新顔
「こんにちは。かぐつちです。仮当主です」
20歳くらいに見えている蘭よりも、更に若く見える、ひょろっとした男性だった。室内でも、かけたままのサングラスを外さずにいる。名前からして、火の関連だと思われる。
「碧眼の黒猫、夜香 蘭ですわ」
「僕は、生まれ変わるけど記憶を継承するので、以前の碧眼の黒猫さんには会ったことがありますが、夜香 蘭さんは、瞳が黒いんですね?」
今の姿は、黒猫でもなく、青い瞳でもない。当然の疑問だろう。
「黒猫たちによると、100年くらい経たないと色が変わらないそうですわ」
「成る程! そうか、以前会った仮でないご当主は、4~5代前でした。では、僕の世代交代があったあと、瞳が青くなったら是非見せてください」
現在のかぐつちは、瞳の変わった蘭に会えないと理解しているらしい。
「わかりましたわ」
「あ、僕も挨拶に来ました。貴族会では、皆長寿で話題が代わり映えしないので、新人が入ると、みんな話したがるんです。いっぱい来てませんか?」
「はい。それで、皆さん来てくださるのですね」
「しかも、久々の本当主就任で、貴族会の主催も引き受けたと聞いています。そりゃ、皆興味津々です」
「私が本当主になったのは、かれこれ30年は前なのですが、」
「寿命が長い分、皆のんびりなんです。大規模な貴族交流会だって、10~20年に1回くらいしか開きませんし、仮当主からすると、一生に2、3回しか参加しないなんて事もあります。なんて知ったかぶって話していますけど、僕は、仮当主を引き受けたばかりでして、まだ記憶の混乱があります。たまに、自分がわからなくなります」
「解決策はないのですか?」
「本当主になるか、あとは、慣れです」
「私で、お力添え出来ることがございましたら、おっしゃってくださいね」
「ありがとうございます」
何か上機嫌なのか、ニコニコとしている。
「聞かれてないけど答えます。本当主にならないのは、かぐつちは、本当主になるとしばらく火山に籠らないといけなくなるんです」
「そうなのですか!?」
「驚いてくれると、話し甲斐があります。この耐火サングラスをしていないと、ボケッと見つめたものが発火します」
「それは、凄いですね!」
蘭が本気で驚き、興味をもって聞き入っている。
「あー、恐れず驚いてくれる人がいると楽しい! もう少し慣れれば、そんな事も無くなるらしいんですけど、まだ継いだばかりで、調整に難航してます」
「皆さん、色々な方面で活躍されていて、尊敬いたします」
「僕は、現代だと、祭りの火を提供するくらいなので、別の仕事を持っています。僕は、ガラス工房に勤めていますが、先代はなんと、消防士でした」
「え、なんだか、大変そうですわね」
「最初の頃は、本当に大変だったみたいです。でも、上級者になると、炎自体を操れるので、要救助者がいる現場では、重宝されたみたいです。まるで犬の躾みたいに、炎に対して待てをするんです」
「もう、想像が及びませんわね」
「僕も、記憶で見なかったら、聞いただけでは意味不明です」
水神の見せてくれた、水芸の炎版だろうかと、蘭は考えるのだった。
「翠眼の女王のように、何かお土産をと思ったんですが、かぐつちの力ではまだ何も作れないので、僕が作ったガラス製のティーセットをプレゼントします」
持っていた紙袋から箱を取りだし、その蓋を開けて見せてくれた。
「うわー、素敵ですわね!」
2客の、ガラス製のティーカップとソーサーとスプーンと、ガラスポットが入っていた。ハーブティーが映えそうだ。
「喜んで貰えて良かった」
「ありがとう存じます。お返しにもなりませんが、よろしければ、ケーキをお召し上がりになってくださいませ」
「あ、ごちそうさまです」
ケーキとお茶を用意して貰った。
「これ、旨いですね。どこのですか?」
「そちらのケーキは、皆さんのおやつ用に、私が作りましたの」
「え、これ、手作りなんですか!? どこかのレストランの取り寄せかと思いました」
「ありがとう存じます」
「お店で出したりしないんですか?」
「え?」
「待合室広いし、そこで提供すれば、占いの客も、入りやすくなると思いますよ?」
思わぬ提案に、蘭は、後ろにいる記録係を振り返った。
「こちらで食品を提供するのは、可能でして?」
「置いてあるお茶を勝手にお湯を入れて飲むのなら、許可は要らないんですが、喫茶店形式の調理が必要な商品を提供すると、保健所への営業許可の申請と、衛生責任者が必要です。栄養士、管理栄養士、調理師、製菓衛生師等の免許を持っているか、毎年の講習が必須になります」
さらっと詳しく答えてくれた。
「ありがとう存じます」
「あ、お店って、大変なんですね」
「他にも、給仕の方を雇う必要がありそうですわね」
「そうか、残念だなぁ」
「ご連絡いただいてからお越しくださるのでしたら、また何かご用意いたしますわ」
「そうですか! 必ず連絡してから来るようにします!」
「楽しいお話と素敵なプレゼントを、ありがとう存じます」
かぐつちが帰ると、助手が声をかけてきた。
「先生、もし本当に喫茶をするのでしたら、人はすぐに揃えられます。一番面倒だと思うのは、年に1度ある衛生講習と、調理場への立入検査です」
「面倒ですの?」
「衛生講習は半日潰れますし、立入検査は、調理施設内の、手を洗う場所を増やせとか、トイレの場所の位置関係とか、結構うるさいです」
「お詳しいのですわね」
「実家が弁当屋で、4畳の店のどこに、手洗い場を増やせって言うんだ!と、よく揉めてました。あはは」
「それで、どうなりましたの?」
「入口付近に、誰も使わない小さい手洗い場を設置しましたが、保健所が来る日以外は、荷物置きになってます」
蘭が思案していると、屋敷の指導係が教えてくれた。夜香家は、昔は頻繁に人を招いていたので、保健所に立入検査に来て貰ったことがあるそうで、設備的には不備はないそうだ。そもそも蘭が使用しているのはメインキッチンではないため、他の素材の混入などの恐れもなく、申請すれば許可はすんなりおりると思いますと話していた。
ちなみに夜香家のキッチンは、5か所有るそうで、蘭が使っている東の小キッチンの他、メインの大きな厨房(東寄り)、中くらいの厨房(南)、ベジタリアン専用の西のキッチン、宗教的な禁忌がある客用の北のキッチンがあるそうだ。
蘭が全く行かない西や北の区画は、子供の頃は立ち入り禁止で、戻ってからは屋敷内を探検という年齢でもなく、蘭は、そんなにたくさんのキッチンがあることは知らなかったのだった。来客用エリアなど、用事も無いのに行くわけもなく、屋敷のメンバーにしても、定期的に掃除する以外に立ち寄らない。




