虚言
「なぜか、私の回りの人が争うことが多いんです」
相談で訪れた若い女性が、大きなアクションで目を伏せて、少し困ったように蘭に訴えてきた。
名前を牧野 秀美といい、27歳だ。
「例えばどんなことですの?」
「皆、私と同じグループになりたいとか、候補者がたくさんいる難しい役職に私が推薦されたり、皆、私が好きすぎるみたいなのです」
困ったように装ってはいるが、全く困っていないように蘭には見えていた。
相手に媚びたような秀美の表情は、蘭を困惑させる。
「それで、どうされたいのかしら?」
「私のために争わないで、仲良くして欲しいんです」
その要望に、蘭は、妖しく微笑んだ。
「ご相談前に、お店の事前説明の紙をきちんと読んで、サインをされましたか?」
「勿論」
自信たっぷりに答えていた。蘭の目を見ても、視線をそらさない。
「あなたは、あなたのおっしゃることが、あなたの中では正しい記憶ですのね」
「それはどういう意味ですか?」
不思議そうに尋ねてきた。
「あなたの状況を、人を変えて見せて差し上げましょう」
本人が自分自身を認識できない状態で、本人の記憶と同じ時間軸の姿を見せた。
それは回りの者たちが、誰一人同じグループになりたくないと言って、もめている姿や、誰も引き受けたくない面倒な役職に、無理矢理推薦されている哀れな女性の姿だった。
「なんですか!? この可哀想な女は?」
「それが、あなたの真実でしてよ」
わなわなと震え、目を見開き、秀美は、やっとの思いで反論してきた。
「そんなはずない! 私は人気者で、誰からも好かれていて、みんなから頼られて」
「ご自身に対しても、嘘をついているのですわ」
「違う、これは私じゃない! 私であるはずがない!」
「ふふふ、まずは、事実を認めることが大切でしてよ」
ふと、なぜここに来たのか、今見た映像を思い出したらしい。それは、友人だと思っている同僚から、嘲笑われて勧められたからだった。
元の記憶では笑顔の同僚が、心配ごとなら、当たると評判の占い師、夜香 蘭に相談してみたら良いんじゃない? だったのが、薄ら笑いしながら、嘘吐いたら報いがあるって言う占い師、夜香 蘭がいるから、そこで聞いてみれば? に変わっている。
「いやぁぁぁー!!!」
秀美は、発狂したように、叫び出した。
その昔、嘘を吐き過ぎて回りを混乱させ、その嘘が段々バレ、ちやほやされていた立場が一気に逆転してしまい、受け入れがたい現実に、己すら騙し虚構の世界に入り込んでしまったのだ。
叫び疲れ、おとなしくなった秀美は、蘭が寿命を奪ったわけでもないのに、一気に老けたような見た目になった。
「他人を陥れる嘘を吐くのをお止めなさい。他人に不利益をもたらす嘘を吐くのをお止めなさい。虚勢を張るのをお止めなさい。己の現実を認めなさい」
蘭が、優しい声で諭した。
「うわぁぁぁん」
泣きじゃくる女性に虚勢はなくなり、幼い少女のようにただ泣くのだった。
「この者を別室へ」
「かしこまりました」
助手の女性が付き添い、秀美を休憩室へ連れていった。
「先生、今の女性どうしますか?」
記録係の助手が、確認してきた。
「起きたら、お帰りいただいて結構ですわ」
「追加料金は必要ないのですか?」
「過去を見せましたけど、ご本人の願いではありませんですし、特に同意も得ていませんですからね」
「わかりました。受付に伝えてきます」
伝えに行った記録係は、次の客と共に戻ってきた。
「あの、ここに友人が来たと思うのですが、」
「先程の彼女かしら?」
「多分そうです」
付き添いで来ていたらしい。
「あなたはきちんと受付を済ましていらしたの?」
「ええ、はい」
「でしたら、お分かりになりますわね。私に嘘を吐いてはいけないと」
同意書の内容を思い出したのか、さっと顔色が悪くなった。
「えーと、嘘を吐いたら、どうなるのですか?」
「当然の報いは受けていただきましてよ」
顔色がさらに悪くなり、血の気が引いて今にも倒れそうだ。それなのに、蘭が怖いだろうに、半泣きになり目を潤ませながらも必死で反論してきた。
「彼女は辛い事が多すぎて、自分の殻に閉じ籠ってしまっただけなんです。夜香 蘭様に嘘を吐こうとしたわけではないんです。どうか、お許しになっていただけませんでしょうか?」
こうまで必死になって庇う友人がいたとは、意外だった。
「あなたは、なぜ彼女を庇うんですの?」
先程チラッと見た彼女の日常に、この女性は登場しなかったのだ。
「私が辛いときに支えてくれた大切な友人なんです。彼女がここに来ると聞いて、止めようと付いてきました。結局止められませんでしたけど……」
「過去に何がございましたの?」
「他の方には話しませんが、夜香 蘭様は過去を見ることが出来ると聞いていますので、私から見た彼女の過去をお話しします」
その話の中の秀美は、勤める会社の御曹司と、婚約までしたのに裏切られ、手酷く捨てられたらしい。それを認めたくなくて、婚約破棄されたことを隠したまま会社に居続け、少し言動がおかしくなっても会社側も無碍に解雇できず、ここまで来たそうだ。
「そうでしたの。お気の毒ではございますが、過去は変えられませんわ。きちんと未来を生きるように、あなたが支えて行ったら良いですわ」
「え?」
少し眠り、目が覚めておちついたのか、助手に連れられた秀美が、奥のドアから入ってきた。
「秀美!」
「裕子、心配かけてごめんね。私、目が覚めたよ」
「無事で良かったぁー」
裕子が泣き出し、蘭がミニタオルを差し出した。
「そちら、差し上げます。お帰りになって結構ですわ」
助手が外まで送り、2人で帰っていった。
助手によると、正式に婚約をしていたならば、一方的な婚約破棄は慰謝料が取れるらしく、その方面に強い弁護士を紹介しておいたらしい。
「あなたたちは、聞いた話を頭に入れてはダメでしてよ」
「大丈夫です! もう、すっかり忘れました!」
「それなら、良かったですわ」
蘭が優しく笑った。
書面での記録は残るが、他言無用なのである。




