわざ確認に来たのは、よほど粘られたのだろう。
「はじめまして。わたくし、○○社の牛酪と申します。本日は、こちらでお使いの商材について、ご提案をお持ちしました」
なんだかわかりにくい言い回しをしているが、要は、話題になっているケーキの出所と交渉したいらしい。40代の男性営業マンのようだ。
「私は、夜香 蘭ですわ。商材とは、お菓子のことですの?」
「はい。どちらから仕入れているのですか?」
「この占いの館でお出ししているお菓子は、私の手作りでしてよ」
「は?」
顔を歪ませていた。
「営業時間のあと、自宅で作っていますのよ」
「え?」
眉を寄せて怪訝な顔をしていた。
「スタッフの何人かは、作っているところも見ていますので、確認なさるとよろしいですわ」
「9時~18時までここで仕事をしたあとに、作っている? 毎日? 嘘言っちゃいかん! そんなこと毎日出来るわけ無いだろ! 大人をからかっちゃいかんよ!」
店の営業形態くらいは調べたらしい。
「ふふ、牛酪さんとおっしゃいましたか? 恐らく、私の方が年上でしてよ」
「はぁ? 何言ってんだ? 目しか見えていないとはいえ、どう見ても20代だろう?」
完全に蘭を下に見て、なめ腐った態度で接してきた。蘭は、さっとこの営業マンの人生を見てみた。どうやら、権威に弱く、特に貴族を怖がっているらしい。それなら威光を使いましょうと、蘭は思ったのだ。
「私が何者だか、御存知ないようですわね。政府要人に登録されている、夜香 蘭で、お調べになると良いですわ」
蘭に言われ、渋々手持ちのノートパソコンで著名人を調べていた。そして、貴族名鑑を載せているページで蘭の名前と写真を見つけ、目を見開いて驚いた後、段々顔が青くなっていった。
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貴族名鑑 No.2 夜香家
(全身の写真・上半身の写真)
通 称・碧眼の黒猫
区 分・本当主
氏 名・夜香 蘭(やこう らん)
性 別・女性
年 齢・推定51歳
能 力・占い、命の買取り
[ヒヤシンス]という名前の占い館を運営
特 徴・見た目は20歳くらいに見える、黒髪
特 技・料理、お菓子作り
蔑 称・死神
危険度・Level MAX
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「き、貴族、しかも死神」
「理解できたのでしたら、どうぞ、お帰りください」
蘭が妖しく微笑むと、腰を抜かしたのか、這いずりながら慌てて部屋を出ていった。
「許せん!」
蘭の後ろにいた記録係の声だった。
「どうなさったの?」
「先生のこと、よく知りもしないで、失礼なことばかり言って、謝りもしなかった」
「怒ったら、同じレベルになってしまうわよ?」
蘭は、優しく微笑んだ。
「先生は、悔しくないんですか?」
「侮られたこと? 死神って言われたこと?」
「どちらもです」
なんだか泣きそうな表情の助手が、蘭は気の毒になった。
「少し意地悪してしまったわ。うふふ」
相手が恐怖するように的確に誘導したのだ。
「あ、あれ、意地悪だったんですね。そういえば、腰抜かしてたか」
少し溜飲が下がったらしい。
「先生、大丈夫でしたか?」
受付からも、心配してこちらの様子を見に来た。
「大丈夫ですわ。それにしても、私の名前を聞いてもわからない方が結構いらっしゃるのね」
闇カジノの時は、結構な人数が即反応していたのだ。人種の差なのだろうか。
「義務教育で習わないですしね。貴族に失礼な態度を取ってはいけません。程度です」
「そうなんですの? 私義務教育とやらを学校で受けておりませんので、家庭教師から教わった常識しか存じ上げませんわ」
「先生、該当の会社には、政府から正式に苦情を入れておきます」
「オーバーキルですわね」
本来監視のために来ているメンバーから、蘭は大事にされている。
その後も、ケーキの持ち帰り販売について尋ねて来る人は多かった。




